過去に経験した中で辛かった山行 | Poco a poco -難病と生きる-

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スペイン語の「poco a poco」は、日本語では「少しずつ」「ゆっくりゆっくり」という意味です。遺伝性による難病、脊髄小脳変性症を患っていると診断された2015年7月(当時34歳)以降、少しずつ身体が動かなくなる恐怖と闘いながら、今日を生きる僕の日記です。恐縮です。

昨日の話題の続きで恐縮です。引き続き登山を題材。テーマは「過去に経験した中で辛かった山行ベスト3」。これを挙げようとすると、悔しさが募る。登山愛好者の中で人気の最難関登山道に僕は挑戦していない。レベル上げの途中でゲームオーバー(病気)になってしまった。

 

ちなみに最難関登山道としてポピュラーなのが、不帰の嶮や大キレット、人気が高い超上級者向けと呼ばれる剣岳やジャンダルムに挑みたかった。ちなみに一緒に登山を親しんでいた友人女性は、僕の離脱後に大キレットを踏破し、槍ヶ岳の山頂を踏んでいる。素直に羨ましい。

 

第三位 塔ノ岳(バカ尾根)

この選出が一番難しかった。難易度で言えば選考外。山頂付近で鎖場が多かった乾徳山(岩の間~杖捨岩)や、すれ違うソロトレッカーの顔面が損傷していた両神山(八丁尾根コース)など、枚挙に暇が無い。なぜバカ尾根なのか。単調で長く景観もゼロ。二度と登りたくない。

 

選考外 乾徳山(2009年11月)

 

選考外 両神山(2011年6月)

 

第二位 白馬岳(下山ルート)

まだ確定診断を受けるより1年ほど前の2014年8月。買ったばかりの軽アイゼンを装着して、大雪渓を歩いていた。登りは順調。白馬山荘に泊まり、翌明け方のご来光も堪能。違和感を覚えたのは下山に入ってから。脚に力が入らない。眩暈も酷い。今なら分かる。病気の兆候だ。

 

第一位 甲斐駒ヶ岳

確定診断から1年と数か月が経過。陰鬱に悩む僕に仲間が登山を計画。前回(白馬岳)以降、中低山をいくつか踏破していた僕にとっては敷居が高い。案の定、6合目当たりで力尽きる。そしてトラウマものの下山ルート。生還できたことが奇跡。あと1分でも遅れていたらと思うと。

 

本当に体験した怖い話

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