飲食店に求めるものは人によって様々である。
何を当たり前の事を言っているのだと思う方は多いだろう。
けれども僕がその当たり前の事を知ったのは、比較的最近になってからだ。


先日、銀座にある有名寿司店に連れて行っていただいた。
その人は、基本的に寿司になんの興味もないようで、ただ何かを食べながら、お酒を飲み、話がしたいだけなのだ。
寿司屋に行ったのは、僕がその店に一度行ってみたいと言ったからである。
彼はただ話をするためだけに、1人25000円の寿司を2人分注文し、1時間半ほど話をした後、支払いを済ませ、店を出た。
その1時間半の間で、寿司の話は一切していない。
もちろん店を出てからもである。不味かったはもちろん、美味しかったすらないのである。

ちなみに、その寿司は極めて普通だった。これに25000円払うのなら、もっといいものは沢山ある。

けれども問題はそこではない。かなりの有名店であり、箸にも棒にもかからない寿司が巷に溢れる今、そこの寿司は明らかに寿司界の上位に食い込んでくるだろう。
そんな寿司を食べながら、そして食べ終わった後も、寿司の話を一度もしないのは、僕には衝撃だった。
カルチャーショックである。

別れ際、僕はしびれを切らし、こう言った。
今日はご馳走様でした。美味しかったです。
彼は笑顔で右手を上げ、去っていった。


さて、話が逸れたが、人が飲食店に求めるものである。
僕が求めるのは、圧倒的に味だ。それだけだといっても良い。
そんなの当たり前じゃないか。不味いより、美味しいほうがいいに決まってる。そう思うだろう。
そうではない。
優先順位は本当に味なのか否かを僕は問うているのである。

世間的に美味しいと言われる店。グルメガイドで高評価を得ている店。サイトの口コミが良い店。多くの人が美味しいと言っている。だから良い店だ。
内装がおしゃれ。雰囲気が良い。サービスが良い。店員の愛想が良い。だからいい店だ。

僕に言わせれば、クソくらえな訳である。
何より大事なのは味。全くの無名でも、どんなに内装がダサくも、汚くても、ボロくても、店員が無愛想でも、僕は一向に構わない。
ただ、出している料理が美味いのであれば。


さて、このブログがこれからどんなスタンスで書かれていくのか、なんとなく分かっていただけただろうか。
分かりやすく言うと、
とにかく味、なによりも味、ひっくり返っても味
である。
他の要素は排除する。
でもひとつだけ、値段も大切だから、参考程度に記したいと思う。もちろんそれによって店の価値を決める訳ではなく、あくまで味を測る物差しとして。
25000円出して食べる寿司の味と、5000円出して食べる寿司の味が同じなら、より評価されるべきは後者である。
まあこんな感じだ。


美味しさと言う基準は、極めて恣意的である。
そんな事は百も承知だ。
けれども僕は、自分の感性について、その点だけはかなり信用しているし、自信を持っている。
味に興味のある人であれば、ある程度理解してもらえると、ある種の確信を抱いている。
飲食店に求めるもの第1位は味ですという人に読んでもらえるなら本望であるし、そうではない人も、読んで実際に店に足を運び、ああ、これは美味しいなと思って貰えたなら、それはそれでやり甲斐を感じるだろう。


本当に美味しいものを出している飲食店が苦労するのは間違っている。現にそういう店を今まで多く見てきた。
僕はそんな世の中を変える手助けが、微力ながら、本当に微力ながら、いつか出来たらいいと思っている。

長くなったので今回はこの辺で失礼したい。
次回も多分、レビューは始まらない。
もう少し書きたいことがあるので、お付き合い願いたい。