こんにちは!

 

埼玉県さいたま市周辺のスポーツクラブを中心に

 

パーソナルトレーナーとして活動している

 

齋藤圭輔と申します。

 

プロフィールやダイエットpart1等で

 

サラッと書いた-50kgの減量の話が気になる

 

方がいるだろうと思いその頃の話を書かせて

 

いただきたいと思います。

 

正確には最初に120kg~90kgの-30kg落とし、

 

少し空いて90kg~70kgの-20kg落として

 

計-50kg落としました。

 

どんなことをやっただけではなく

 

どうして落とした等知ってもらえたら

 

と思い前後編で書きたいと思います。

 

 

ぜひ興味のある方この長く苦悩の

 

物語をお読みください。

 

 

 

 

 

減量を始めるきっかけになったのは

 

大学4年生の時でした。

 

私は大学でレスリングを部活で励んでいました。

 

当時私は120kg級で体重は120kg前後ありました。

 

その頃3年生の時の怪我から回復し

 

どうにか最後4年生で爪痕を残してやると

 

練習に励んでいる時に

 

グレコローマスタイルの練習をしている際に

 

横から足をかけられ

 

周りに聞こえるくらいの音で

 

ボキッと何かが折れる音がなり、

 

事故で膝を怪我してしまいました。

 

その瞬間は特に何も感じませんでしたが、

 

翌日膝周囲が腫れ、曲げも伸ばしもできない

 

くらいになり体重も乗せると痛みが走り、


しばらくまともに練習ができなくなりました。


 

 

 

ちょうどその頃フリースタイルの団体戦である


リーグ戦の数週間前でした。


レスリングには女子などで有名な


タックル等があるフリースタイルと


下半身への攻撃が禁止で


上半身での攻防メインになる


グレコローマンスタイルの二つがあり、

 


 

私はグレコローマスタイルに専念するつもりでした。

 

フリースタイルは自分より優秀な後輩たちに

 

任せようと出場する予定はありませんでした。

 

 

なんとその時にレギュラーメンバーの戦力の

 

後輩がなんと家族の事情でどうしても


大学を辞めるという事態になってしまいました。

 

補欠要因として試合に出ることが決まってしまいました。

 

 

膝は1週間程度で腫れは引き

 

特に痛みもなく何か安定しないなぁ

 

ぐらいで普通に練習していました。

 

 

リーグ戦は基本控え選手だったので捨て試合に

 

出るという状況でした。

 

試合に出た時に相手に何度も足払いをくらい

 

本来なら大したことないのに

 

全く立っていられず、

 

膝の安定しない恐怖に襲われました。

 

試合には負け、その後このままでは

 

のちの試合でもまずいなぁと思い。

 

はじめて病院で見てもらうことにしました。

 

 

そこで前十字靭帯が完全に切れている

 

、もうレスリングは厳しいと言われ

 

治るには手術が必要、

 

手術をしなくても運動はまともにできませんが

 

日常生活は問題なく過ごせますよ

 

ということだったのですが

 

レスリングを選手ではなくても

 

またレスリングをやることができ、

 

スポーツのできる身体には戻りたいと思い

 

手術を決意しました。

 

その時に選手としてのレスリングを引退を

 

決意して監督に報告しに行きました。

 

監督その時に仕方ないから

 

自分のことに専念しろと言われました。

 

 

 

1年生の頃からのつけで卒業単位が

 

ギリギリだったので、

 

単位を取る為に4年生の後期も

 

授業がキッチリ入っていいたので

 

留年しないために、

 

授業の無い

 

8月の夏休みに手術をすることに決まりました。

 

 

レスリングを引退したのだから

 

健康のために120kgもいらないから

 

生活しやすい体を目指そう。

 

そして強くなるためにトレーニングに

 

取り組んできたことを生かそう、

 

過去に自分のトレーニングを否定して

 

馬鹿にしてきた先輩たちを

 

いつかあった時に見返そう。

 

今まで体を大きく強くする為に

 

勉強して来た事をフルに使って

 

8月まで頑張ろうと

 

一念発起し、

 

絶対にやってやるという思いで

 

必死で取り組みました。

 

 

 

確か5月ころから取り組みました。

 

 

やっていたことはとにかく

 

動いて食事を管理する事です。

 

 

引退したとは言え朝練も午後連も出ていました。

 

 

 

前十字靭帯完全に切れているおかげか

 

筋肉が支えてくれたのか

 

ランニング等には影響がなかったので

 

 

朝練の時にはみんなとは一緒に走れないが

 

ゆっくりついて行ったり、

 

寮で朝食が出ても自分で用意して

 

朝食を食べていました。

 

 

朝食の内容はだいたい

 

コンビニのおにぎりくらいの量のお米と

 

前日に用意したたんぱく質食品と

 

野菜炒めでした。

 

 

寮のご飯がまずいということもあり

 

増量していたころからご飯を作っていた経験を生かし

 

三食を自分で用意しました。

 

 

昼ご飯は当時牛丼が好きだったので

 

一週間に一回食べるくらいで、

 

基本コンビニのおにぎり一個と

 

ゆで卵2個もしくはツナ缶を食べていました。

 

 

夜も寮でご飯が用意されていましたが、

 

それも手を付けず後輩にあげて

 

自分はまた朝と同じようなメニュー

 

で、たんぱく質系の食品を気分で

 

豆腐、納豆、魚、豚肉、鶏肉

 

を組み合わせたりローテーションしたり

 

して食べていました。

 

 

あとは練習後にプロテインを飲んだり

 

お菓子も好きだったので、

 

一日の個数や量をはかりで測って

 

運動や食事が順調で食べたいと思った時に食べる

 

ようにしていました。

 

 

 

基本的に運動は朝はランニングの日と筋トレの日

 

があるのでランの日はゆっくり走り、

 

筋トレの日は自分で考えたメニューをやっていました。


筋トレをやるときは怪我をしている


後輩のトレーニングの面倒をみつつ

 

 

午後連では大学のジムに行き筋トレをメインに

 

その後ランニングマシンで50分の軽いランをする

 

という感じで毎日できる限り休みなく

 

とにかく消費カロリーを稼いでいました。

 

ランニングを一日1~2回、

 

筋トレを一日1~2回という形で朝連によって

 

ランニングと筋トレの強度を調整しながら行っていました。

 

 

筋トレの内容的には、

 

胸、肩、背中、脚を疲労に合わせて

 

ローテーションしていましたが、

 

当時胸のトレーニングは

 

プッシュアップかベンチプレスしか

 

知らなっかったので

 

ほぼ毎日やっていました。

 

気づいたら170kg上げていました。

 

肩はダンベルショルダープレス、マシンショルダープレス、サイドレイズ

 

背中はデッドリフト、チンニング、ロープ、ラットプルダウン、ケーブルローイング

 

脚はスクワット、レッグプレス、レッグエクステンション、レッグカール

 

などをやっていました。

 

今思い浮かべるとまぁ酷いフォームだし

 

トレーニング強度もいい加減だったと思います。

 

 練習が休みの日であろうが


みんなが楽しくバーベキューをしていようが


毎晩みんなが飲み会をやろうが


あのときは絶対にやってやるという思いで


必死で無我夢中で減量に取り組んでいました。

 

 

食事もおおよそ1600~2000㎉くらいで

 

消費カロリーも2000㎉くらい一日してたと思います。

 

当時の体重で考えると相当な赤字のカロリー

 

だったので、めちゃくちゃキツかったのを

 

今でも覚えています。

 

あまりにもキツかったので

 

学校からの帰りの電車で椅子に座って疲れすぎて

 

居眠りをしている時に餃子を食べている夢を

 

見て、寝ながらエアーで餃子を食べる動作

 

何回かやり、何もないのに口に運んでいる

 

最中にハッと目が覚めて

 

いったい自分は何をやっているんだと

 

空いている電車のなかで一人

 

我に返ったのをよく覚えています。

 

 

そんなこんなであっという間に

 

3ヶ月で−25kg落ち、95kgまで体重が落ちました。

 

 

 

そして8月に無事に手術を終え、

 

長くつらいリハビリが始まりました。

 

 

手術により筋肉も落ち、

 

入院生活で太ると思っていましたが

 

むしろ少し痩せ、

 

92~93㎏になっていたと思います。

 

一旦落ちた筋肉を戻そうと

 

とにかく筋トレとリハビリに励みます。

 

 

9月に入り学校が始まり

 

ちょうどその頃

 

単位取得がギリギリで卒業できるか

 

危うかったので就活は少ししましたが

 

まともに就活していませんでした。

 

どうにか身体を直して

 

消防か警察を受けようと

 

公務員試験の勉強を始めました。

 

 

そして身体の方は10月ころには

 

95kgくらいに体重ももどり筋量も

 

戻ってきたのでそこからまた減量を再開しました。

 

食事は一旦筋量を戻すのと脚の回復のため

 

増やしていた炭水化物をまた減らして

 

あとはだいたい手術前の食事より少し多めに戻しました。

 

運動の方はしばらくは脚のリハビリが優先だったので

 

胸、肩、背中と脚のリハビリという感じでした。

 

 

授業、公務員試験の勉強、減量と

 

忙しい毎日を送り、卒業に必要な単位も収め

 

卒業の日には90kgまで落ちていました。

 

こうして最初の-30kgを達成したのです。

 

 

正直ここまで長く険しい道のりでした

 

この時にどうやったら脂肪は燃焼されるのかとか

 

栄養学などを苦しいからこそ勉強しました。

 

 

しかし今思うとまだまだ勉強不足で

 

もっとうまくやれたと思います。

 

まあこれをきっかけに


スポーツクラブでアルバイトを

 

することになるのでやってよかったと思います。

 

 

この後スポーツクラブで


アルバイトをすることになり

 

さらにここから-20kg落とすことになるのです。

 

その時の話はまた後編で。

 

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

ここまでどうだったでしょうか?

 

 

 

こんなにキツい減量に取り組めたのには

 

いろいろな過去の思いやキッカケ

 

環境がそろっていたからできたと思います。

 

 

正直キツい減量はオススメしません。

 

身体に物凄く負担がかかります。

 

日常生活にも支障がでます。

 

 

それでも本気でから度を変えたいのであれば

 

知識、技術、経験、環境等様々な条件が

 

必要です。

 

そんな時こそプロのトレーナーに頼ってください。

 

 

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