今日なにをしたかなら、
比較的かんたんに思い出せます。
朝ごはんをどこで食べたとか、
だれと会ってどんな話をしたとか、
スケジュール帳を確認すれば、
割と容易に思い出せます。
しかし、です。
「今日どんなことを考えたか」になると、
途端にそれが、むずかしくなります。
証人もいないし、
写真にも残らないからです。
箇条書きできるような客観的な記録なら、
ほかの人でも残しておくことはできるけど、
感じたこと・思ったこと・考えたことー
それをことばにして残しておけるのは、
じぶん自身だけだと思うのです。
事実やできごとを記録するのは、
割といろんな人がやっているけれど、
感情や思考のほうを残している人って、
そんなに多くないような気がします。
そしてそういうことは、じぶんでさえ
あんまりおぼえていられないんですよね。
そのときの感情や思考なんてものは、
なにもしなければ忘れてしまう。
「父が機嫌よくてうれしかった」とか、
「夕焼けがさみしく感じられた」とか、
こころの機微を記しておくというのは、
なんだか気恥ずかしいものですよね。
でも、じつはあとになって、
いちばん読み返したくなるのは、
そういうことばだったりする。
日記というのは、
できごとの記録というより、
こころの記録なんでよね。
今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。
ここに綴っている文章も、
エッセイやコラムの体裁をとった
日記に近いものだと思います。