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Poco a poco -難病と生きる-

スペイン語の「poco a poco」は、日本語では「少しずつ」「ゆっくりゆっくり」という意味です。遺伝性による神経難病、脊髄小脳変性症を患っていると診断された2015年7月(当時34歳)以降、少しずつ身体が動かなくなる恐怖と闘いながら、今日を生きる僕の日記です。恐縮です。

11年前の今日を振り返る。何故、そんな無駄な作法を。あ。だったら、ネタを提供しろよな。無理だよな。部屋から出られないんだから。だから過去を顧みる。禁断の果実。でもね。当時の投稿を遡って、該当する記事が出てこないのだ。仕方ないね。落ち込んでいたんだから。

 

 

病気だと判明してから、間も無く一か月が経過する時分。憔悴ぶりが目に浮かぶ。それでも平等に、明日がやって来る。週末。彼女がどこに行こうかと僕を誘う。普通なら、彼氏が難病だと分かったら、恋人は逃げる。ところが。彼女は違う。結婚しよう。僕が前を向ける理由。

 

 

茹だるような暑さの中。僕らは夏の鎌倉にいた。まだ何だってできる。杖なんていらない。僕には最愛の彼女がいる。人力車に乗る。車夫と軽快に話す様子は、今も動画としてスマホに残っている。昼食は名店で蕎麦を食う。食欲が湧かないので、ざるそばだが。あ。暑いから。

 

 

鎌倉のメインストリートを歩く。途中で寄ったジュエリー店で、結婚指輪を眺める。24万円也。給与の3ヶ月分から考えれば、安いのか。あれ。婚約指輪って何だっけ。暑くて思考が働かない。こんな時は、ハイ。冷たい瓶ビール。歩きながら飲む贅沢。分かるか。今はできない。

 

 

一日の終盤は、新江ノ島水族館を訪れる。デジタルアート集団の「チームラボ」とコラボイベントを展開していたとかで、それを見に行った思い出。ほら。マンタの魚影。そこに投影される、鮮やかなデジタルの世界観。綺麗だね。と君は笑う。それを見て僕も思う。確かに。

 

 

充実しているように見えるかい。なら、代わってやったっていいぜ。漏れなく、病気がセットで付いてくるがな。ちょっと待って。進行性の神経難病も、初期はまだ恐れるに足らず。それどころか、彼女がいて、仕事があって、住む部屋がある。何を不満に思う。羨ましいだろが。

仕事が出来なくなった僕が、穏やかに一日を過ごせる理由。お金に稼いできてもらう。投資。投機と違う。名著「金持ち父さん 貧乏父さん」を読んで、興味を持っていたのよ。時間なら無限にあるからね。自宅はデュアルモニター環境。屋外でもノートPC(MacBook)を開く。

 

 

資産は貯金を利用する。どうせ、使い道なんかない。死に金だ。だったら。活発なチャートに、乗り遅れるなと煽るインフルエンサー達。日経平均株価指数の上昇率を見ていれば、分かるだろう。あの頃に買っていればって。後悔、先に立たず。調べる。半導体が熱いのか。

 

 

んで、国内メーカーのキオクシアに狙いを定める。東証PRM。まだ上がると思って、6月22日に1株あたり約11万円で購入。それがまさかの急転直下。稼いだ資産が目減りする。物凄い勢い。遂に赤字。損切りできない。反発するはず。証券会社から追証の打診が来る。終わったわ。

 

 

物語りはフィクションです。長期で保有するなら、悪くない選択肢だと思う。家族もやっているし。でも、信用取引やFXは、ギャンブル要素が強い。お金は大事。それ以上に、精神面の安定が大事。この病気だ。悪くなる一方。それ以外の要素に、振り回されてはいけないと思う。

 

画像はイメージね。特定健康診査に行ってきた。朝8時までに朝食を済ませた後、絶食。水やお茶なら飲んでも構わない。診断の予約が14:45から。30分前には来てくれと指示。始めて訪れるクリニックだ。余裕を持ちたい。13:00に自宅を出る。猛暑なら電車。だが外は快適。

 

 

隣町の医療クリニック。バリアフリー。綺麗な佇まい。スタッフの数も多い。安心できる。さすがGemini(CromeOSの専用AI)先生だ。時期尚早だった。僕は重度な身体障害者。普通なら出来るはずのそれらが出来ない。例えば採尿。例えば身体測定。問診票の記述だって。

 

 

手が震える。指定のマス目をはみ出して、暴れる活字。信じられるか。これが僕の実力だ。受付で看護師に渡す。採尿に促される。奥に専用トイレがあると。あった。けど、入口が狭い。無理に入ろうとして、後輪の外付けホイールが外れた。ここで看護師が駆け付ける。提案。

 

 

車椅子トイレを利用させてもらう。紙コップは、ナースコールを押して看護師が回収。次いで、身体測定。どうするのか。まさか、車椅子に乗ったまま。違った。健常者と同じように、直立姿勢を取る。体重計も兼ねているから、掴まることもできない。ちゃんと計れたか不明。

 

 

その後も続く。心電図。腹部の外周測定。採血。あのね。ベッドの乗り降りなんて、健常者なら何てことの無い所作に疲労感。その後、当直医との問診がスタート。先生が、穏やかな声色で尋ねる。現在、治療中の病気なんて、ありますか――。ある。治療法なんて無いけどな。

 

職務を全うしていた当時は、その存在を知らずにいた。何処の職場にもあるだろう。健康診断の提携先病院(クリニック)がよ。会社から半休を貰って、予約してあった健康診断を受ける。40歳を過ぎてからは、バリウム検査もあるのだろうか。その前に辞めたから、分からん。

 

住んでいる市区町村から、特定健康診査の案内が毎年届いていた。提携先の医療機関が、見開きで一覧になっている。近所のクリニックも載っている。電話番号が掲載されていて、各々で予約する仕組みのようだ。電話は苦手。予約の前に、車椅子を受け入れてくれるか否か。

 

 
AIに訊いてみた。「〇〇市から特定健康診査の案内が届くんだけど、車椅子ユーザーやねん。バリアフリーの医療機関って、あったら教えてクレメンス。ついでに電話が苦手でな。できたら、インターネットで予約させて欲しいわ」。で、全て解決。今日、これから行ってくるで。

 

まだ病名だけが独り歩きをしていた頃。何だって出来た。まだ仕事をしていたし、一人暮らしもしていた。交際相手もいたし、共通の友人が会いに来てくれていた当時。では3人で何をしよう。彼女が提案する。世田谷区内に、満開の向日葵畑があるんだよって。ナイスアイディア。

 

 

 

通常なら電車。からのバス。この炎天下だ。公共の交通機関を利用することを勧められる。え。僕ら。歩いたよ。片道3時間ぐらいかな。だって、この病気にはリハビリが良いからって。だから歩けって。彼女も友人も、快く付き合ってくれて感謝しかない。11年前。懐かしい。

 

 

 

3人で僕の部屋に戻る。冷房ガンガン。分かったよ。疲れたよな。夕飯は自炊しよう。創作料理だ。おい、いちゃつくなって。ヤジを飛ばす友人。彼は高校からの仲良し。大学も同じで、カッパの会で親睦を深めた。彼女とは、直近の仕事で知り合った関係。偶然って怖いね。

 

 

 

狭い食卓テーブルに、三人分の食事が並ぶ。大迫力よね。思い出した。プロ野球観戦だ。テレビを付ける。友人が応援する好調のヤクルト。対するは、僕らが声援を送る巨人軍。首位と二位の天王山。満塁のチャンスに打席に立つ、橋本到選手。彼女の声が、金切り声に変わる。