皆さん、こんにちは。
佐伯恵太です。
先程ブログを更新したばかりですが、今日はアメーバ公式ブログ(芸能人ブログ)としてスタートを切った記念すべき日でもありますし、もうひとつブログを書きたいと思います
ブログの名前を俳優・佐伯恵太の研究日誌にしたことですし、それらしい内容でひとつ。
僕がいつも楽しみに観ているEテレの『又吉直樹のヘウレーカ!』
前回は「僕らの気持ちはどこから生まれるの?」という内容でした。
解説は、東京大学 定量生命科学研究所 准教授の奥山輝大先生。
奥山先生曰く、脳は臓器ではなく、マシンと捉えているそうです。
その「マシン」としての脳にどういう情報が入ると、どういう感情や行動としてアウトプットされるのか、というのが今回の内容でした。
昨今、感情に関する研究は研究者の層も厚く、人気の分野だそうです。
日本人だと「喜怒哀楽」という言葉もありますが、研究者の間では1982年には「感情の輪」というものが提唱され、感情研究のベースとして広く用いられることとなりました。
そして2017年に書かれたある論文では、なんと2,000以上の感情が分析されたそうです
喜怒哀楽の他に、幸せ、憂い、妬み、驚き・・・と色々挙げていったとしても、2,000以上となると想像もつきませんね・・・
一つずつでも、僕たちがピンとくる言葉で言語化されていったら面白いですね。
2,000の感情の単語帳・・・そういう勉強ならいくらでもやりたいです
とにかく、それだけ感情というものが複雑であるからこそ多くの研究者を魅了するテーマであるし、そのたくさんの研究者の頭脳をもってしても、まだまだ解き明かしきれない分野でもあるのでしょうね
そのあとも色々な研究のお話があったのですが、特に面白かったのは奥山先生と劇団スタジオライフの皆さんの座談会です。
研究者、演出家、脚本家、俳優の立場で感情について感じていること、意見を出し合う中で、面白い話がたくさん飛び出しました。
その中で、奥山先生の「感情を抱くのは自動的なプロセス」
「インプットが変わった結果 計算機の押しているボタンが変わる(その結果、マシンのしての脳のアウトプットが変わる)」
というお話がとても興味深かったです。
どれだけ俳優が感情についてあらゆるトレーニングをしたとしても、感情が自動生成されるようになるわけではありません。
だから「その場」や「そこにいる人間」からなにかを受け取って、その結果心が動いていく、というのが需要で、何もかも自分で生み出そうとしてはいけない。
それが劇団員の方が仰っていた「できるだけフラットな状態」で舞台に上がるようにしている、という意識に繋がっていくのではないかと思いました。
自分で無理やり生み出そうとするのではなくむしろフラットな状態で臨んで、場や人から色々なインプットを素直に受け取っていくこと。
その結果生まれる感情があって、その感情が今度は相手の感情を動かすインプットになる。そういうことがやはり重要なのだと再認識しました。
しかし、やはり難しいところもあって。
特に映像作品の現場だと、本来は一連の流れであるはずが、シーンごとに切り取られての撮影になります。
ある悲しい出来事を受けて涙を流すというシーンだと、悲しい出来事のシーンを撮って、そのあとで涙を流すシーンを撮って、という風に。
もちろん俳優への配慮である程度は一連で撮っていただけたり、相手役の方も付き合ってくださったりもするのですが、それでも普段生活しているときと比べて環境が全然違っているのは明らかです。
そういう、日常とは異なる場合において、どうすればマシンとしての脳が理想的に感情を生み出してくれるのか。
それぞれの俳優が稽古や現場を通して考え、創意工夫しているところではあるのですが、脳神経科学の研究などが進んでいくと様々なヒントが得られるのではないかと期待しています。
また、既に世の中に出ている論文の中にも、お芝居のヒントになるような研究データがたくさん眠っているのではないかと思っています
また全然別の話ですが「人に殴られて、怒る」というシーンを撮る時に、多くの場合、実際には殴りません。
ということは、実際に殴られた時に脳によって自動生成される怒り、には、厳密に言えばなっていないはずです。
それを俳優が想像力で補っている、ということになりますが、近い将来もしかしたら脳の特定の部位を刺激することで、殴られてないのに実際に殴られた痛みを感じる、ということがわりと簡単にできるようになるかもしれません。
そうなったら、俳優の体を傷つけず、かつ、よりリアルな感情でお芝居ができるようになるのではないでしょうか
色々なことに関して、俳優の想像力で頑張る、という姿勢はものすごく大事だと思うのですが、一方で、そういう部分をできる限り科学の力に頼って、俳優がリアルに演じるためのアシストをしていく、という方向性にも興味があります。
お芝居を撮影しているカメラだって、慣れればあまり気にならなくはなりますが、とはいえ視界では確実に物体として捉えています。
カメラを透明にすることができれば、ほんの少しでも、さらに日常の意識に近づくかもしれない。
かなり脱線してきたのでこのあたりで終わりますが、研究や科学技術が俳優の未来や、お芝居の現場のあり方を変えていくことは大いにあるえると思いますし、日々そんなことを考えています。
俳優として、研究者として、そんな未来へ一歩進むためのお手伝いができたら最高だなぁと、妄想しております