
「何が食べたい?」
お昼時に何を食べようかグループで話し合うとします。
A「わたしは、なんでもいいよ。」
B「和食がいいなぁ。米(コメ)が食べたい。」
C「パスタが食べたいなぁ。まぁ中華でもいいけど。」
D「和食はイヤだ。中華が食べたい。」
Aの人はまわりに合わせてくれていますが、
Aのような人ばかりだと結論を出すのに時間がかかります。
逆にDの人は自分の主張をはっきり言うので
結論は早くに決まりそうです。
しかし、自分の意見をはっきり言うということは、
「意見のちがい」もはっきり出ます。
それを嫌がる(避けたがる)人や組織もあるはずです。
一般的には、外資系やベンチャー企業は
「良いものをつくるためには、少々の摩擦も必要」と考え、
日本の昔ながらの大企業などは
「できるかぎり摩擦を避けるのが大人の作法」だと
考えている人が多いように感じます。
たとえば、さっきの「何を食べるのか?」の話し合いのなかで、
Dさんのことを「わがままで子供。社会人(大人の)ルールがなっていない」
と批判するのはちがうような気がするんです。
外資やベンチャー企業に勤めている人と、
日本の昔ながらの大企業に勤めている人とでは、
そもそも「社会人(大人の)ルール」がちがいます。
外資やベンチャーでは、
「自分の意見を言わずに無駄に長い会議は生産性がなく無意味」と
考える人が多くいます。そんな会社に新卒で入り
「社会人(大人の)ルール」を教えられれば、
「昼食を決めるのにダラダラ長い時間をかけるのは無意味」と考えても
おかしくありません。
これは、逆も然りで、DさんがAさんを
「自分の意見も言えないヤツ」と否定するのもちがいます。
Aさんの「社会人(大人の)ルール」は、
「みんなの意見をなるべく汲みとってそれに合わせる(決める)」
なのかもしれないわけです。
社会人になって最初に入った会社(組織)のスタイルやルールを
「世間一般のルール=社会人(大人の)ルール」と思い込んでしまいがちですが、
そんなことは全然ないんだと思うんです。
今日もわくわく海賊団にきてくださってありがとうございます。
小中高大、そしてその後も試験を受けるたびに、
似たような人が集まる組織になるわけですが、
そこに所属していると「いろんな人がいる」をついつい
忘れがちになってしまう気がしてます。気をつけようと思うのです。