化学物質過敏症と闘う岩手のランナーけいのブログ

化学物質過敏症と闘う岩手のランナーけいのブログ

化学物質過敏症・学校トラブル・ランニングの話題を中心に、けいがストレス発散のために自己主張をしている気ままなブログです。

2004年(平成16年)体調に異変が起き、2005年(平成17年)に「化学物質過敏症」と診断されました。私自身は7年強かけて完治したのですが、2010年(平成22年)に、子供の通う小学校の改築工事が原因で、長女と二女が被害を受け、「シックスクール(ハウス)症候群」を発症しました。
2人共に転校を余儀なくされ、環境が変わったことで二女は完治したものの、長女は転校時にすでに重症化して「化学物質過敏症」になってしまっていたために発症前にはまだ戻らず、令和に入っても治療中です。

長女は改築工事が原因で、通常の義務教育と程遠い中学校生活でしたが、二女と長男がそれぞれ別のトラブルを学校から引き起こされ、結局3人ともきちんと義務教育を受けないまま高校へ進学しました。

このブログでは、化学物質過敏症・学校トラブル・ランニングを中心に書いております。
あまりにもいろいろなことが起きて精神的に辛い生活が11年になりますが、ブログで真実を表に出すことで精神的に少し楽になるので発信しております。
勝手ながら私の気持ちを理解して下さる方と交流出来たら嬉しいです。

2020年(令和2年)6月24日岩手のランナーけい

こんなに興奮してテレビ観戦したことは初めてです。

 

希実さんの高校時代、岩手国体と山形インターハイは希実さんのご両親と妹さんと、うちの二女と長男と一緒に応援しました。

 

長男も興奮して応援していました。

 

希実さん、感動をありがとうございます。

 

 

5月に部活動指導中に右脹脛を痛め、回復途中に再度部活指導中に悪化させ、約3ヶ月もの間練習できていません。

 

練習できないのもきついですが、治療費もきついです。

 

でも、日本スポーツ協会が勧める指導者保険に加入していて助かりました。

https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/katsudousuishin/doc/hoken/hoken_panf2021nenndobann.pdf

 

 

完治したら保険金を受け取りたいと思います。

 

今は痛みと懐の寂しさを耐えます。

 

 

 

 

いつまで閲覧できるかわかりませんので、早目にご覧ください。

 

 

 
 

長女のシックスクール問題でテレビや新聞で報道されるようになり、私たちは被害者なのにまるで加害者のような扱いを受けました。

 
学校が嘘をついても学校側につき、私たちがまるで嘘をついているような誹謗中傷をした保護者の方はいましたね。
 
シックスクール問題が起き、その他に副校長による体罰問題等々いろいろ学校で問題を起こされても、味方になってくれた保護者の方は少数でした。
 
自分の子供が被害に遭っても、うちの子が被害に遭ったらと、自分の子供がに置き換えて考える人ってそんなにいないんだなと悲しくなりました。
 
この問題を多くの人に知っていただきたいので、是非お読みください。
 
 
 
 
 

 

このブログや、東日本大震災の際に支援物資の活動をしたブログ

 

 

でも何度も紹介させていただいておりますが、

当時小学6年の田中希実さんは、妹さんと共に心温まるメッセージを書いた支援物資を何度も送ってくれました。

 

震災から10年経過し、その時の少女はオリンピック選手になりました。

 

田中希実さんの活躍は、当時物資を受け取った多くの方を今でも元気にしてくれております。

 

これからもずーっと応援し続けます。

 

*当時の支援物資の活動をバックアップして下さった団体です。