夢の中まで左足 | Poco a poco -難病と生きる-

Poco a poco -難病と生きる-

スペイン語の「poco a poco」は、日本語では「少しずつ」「ゆっくりゆっくり」という意味です。遺伝性による難病、脊髄小脳変性症を患っていると診断された2015年7月(当時34歳)以降、少しずつ身体が動かなくなる恐怖と闘いながら、今日を生きる僕の日記です。恐縮です。

2日連続でフットサル。新百合ヶ丘の次は、八幡山。2週間前と同じだね。うちの正GKが所属するプライベートチームの練習試合に、助っ人として参加してきた。メンバーは、他に2名の仲間と。合流して、こちらは7名。相手は若者からおっさんまで、10名ぐらいの所帯。上手い連中も何名かいたが、昨日の上級者チームとの対戦の後では、何てことはない。鬱憤を晴らすかのように、ゴールを取りまくった。気持ちいい。


一人前のHHになりたい27歳の日常


13時からのキックオフまでに、一冊の本を読み終えた。大好きだったサッカー選手の、ロングインタビューの書き下ろし。1番好きな選手はと聞かれると、回答に困ってしまう。日本人選手なら、中田英寿も三浦知良も、福田正博も好きである。他にもたくさんいる。海外選手なら、枚挙に遑がない。では、日本代表の歴代10番の中で、誰を一番尊敬していたか。この質問なら答え易い。名波浩。左足の芸術家。僕は彼が好きだった。


名波浩 夢の中まで左足/名波 浩
(内容紹介)
日本が世界に誇るレフティー、名波浩がついにスパイクを脱いだ。『週刊サッカーマガジン』誌上で、スポーツライターの増島みどりが、名波の「最後の1年」を追いかけてきた大好評連載が、単行本に! 至高のMFが明かす珠玉のサッカー観がたっぷり詰まった一冊。さらに、単行本ならではの「3大対談」を収録! 高校時代から仲間として苦楽をともにしてきた藤田俊哉、日本が初めてワールドカップに出場した日本代表での最高のパートナー、山口素弘、そして尊敬し、敬愛し合うMr. Childrenの桜井和寿が、名波ととことん語り尽くした。


彼のプレースタイルは、玄人好みである。例えば足が早いとか、キック力があるとか、フィジカルコンタクトが強いとか、ドリブルが上手いとか、素人ウケする分かり易さは、彼の特徴には一切ない。敢えて言うなら、左足から放たれる正確なキック。そして彼は、右足をまるで使わない。左足のみ。それでもプロで、そして世界で通用してきたのは、状況判断の早さ、空間把握能力の高さ、そして非凡なサッカーセンスの賜物であろう。


彼を中盤の真ん中に置いた、ジュビロ磐田の黄金期のフォーメーション、通称「N-BOX」の超流動的なサッカーが、見ていて最高に楽しかった。中田英寿、山口素弘との3名で構成された当時の日本代表の、安定感ある中盤のパス回しが好きだった。長いキャリアと、中盤の様々なポジションを経験した彼だから行き着いた、「MF論」に唸らされる。彼はきっと将来、日本を代表する名監督になって、また我々の前に現れる。僕は信じる。