今日はもう
なんかいろいろあかん日やー・・・・
ま、
そういう日もあるか!!
ほなね!
やっと書きます。
このブログを始めた(再開した)のは、
こういうのを書くためやったのに、
いつのまにか毎日の記録になってた・・・ww
こういうのってのは、
「男女平等」って意味ではなく、
社会のあらゆることに対する、
自分なりの考えを書きたいと思ってたってことです。
持論、
すなわちジョシカワ論ですwww
まだまだ幼い大学生やから、
稚拙な部分もあるやろけど、
大目に見ていただけたら嬉しいです。
このテーマを選んだのは、
深い意味はないですww
なんとなく今日朝食食べてたら、
いろいろ考えが浮かんできたから書いてみようと・・・ww
あんま長くなりすぎない程度で、
書いていきたいと思います。
まず、
現代における女性の立場・地位について。
これは世間一般でも言われるように、
社会的弱者として扱われる傾向にある。
様々な法整備がなされても、
伝統的に築かれてきた男性社会は、
すぐには崩壊しない。
ただ私は、
女性は男性よりも強いと考えている。
それは、
生物学的にとか脳科学的にという意味ではなく、
社会的にである。
すなわち、
男性社会成立の背景には、
男性が社会において、
働くことでしか自分の存在価値を見いだすことができず、
そのため男性は必死に働き、
いつのまにか社会が、
家族よりも、
経済性を重視する世界になり、
経済に関与する働きをしている男性が優位であるような社会ができあがってしまったと考える。
しかし、
この男性優位の社会では、
競争原理主義的な考え方が強い。
そこには当然、
勝者と敗者が存在し、
その中で女性は、
社会的「敗者」に分類された。
これは、
男性による意図的な敗者の創出であった。
社会的に、
あるいは法的に女性を区別し、
女性は男性に劣る社会を作ったのである。
女性には、
家族的思考によって、
世界を平和にする力があると思う。
今のような男女不平等を是正する力において、
まだまだ見出だされていない能力が多く備わっていると思う。
ただ、
女性に対する、
過剰な保護については反対する。
男性優位の社会が成立した背景を振り返ると、
そこには「男性保護」の社会あるいは法が存在した。
生物学の見地に立っても、
ある種の過剰な保護によって、
社会全体のバランスが崩れることは、
多々見られる現象である。
つまり、
女性を過剰に保護することによって、
今度は逆に女性優位社会が成立する可能性は、
十分予見可能である。
「過剰」をどこまでと考えるかは、
なかなか難しい分かれ道ではあるが、
今ある社会の形、
すなわち男性優位社会を是正するためには、
多少過度な規制変更をする必要もあると考える。
女性は強い。
男性は、
それを受け入れることを、
恐れている。
自分たちが築き上げた地位
あるいは既得権益を奪われることを恐れている。
しかし、
この考え方こそ男性的であろう。
他人への無償の愛、
あるいは施しの精神こそ、
今の世界に求められている力であり、
その力を持っているのは、
往々にして女性である。
女性を強引に男性社会の型に当てはめるのではなく、
男女がそれぞれの役割において能力を発揮し、
平和な世界を実現することが必要だろう。
と、
書いてみましたw
1000字くらいかな?
小レポートみたいなもんですw
多分誰も読まないやろけど、
いつか自分で見返して、
批判を付け加えれるようになれば、
自分の成長の証になるかな
と思ってますw
このブログを始めた(再開した)のは、
こういうのを書くためやったのに、
いつのまにか毎日の記録になってた・・・ww
こういうのってのは、
「男女平等」って意味ではなく、
社会のあらゆることに対する、
自分なりの考えを書きたいと思ってたってことです。
持論、
すなわちジョシカワ論ですwww
まだまだ幼い大学生やから、
稚拙な部分もあるやろけど、
大目に見ていただけたら嬉しいです。
このテーマを選んだのは、
深い意味はないですww
なんとなく今日朝食食べてたら、
いろいろ考えが浮かんできたから書いてみようと・・・ww
あんま長くなりすぎない程度で、
書いていきたいと思います。
まず、
現代における女性の立場・地位について。
これは世間一般でも言われるように、
社会的弱者として扱われる傾向にある。
様々な法整備がなされても、
伝統的に築かれてきた男性社会は、
すぐには崩壊しない。
ただ私は、
女性は男性よりも強いと考えている。
それは、
生物学的にとか脳科学的にという意味ではなく、
社会的にである。
すなわち、
男性社会成立の背景には、
男性が社会において、
働くことでしか自分の存在価値を見いだすことができず、
そのため男性は必死に働き、
いつのまにか社会が、
家族よりも、
経済性を重視する世界になり、
経済に関与する働きをしている男性が優位であるような社会ができあがってしまったと考える。
しかし、
この男性優位の社会では、
競争原理主義的な考え方が強い。
そこには当然、
勝者と敗者が存在し、
その中で女性は、
社会的「敗者」に分類された。
これは、
男性による意図的な敗者の創出であった。
社会的に、
あるいは法的に女性を区別し、
女性は男性に劣る社会を作ったのである。
女性には、
家族的思考によって、
世界を平和にする力があると思う。
今のような男女不平等を是正する力において、
まだまだ見出だされていない能力が多く備わっていると思う。
ただ、
女性に対する、
過剰な保護については反対する。
男性優位の社会が成立した背景を振り返ると、
そこには「男性保護」の社会あるいは法が存在した。
生物学の見地に立っても、
ある種の過剰な保護によって、
社会全体のバランスが崩れることは、
多々見られる現象である。
つまり、
女性を過剰に保護することによって、
今度は逆に女性優位社会が成立する可能性は、
十分予見可能である。
「過剰」をどこまでと考えるかは、
なかなか難しい分かれ道ではあるが、
今ある社会の形、
すなわち男性優位社会を是正するためには、
多少過度な規制変更をする必要もあると考える。
女性は強い。
男性は、
それを受け入れることを、
恐れている。
自分たちが築き上げた地位
あるいは既得権益を奪われることを恐れている。
しかし、
この考え方こそ男性的であろう。
他人への無償の愛、
あるいは施しの精神こそ、
今の世界に求められている力であり、
その力を持っているのは、
往々にして女性である。
女性を強引に男性社会の型に当てはめるのではなく、
男女がそれぞれの役割において能力を発揮し、
平和な世界を実現することが必要だろう。
と、
書いてみましたw
1000字くらいかな?
小レポートみたいなもんですw
多分誰も読まないやろけど、
いつか自分で見返して、
批判を付け加えれるようになれば、
自分の成長の証になるかな
と思ってますw





(笑)


を起こした場合、
が来るまでの間、

(笑)
www 




(笑)

