時代は2005年以降。第二新卒として社会に拾われた先は表参道に拠点を構えるお洒落な企業。マスコミ業界に向けた専業の人材紹介会社。まだまだ創業期。からの成長期。僕の入社以降も、バンバン社員を増やしていった。新卒採用とか、中途の若手とか。そして迎える停滞期。
お洒落な人間が多かった印象。さすが表参道勤務。あ、僕もか。僕自身、この職場でビジネススキルの基礎を学んだと言って良い。スーツの着こなし。言葉遣い。これらは当時の上司から、毎日のように咎められていた。多くの成功体験。それ以上に多い失敗体験。全てが財産。
1年目。上司と同期と後輩と、オール男子で旅行に赴く。普段はスーツ姿の同僚が、着崩した格好で歩く。距離感が一気にバグる。忠誠を誓う。その後、フットサルチームを立ち上げたしね。運営も頑張った。退職理由は、更なる高みに向かう為。ネガティブな要素は一切ない。
2年目。オール女性のチームに、何故か僕がアサインされた。全社会議で上司が宣言した「僕くんを女性化します」に恐れ戦いた。猪突猛進な仕事ぶりを、修正する狙いがあった。事実。この上司の下で単調なミスが極端に減った。そして僕は習得した。ずばり、女性の扱い方。
6歳上の女性の先輩。3歳上の女性の同期。2歳下の男性の後輩。3歳下の女性の後輩。そこに交じる僕。同じ職場。違う部署。共通点は、小田急線沿線に住む点。数か月に一度は、小田急線沿いの居酒屋で集まっていた。ここでメンバーから提言。小田急線で旅行に行きませんか。
初回の旅行は小田急ロマンスカーで行く箱根の旅。僕の職場は既に次の半蔵門に移っていたがね。ヘッドハンティング会社。毎日背伸びし過ぎて、脚が攣りそうだった。大丈夫。僕には戻れる場所がある。という安心感が大きな支え。旅行に行ける仲間がいるんだぜ。凄いこと。
二回目は小田急江ノ島線で行く鎌倉・江の島旅行。僕自身、実家のような安心感。だって、年上の同期。彼女の以前の職場、僕が潰された新卒で採用された会社だったからね。あとは当時、不機嫌で仕事を頼み辛かった年上の先輩社員の表情が、何だか柔らかい。さてはお前。
三回目は小田急グループが保有するキャンプ場施設。メンバーから後輩の男女が消えた。否。2人とも仕事の都合により参加できなかった。それでも後輩女性は、2日目に駆けつけてくれたがね。僕と前職を繋ぐ貴重な機会。出来れば、また5人でワチャワチャと笑いたかった。
その後も、色んな観光地を訪れた。そこには、当初の目論見である「小田急線で行く」という枷は外れて久しかったが。メンバーも少ない。皆勤賞は、職場では取っつきにくいと思って勝手に距離を取っていた年上女性。猫みたいな人。ツンデレ。周囲から勘違いされていた。
当初のメンバーの一人が退職して、棲み処まで移してしまった。彼女を「小田急の会」の永久欠番にしようと満場一致。さて冬と言えば、雪山だね。スキー板かスノボを履いて、滑降すると気持ちが良い。旅館には、美味しい食事に温泉施設まで。あれ。何の為の旅行だっけ。
メンバーが増えた。その中で、皆勤賞は僕ら2名だけ。僕なんて、職場が違うのにね。よくぞ毎回誘ってくれるな。これでもアレよ。カッパの会の夏キャンプとか、地元仲間とのスキー旅行、当時の恋人との観光旅行、現職の慰安旅行など、付き合いは相応にこなしていたのよ。
と、動かない身体で妄想を楽しんでおります。兎に角、毎日が刺激的だった。旅行という非日常な体験が、日常に組み込まれているという贅沢。あとは仕事だな。アウトプットのことではない。職場だ。勤務先があって、同僚がいる。皆は今頃、どうしているのか。僕は元気です。


























