前号からの続きです。


この5期の間、山出市長の優れたリーダーシップの基に金沢市は発展してきたと思う。しかし優先順位が後ろに回されてきた事柄も多々あると思う。また5期は20年。決して短くはない。いや長すぎる。誰でも平等に時間は流れる。山出市長もやはりお歳をめされた。私は78歳と言う年齢は、やはり市のリーダーとしては高齢と言わざるをえない。しかも投票日前日1127日にはもう1歳、お歳をおめしになる。79歳だ。

私はやはり

市にはリスク管理が必要だ!

と思います。

人生にリスクはつきものだ。だから一般に人は生命保険や自動車保険に入る。

市の「経営」にもリスク管理が必要ではないだろうか。

多選・高齢、市政のマンネリ化等々、これらを考えるとやはり

「バトンタッチ!言いかえれば、次の世代へのタスキの受け渡し」

が必要だと思う。そしてこれに応えられるのが、山野ゆきよし氏だと私は思う。

山野氏は48歳。いざと言った災害時、一晩や二晩寝ないで陣頭指揮を取ってくれると信じている。

山出市長が私心をお持ちでないように、山野氏にも私心は無い。

山野氏はこの金沢のChangeをより加速させたいのだと思う。ここに山野氏の「義」いや「大義」を見る。

ゆきよしは漢字で之義と書く。ここにも「義」が含まれている。名は体を表す。

山野氏が当選しても山出市長は敗者にならない。

「世代交代によるタスキが渡されただけ」

だと思う。そして何事もなかったかのように静かに。

山野氏が当選したあかつきには、山野氏は三顧の礼を尽くし、山出市長に良き相談相手になっていただければ良いと思います。

「市長と言う責務」、人に言えない悩みや苦労は絶えないと思う。その良き相談相手になっていただければ良いと思います。山出氏が市役所に訪れた際は職員や市民が笑顔で山出氏を迎え入れてくれると思う。だって金沢の人はみんな山出氏のお人柄を知っている。みんな山出氏の功績を認めている。きっと「お元気ですか」、「おかわりないですか」とやさしい声を掛けてくれるはずだ。そして山出氏も笑顔で手を上げ答えてくれるでしょう。いい感じだと思います。

何より人懐っこい地ですから。金沢は。

長くなりました。一市民の思うところです。

I love Kanazawa!

義を見て為さざるは、勇無きなり

有名なフレーズですね。僕の好きな言葉の一つです。もちろん僕にはこのような大それたことはできませんが(汗)。Googleで意味を調べると、いろいろありました。

その中の一つに、

こうするのが正しいとを知っていながら、それを実行しないのは、勇気のない、臆病者である。

人はそれが正しいと思っても、自分の保身のために、声を挙げない――ということがある。

何かの圧力に屈して、ものごとを正視せず、大勢につこうとする。逆から言えば、そうした風圧に耐え、主張したり行動するのは、並大抵のことではない

です。
http://chinawords.seesaa.net/article/6071758.html

さて金沢市長選挙、山野さんはブログの中で、「多選」に関して明確に意思表示をされた。また10/13()の記者発表で「102030年のスパンで金沢市のあり方を考えていきたい」と言った主旨のことを述べられていた。そして正式出馬を表明された。私は一金沢市民として山野さんの行動にこのフレーズ「義を見て為さざるは、勇無きなり」を見ました。

私はやはり「多選」は良くないと思う。どこかで歯止めをかけなくてはいけないとも思います。知事・市長は本当に激務だと考えます。金沢市であれば各種予算を合計するとここ最近は一年度で

3,500億円~3,600億円

もの予算が組まれる。山出市長はこの決済を20年間続けてこられた。

つまり

累計2兆円程度(もちろん概算ですが)の決済をなされてきた。

この予算金額を会社の売り上げと見ると、たいへん立派な一部上場企業クラスの売上高になります。

私は山出市長の功績は素晴らしいと思っています。本当にこの市長と言うたいへんな責務に対ししっかりと取り組まれ、岡市長、江川市長に続き、金沢に多大な貢献をされたと思っています。

山出市長は大学を卒業された後、市役所に入庁されました。当時の青年山出氏はガリ版だったかもしれないし、手書きだったかもしれない住民票あたりから仕事を任されたのではないだろうか。トイレ掃除とかもされたかもしれない。当時も今も変わらず「市民のために」と言う熱い思いがあったと思う。

そして市の幹部や助役を務められた後、市長になられた。20年ほど前の話です。

そして「文化の香り漂う金沢」の創生に多大な貢献をなされた。私のような浅学菲才の身が申しあげるのは本当にはばかられるが、辛く苦しく投げ出したくなったことや、涙された事も多々あったのではないかと思います。そして「なにくそ」と言った強い気持ちで、市民・県民、更には国民の為に一身を投げだされたものと推察します。

しかしながら20年近く、一人の人間がトップに立つとやはり弊害も大きいと思う。人にはいろいろな考え方がある。

「客観的に見て必要だ」

と思っても、やはりそれは主観が入っていると思う。もちろん私心は無い。

私は断言します。山出市長に私心は一切ない!

ただ、思考パターンや自分の好みと言った「主観」が、いつの間にか「客観」となり、周囲の極めて優秀な職員も市長の行動パターンや好みといったものに敏感に反応し、行動してしまうようになったのではないか。これが4期、5期となると顕著になったような感じがする。

これが

「多選の弊害」

のひとつではないかと思う。

以下次号に続く。

これまたJUGEMで少し反応があったブログ。10/12のものです。



人生一歩前に出ることは怖い。そこには恐怖がある。

しかし立ち止まっていれば安心かと言えばそうでもない。

「人生は下りのエスカレーターに乗っているようなものだ」という記事を雑誌で読んだ。その通りだと思う。立ち止まっていれば下がるだけ。少しでも前に進まなければいけないが、それでも下るスピードより遅ければ、やはり下がっていく。

「下るスピード以上のスピードで前に出る」。これが必要だとまとめてあった。

下るスピードは時代や価値観の変化かもしれない。科学・技術・オペレーションの変化かもしれない。政治の変化かもしれない。では「それ以上のスピードとは何か」と自問自答しても妙案が浮かばない。

ひょっとしてその解決策が勇気かと思った。

自ら求める、あるいは周りから求められる。様々あるが人生には勇気が必要だと思った。

水戸黄門の歌にもありますね。
http://www.youtube.com/watch?v=3ff7XRVbF80