桜が咲いております。懐かしい葛飾の桜が咲いております・・・
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正月
映画といえば「男はつらいよ」
でした。(ノ゚ο゚)ノ
悪ガキの時分、父親と大喧嘩のすえ、家を飛び出してから20年、その間を全国各地を放浪していたフーテンの寅こと車寅次郎が初めて郷里の葛飾柴又へ帰って来たのは、桜の季節でした。![]()
渥美清さん演ずる映画「男はつらいよ」の第一作はそんなシーンから始まりました。以降平成8年に渥美さんが亡くなるまでお盆と正月の映画館を賑わせたこの映画は、実に48作を数えました。
その第一作が世に出たのは昭和44年、その前年、日本の国民総所得がアメリカに次いで世界第2位となり”モーレツ”
が時代の流行語となっていた頃でした。主人公の寅さんの役柄は、そんな時代に背を向けるかのように日本各地の祭りを追って旅する露天商、本人の言葉を借りると、しがない渡り鳥の渡世人という設定でした。
渥美さんが亡くなったとき、ファンの脳裏を真っ先によぎったのは「寅さんが死んだ」という寂しさだった・°・(ノД`)・°・ように、その結びつきの強さが思われました。また晩年の渥美さん自身にしても、進行する病状を伏せながら粋な寅さんを演じつづけ、死に際しても世間への発表は密葬をすませてからを遺言をするなど、最期まで寅さんらしい人生を貫こうとする意志が働いていたに違いありません。\(゜□゜)/
その意味で「男はつらいよ」シリーズ48作は、渥美清こと車寅次郎が旅した人生街道の歩みそのものでした。そして寅さんの歩いて行ったその跡に、道ばたの野の花のような寅さん流の名セリフの数々が咲き残っています。
少しご紹介![]()
私、生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します。
(第11作より)
言ってみりゃ、リリーも俺と同じ旅人よ。
見知らぬ土地を旅する間にゃ、それは人には言えぬ苦労があるのよ・・・。
例えば、夜汽車の中、いくらも乗っちゃいねえその客もみんな寝ちまって、
なぜか俺一人いつまでたっても眠れねえ・・・
真っ暗な窓ガラスにホッペタくっつけてじっと外を眺めているとよ、
遠くに灯りがポツンポツン・・・
あー、あんな所にも人が暮らしているんだなあ・・・
汽笛がボーツ、ボーツ、ピーツ、
そんな時よ、そんな時、
なんだかわけもなく悲しくなって、涙がポロポロと出たりするのよ。
(第1作より)
おい、コラ、青年、
お前大学出てなきゃ嫁はもらえんてのか、
ああ、そうかい、手前はそういう主義か。
(第39作より)
満夫 「人間は何のために生きているのかな」
寅次郎 「何て言うかな、ほら、あー生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう、そのために人間生きてんじゃねえのか」
(第32作より)
人間この世に生まれてくるときもただ一人、そして死んで行く時も一人でございます。何と寂しいことではございませんか・・・
(その他)
(理屈で物事を考えすぎるような相手には)
「手前、さしづめインテリだな」
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