中央には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の神宮大麻。向かって左には、崇敬、つまり自分の好きな神社のお神札。さらに右には、氏神さま、つまり自らが居住する地域の氏神様(会社の場合も同様に地域の氏神さま)のお神札と決まっている。
弊社もその辺りきちんとしていて、3つのお神札が並んでいる。
が、が!氏神さまをよーく見て気づいた。
『住所間違ってるやんけー!(と心の中でつっこんだ)』
氏神として祀ってあるのは、「坐摩神社」である。ここは非常に由緒のある神社なのだが。
しかし事務所のある場所は江戸堀。江戸堀の氏神さまといえば、淡路町にある「御霊神社」なのに。。
聞けば、新規事業をミナミでスタートさせたので、その時のお神札のままになっているのだという。
これではいかんと、ランチタイムを利用してチャリを飛ばして本当の氏神さま「御霊神社」へ出かけた。

(御霊神社外観)
ここ御霊神社は、船場、中之島、江戸堀、京町堀など大阪の商人と大名家やその蔵屋敷の藩士たちによって厚く崇敬されてきた神社。創建は、850年(嘉祥3年)というから平安も前期の頃。まだ大阪湾が大きく内に入り込みこのあたりは海辺だったと思うのだが、その頃に今の靭公園のあたりで産土神として祀られた祠が原形という。
現在の位置で大きく隆盛となったのは、秀吉が大阪城を築いた頃、多くの大名屋敷が軒を連ね、この御霊神社へも寄進が進んでいった。

(狛犬)
この狛犬は、1615年(元和元年)の作。元和元年というと、大阪の陣が終わり江戸時代が幕を開けた年。頭部に角があり堂々とした風格だ。かっこいい!

手水舎は、公園の休憩所のよう(笑)
清めた後は、参拝へと向かう。

(本殿)
本殿には、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の荒魂(あらみたま)。さらに津布良彦神(つぶらひこのかみ)・津布良媛神(つぶらひめのかみ)の二柱。この二神は、摂津の国津村郷の産土神という。前述した祠に祀られていた地元の神様だ。
そして応神天皇と源正霊神(げんしょうれいじん)と合わせて五柱を祀る。
この源正霊神という神は、鎌倉権五郎景政という平安後期の武将で、源義家に仕え後三年の役などで活躍。歌舞伎十八番「暫」の主人公としても有名だ。
御霊神社は全国に数多くあり、政争や戦乱で恨みを残して死んで行った者の怨霊を鎮めるため神として祀った神社。恨みを鎮めれば、逆に鎮護の神として利益をもたらすとされていた。これを御霊信仰という。祀られる霊は、代表的なところでいうと早良親王、菅原道真、崇徳上皇などが挙げられる。
鎌倉景政も御霊神社に祀られることが多いのだが、これは英雄としての祖霊信仰に近い。ともあれ、ここの御霊神社は鎌倉景政を祀ることで、産土神の祠から、大きな神社へと発展したのだと思う。
参拝を済ませ、社務所で御朱印を頂いている間に、摂社・末社を見てまわることにした。

(東宮)

(末社:松ノ木神社・大黒社)

(肌まもりの木)
太平洋戦争の空襲で、境内の木々が焼けた中で唯一再生したという「肌まもりの楠木」。幹に触れて拝むと、肌によいと言われています。女性の信仰が厚そう。
さて、社務所で御朱印をいただく。

皇紀の表記がいいね!
満足しつつ神社を出る。会社に戻ろうとチャリをこいでいると…

ビルの前に、鳥居が!!
そう、ここは御霊神社の南に位置する。昔は参道だったが、今は土地を貸すか売ってしまっているのだろう。恐るべし中井エンジニアリング。。。
会社に着いて大切なことに気づいた。
「お神札をいただくの忘れてた…」
ただの趣味の神社探訪をしてしまったランチタイムでした(泣)
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