イムナヨン、デビュー秘話 | K-POPちょっといい話

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誕生からPLEDIS練習生になるまで

 

イムナヨンは1995年12月18日ソウル特別市冠岳区に生まれた。中学2年までソウルで暮らし、その後、牙山に引っ越し、2011年中学校を卒業した。ナヨンは中学時代にJYPオーディションを3回受けたが、一度は兄がオーディションパフォーマンスのためのCDを準備したが、音楽が出ない上にEBS講義録画が出てオーディションを台無しにした。しかし、そんなことにめげず、2011年にPLEDISエンタの非公開オーディションに合格し練習生生活を始めた。そして、高校入学と同時にソウル特別市へ引っ越した。


 

ガールズグループでのデビューに失敗

 

PLEDISエンタで練習生生活を続けるうちに、2012年ガールズグループアフタースクールの新メンバーとして迎え入れられデビューする話があったが立ち消えとなった。当時アフタースクールは日本活動を積極的に進めており、中学3年間を和歌山で過ごし、日本語が堪能なカウンが選ばれたからだ。さらに同年PLEDISとファンタジオとの合作ガールズグループHELLOVENUSのメンバーとしてデビューする話もあったがまたも立ち消えとなってしまった。2回のデビュー失敗後も学業と練習を並行し、2014年3月に同徳女子大学校放送芸能科に入学した。現在、アフタースクールやHELLOVENUS※が所属事務所のケアを受けずに活動できていない状況を見ると、むしろデビューをしていなかったことが災い転じて福となったといえる。

※2019年4月26日所属事務所ファンタジオミュージックよりHELLOVENUSの解散が発表された。


両親はカルククス店を経営


両親は牙山でカルククス(韓国式うどん)専門店を経営していた。お店の歴史は25年超えており、地域グルメとして有名なお店であった。後にIOIメンバーや同じ事務所のSEVENTEENもこの店を訪問してサインを残した。2018年1月にお店は牙山からソウルに引っ越した。お店の位置はノンヒョン駅の近くにある。運営しているお店を引っ越すことは容易ではないが、娘が活動するソウルの近くにいてあげたい気持ちに決定を下したという。IOI活動が終わった後も、メンバーたちが訪れているようだ。



 

プロデュース101に挑戦、IOIでデビュー
 

アフタースクールやHELLOVENUSでデビューできずかなりイライラしたのか、2016年4月に始まったプロデュース101では母校(牙山の中学校)にチラシを貼り投票を勧めたという。幸いなことにプロデュース101で最終10位となり、11人の中に残って、IOIでデビューした。IOIは、2016年4月2日から2017年1月31日まで活動した。 

 

 

ニックネーム「ストーンナヨン」について


イムナヨンはPLEDISエンタ所属の10人組ガールズグループPRISTINのリーダーであり、長姉である。IOIでもリーダー兼長姉として活動した。 

成熟したスタイルとは相反するように、顔はまるまるした童顔で性格もおとなしくして静かな方だ。ファンはかなりのギャップを感じることができる魅力的なメンバーと評価する。そして、無表情がトレードマークでプロデュース101では「石仏」や「ストーンナヨン」というニックネームを得た。後で本人はプロデュース101を撮影した当時かなり緊張したこともあって、感情表現をよくできないかったとインタビューで明らかにした。 しかし、ファンは生物でない石と、生きているメンバーを比喩することに不満がとても多く、ナヨン本人もラジオでストーンというニックネームが嫌だと述べた。 

結果的にストーンナヨンというニックネームが固まったが、実際にはよく笑って愛嬌も多いという。 IOIの宿泊施設で同じ部屋を使うキムチョンハはVアプリで人工的な愛嬌ではなく、自然に出てくる愛嬌と発言した。 特に疲れているとき最もかわいいという。

 



 

 

PRISTINでデビュー


IOI活動と並行してPLEDIS GIRLZとして活動していたが、IOI解散後の2017年3月PRISTINでデビューした。PRISTINでもリーダーであり、長姉である。

 



 <終わり>