景色を絵に描くときに、
建物やら道路やら、
直線のものはたくさんあります。
その直線をまっすぐに見せるための絵なら、
そこに定規を使ってもいいのでしょう。
ただ、じぶんの絵を描きたいなら、
定規は使わないと思います。
多少は線が震えても、
太い細いが安定しなくても、直線も曲線も、
フリーハンドで描くと思います。
コミュニケーションも、
そういうものだと思っています。
契約書だとか、法律だとか、
ルールのある文を書いたり、話すときには、
「定規のような表現」は必要でしょう。
「24時間以内」と「24時間以上」は、
まったくちがいます。
そこは定規をあてたような
表現をする場面です。
しかし「近いうちご飯行こうね」は、
今週中でも、今月中でもおよそ許容範囲で、
当事者同士で感覚が揃っていれば
それでオッケーなんですよね。
定規を使う表現と、
定規を使わない表現は、
同じ人間どうしの間でも
混じり合っています。
絵で、音楽で、踊りで、ことばで、
フリーハンドで
たくさんのものごとが描かれています。
それを定規を使ってまとめようとすると、
すっかりもともとの表現は、
おもしろくなくなってしまいます。
出演した映画について
取材されている俳優が、
フリーハンドで
なんとかいろんなことを話していても、
取材記者が「テーマは家族愛ですね?」と、
定規をあてて言い換えてしまうようなことが
少なくないように思うんです。
「愛」「警鐘」「格差」「悲劇」「地球」
よく使われやすい定規がたくさんあります。
その定規で線が引かれただけで、
妙に収まりがよくなります。
でも、人間の感情や表現って、
そんなにきれいな直線ばかりじゃないはず。
今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。
もっと口下手を肯定してもいいですよね。
