「英語をどう考えるか!」What do you think about English?


で書きます。


ご存知の通り日本語と英語ではそもそも文法が異なります。例えば


「I go to school」.を単語順に訳すと、「僕は 行く へ 学校」となります。


主語の後に動詞が来ると言ったものです。これを文として訳すと「僕は学校へ行く」となります。日本語は最後に動詞がきます。


根本的に文法が違うので、やはり入り難いと言わざるをえません。また発音が難しい。良く「ア」と「エ」の中間音なども学校で習いました。中国語は発音が英語と似ているらしく、中国の方は比較的英語に入りやすいそうです(私は全くできないのでなんとも言えませんが)


文法・発音の違い、英語がご専門の人は他にもいろいろ上げられると思いますが、


僕はこのような背景の中、英語をtool(道具)と考えています。English is one of the tool in life.といった感じです。


英語をtoolと捉えると、英語は全世界に発信できる最良の方法です。


人類の長い歴史の中でスペイン語が大勢を占めた時期もありました。そして今日では英語が大勢を占めています。政治・経済と言ったところです。早い話が米国・英国連邦が強いということです。今後中国語は間違いなく伸びますが、少なくとも100年は英語の時代が続くと思います。ここ10年余りではインターネットの普及が英語の地位を国際語へとi一層高めたと思います。


さてtoolです。


僕は小学校入学時に両親から自転車を買ってもらいました。最初は補助輪をつけての練習でしたが、幾多の転倒の後、補助輪が取れました。


小学生にとって自転車に乗れるという事は行動範囲が広がるということを意味します。それまで通学を除けば徒歩圏内のせいぜい半径1kmの行動範囲から、自転車によって3~4kmに広がったと思います。


英語は自転車と同じではないでしょうか。つまり英語ができれば「発信範囲が日本から世界に広がる」と言った感じです。


そして小学校低学年から高学年、中学、高校と体力の向上に伴い、行動範囲も広がります。


英語も上達につれて、「あいさつ程度」から「観光水準」へと広がります。そして更に進めば「ビジネス・学問レベル」や「生活レベル」に拡大します。この生活レベルには「ツイッター」等が含まれてくると思います。生活レベルはまた後日書きます。


そして観光レベルとビジネス・学問レベルの間に大きな壁があるように感じます。と言うか実体験です。


私は大学で機械工学を専攻しました。大学時代はあまり英語を勉強した記憶がありません。現代であれば企業側がTOEICスコアを求めてくることもあるでしょうが、私が社会人になった25~26年前は今ほど英語の認識が高くありませんでした。


「英語はできなくて当たり前。できるのは英語の先生を目指す人か、英文科等を専攻した人たちと」


言った感じです。


しかし日本の産業のあり方を見ると、


「やはり英語はできないと不利だ」、「競争に負ける」


と思います。日常生活で英語を使うことはあまりありませんが、長い期間で考えると仕事面では産業を問わず求められるでしょう。


製造業で言えばやはり日本は輸出です。そして世界をリードする様々な研究・開発は英語で行われているのも現実です。


一次産業においても農業・漁業や林業などの産業も英語での研究が進んでいると聞いています。三次産業のサービス分野においても、


日本人が日本において日本人に行うサービスを除き(具体的には日常生活・介護など)


英語のサービスが中心になるでしょう。


産業分野を別にして国内市場を日本語、海外市場を英語と二本柱で行くより、


国際市場を英語で


とした方がより低コストだからです。かなり偏った見方で、場合によってはサービスの低下につながるかもしれませんが。


日本の企業においても、


社内公用語を英語にする


と、発表したところもあります。例えば楽天やユニクロなどです。


この賛否は別として一つのトレンドと言えます。更に加速も予想されます。


社内公用語は別としても、英語が世界を席巻すると予測し、英語教育に力をいち早く注いだのが教育会だったのではないでしょうか。


次号に続く。


今回はちょっと固めに行きます。


ここ50~60年間、英語と言えばいちばん身近な外国語であったと思います。なぜならば私たち一般の日本人は中学そして高校で合計6年間学ぶからです。しかし残念ながらあまり身に付かない!この原因に関して考えたいと思います。


まず日本は戦後に高度経済成長がありました。輸出が花開いた時代です。ご活躍されたのは大正生まれの方々です。この時期英語に携わった方々は、やはり高い教育を受けられた方々、比較的裕福な家庭だったと思います。はっきり申し上げて社会を支えたエリートと言われた方々だと思います。頑張って戦後の復興期に日本を築いてくれた方々です。だからと言って私はそれ以外の人が支えなかったと申しあげる気持ちはゼロです。私の父は大正生まれ、尋常小学校卒。しかし私をしっかりと育て上げてくれて、かつ社会の一員としても頑張りました。私は父を誇らしく思います。


しかし戦後生まれ、現在65歳以下の方々は戦後の教育を受けました。


教育に絞れば70歳強の方々まで入ると思います。英語に関してはほぼ中学で3年間そして高校で3年間勉強してきました。現在の子供たちと大差はないと思います。しかし私たちは一般に英語が苦手です。


その理由として「日本は他国から見ると奇跡のように急速に経済大国になり、


「外国語を習得する必要が無かったから」だと思います。


そして英語ができなくても国内で生活をする分には、何不自由なく過ごせたからだと思います。$1=\360の時代がありました。海外旅行は一生に一度の一大イベントでした。


現実には今同様製造業は輸出に占めるウェイトが高く、英語のできる人材は求められていたでしょうが、徐々に「Made in Japan」がハイクオリティの代名詞としての認知が高まる中、企業が求める人材の多くは開発・製造・品質管理と言った部分に集中されてきたからではないでしょうか。そして英語はマニアックな世界だと言われ、下手をすると単なる通訳扱いにしか認知されなかったのだと思います。


それが背景にあり、あまり英語に重きを置かれなかったのではないでしょうか。私見ですが。


だからと言って今現在も英語をごく一部の分野と捉えるのは誤りだと思います。


次回はまた明日。

僕は理科系です。

あれはそう中学2年生の春。1年の時の成績を省みて、

「これではあかん」

と思いました。

そこで心を入れ換えて勉強しました。ほぼ全教科悪かったので、やりやすい分野から取り組みました。それが数学、そして理科でした。

やれば点数が上がった。不思議なもので、それが自信となり他の教科の点数も上がって行きました。英語は中1のころはボロボロでしたが、先生にも恵まれかえって得意教科になりました。

I was good at English in junior high school days!

数学理科クイズに取り組むような感じでした。公式を覚えたりするのも楽しかったし、何より自分に合ってたんでしょうね。そして中3となり受験の年に。平凡な受験生でしたね。そこそこ勉強。かなり遊びと。でも悔いはありません。これも我が人生。

そして僕の母校は

石川県立金沢錦丘高校

となったのでした。めでたしめでたし!

しかし高校に進学するとそこに落とし穴が、、、。

難しい。数学以外が。英語は五文型でS+V+Oが出てきた瞬間終わりました。僕には無理だと、、、。そして数学が好き(積極的理由)+英語が嫌い(消極的理由)→理科系決定。

周りを見るとあら不思議。似たような連中が、あちこちに。みんな勉強(特に英語)がダメダメでした。部活や遊びに忙しく勉強しないんだもん。これではやはり「あかん」と思いつつ高3の夏休みを迎えたのでした。だって部活(軟式テニス)が忙しかったんですから、、、と言い訳しても時は戻らないけれど。

秋以降も怠け癖は治らず、受験時期へ突入!そして何とか大学合格!(大学はまた今度)

しかし何故あの「英語」は理系・文系問わずあるのか?不思議でした。当時私立の理科系大学はまず国語はありませんでした。僕も共通一次試験以外で国語はありませんでした。しかし英語は必ずありました。Whyと言った感じです。

その理由が社会に出てから少しずつ分かりました。学生時代は全くわかりませんした。

そう英語は世界の共通語だったのです。学校はそれを先取りしていたのでした。

「英語ができる!」かっこいい響きです。 I speak English. Sounds cool!と言った感じです。

僕は会社に入ってから英語をやり直しました。しかしその中身は中学英語です。そう中学英語でいいんです!この中学英語をしっかりマスターすれば、かなりの水準(例えばTOEIC 800)に行けます。(注 僕はそうでもないけれど(笑))。あとは単語を覚えるだけ!これから英語を勉強しようと考えられている方にアドバイス、「なんとかなるさ、英語なんて」と気楽に考えましょう。何とかなります!


さて話は戻って理科系・文化系。理科系の良くも悪しくもある所は、やはり「理詰め」で物事を考えがちな所かと。でも世の中グレーゾーンが多い!そしてこのグレーゾーンをどう解釈するかが人生の妙味かと思っています。ちなみに僕は物事を割り切れるまで割って、その後は浪花節です。

やはり納得できるところまでは理詰めで考えたいと思っています。そうでないとやはりダメだと思っています。大学では機械工学を専攻しました。そして会社員としてのほとんどの経歴は営業・宣伝。

論理的に考える事は理科系で鍛えられ、人付き合いは営業で学んだ!

でも割り切れない部分(グレーゾーン)があるのも事実。でもそこはそれ、伝家の宝刀「浪花節!」損得を超えて徳で考える!これが我が家に代々伝わる伝家の宝刀(嘘)です。

「浪花節だよ人生は」

素晴らしい言葉です。そして僕の人生も浪花節。


次回は「英語(正確にはAmerican English)」に関してです。とにかく理科系は理屈から入る人が多いです。僕もその一人だけれど。理科系の現状・そして未来はまたそのうちに。文化系に関する希望はもっと後かなー。