久し振りの高松なのだ!
1973年から3年間、高松支店に勤務していた。
その後、出張や観光で度々、訪れていたが・・最後は
四国霊場八十八ケ寺巡りで来た10年くらい前だろうか・・・
今回は私一人なので高速バスで行った。
松山市駅発13:28 高松バスターミナル着15:50
寝ている間に着くのだから楽なもんだ。
障がい者割引半額、2,200円で済んだ・・・ありがたや!
バスの中から・・・
☆飯野山 標高422m。
きれいな円すい形の姿をしており、地元の方からは
「讃岐富士」と親しまれています。
☆高松市が近づくと海の方に迫力のある雲が雲がいっぱい!
☆高松市のマンホールは那須与一であった。
扇を矢で射った屋島の戦いに因むもの・・・
☆玉藻城跡からJR高松駅を望む
立派な高層ビルが建っている。
昔とは大違いだ。 浦島太郎のココロ・・・
☆日本マスターズ会場の県民ホールから海を眺めたら
大きな船が停泊していた。
外国からのクルージングだろうか?
☆21世紀に贈るメッセージ 1988年 セラミック陶板
猪熊弦一郎(1902~1993)描く・・
ホール2階へ上がる階段の壁を飾っている。
世界的に活躍した画伯は高松に生まれ、丸亀中学、東京芸大卒。
丸亀市に立派な猪熊弦一郎現代美術館がある。
※名店うなぎ屋「半助」が焼き鳥屋になっていた。
高松で「半助」はうなぎの頭のことで、その頭を甘辛く
煮込んだものは酒の肴に合い、昔、通ったものだが・・・
代が変わり、今は焼き鳥・・・
「鳥もつ煮」は量も多く、味も良く、焼き鳥と一緒に
高松在住の過っての同僚と酌み交わす酒は・・・
格別でありました。
「生きてて良かった!」の巻であります。