あたまがやわらかい。
頭皮環境のことではなく、
思考の柔軟性という意味での
やわらかさのことです。
「きみも若いんだから、
もっと柔軟な発想を持ちなさい。
あたまをやわらかくね。」
みたいな言い方でよく聞きます。
このことからもわかるとおり、
「年寄り=あたまが固い」で
「若者=あたまがやわらかい」という
図式ができあがっている気がする。
でも、よく考えてみると、
それはおかしな話であって、
「若者=あたまがやわらかい」がほんとうなら
若者であるほどクリエイティビティに
富んでいるということになります。
ところが実際はどうでしょう。
クリエイティブにおいて、
若さだけが大きな比重を占めているとは
どうしても思えないんですよね。
若くておもしろいひとはいるけれど、
おもしろいベテランはもっとたくさんいる。
あたまのやわらかさを決める第一要素は、
どうやら"若さ"ではないんじゃないか。
あたまのやわらかさとは、たぶん、
自説を改める勇気を持っているか否かであり
ここからさらにあたらしいことを学ぶ
勇気があるか否かだと思います。
あたまがやわらかいとは、
あたらしいことを考える能力のことではなく
その前の"これまで信じてきた自説を疑う"
その能力のことなんじゃないかなと。
たしかに、年齢を重ねるほど
自説を疑うことはむずかしくなる。
あたらしいなにかをを学ぶことが
おっくうにもなります。
これまで身につけてきた
知識の欠片をあれこれ工面して
対処していたほうがずっと楽です。
過去の知識だけでどうにかなっちゃうし、
応用問題を解くように生きていくことを
選ぶひとも多いのだとは思います。
ゆえに、年輩者の多くは、
あたまが固く見えるのだと思います。
クリエイティビティの減退ではなく、
「これ以上あれこれ考えたくない。
学びたくない」の表れとして。
今日は1年の半分ということで、
あたまをやわらかくすることを意識しつつ
下半期もたのしんでいきたいと思います。
今日も「わくわく海賊団」に来てくださってありがとうございます。
いくつになっても、
自説に執着することなく
あたらしいことを学べるひとでありたいな。