こんにちは、3年生進級が決定した6代目つばきです。
ちなみに来日(再履するために日吉キャンパスに来ること)は3ついただきました。あえて言うと、来日って進級しないとできないんですよ(⌒∇⌒)。ちなみに今回、「頑張ったのに報われない」っていう認識は誤りであるっていう小学生でも体験して知ってること言うまでが長いため、時間がない人は結論「iPhone17はすごい!」とだけ覚えて閉じてください。
さて、1年間も終わり、「来月には新入生を迎えないといけないんだぁ」って感じるこの時期、記憶を掘り起こして脳内ムービーで振り返っていました。イベントの際には写真が沢山撮影して保存してますから、自分が撮った写真を見るとその時の自分の視界に映っていた記憶がどんどんあふれてきます。他の人が撮った写真をみると別現場ではこんなことが起こっていたのだと感慨深いです。
その中でも脳内ムービーの中で1番再生して、停止して、戻して、再生してを繰り返しているのは自分のトリの時ですね。三田祭なんてもう4カ月くらい前のことですけど、一際出来事を詳細に覚えています。ただずっと知りたいこと、いっぱいあるんですよね。自分の視界からの様子しか知らないから、逆に周りからどう見えていたのかなって。実は、三田祭で私が高座で演技している写真が1枚もありません。だから、ひざで協力してくれた人がどういう格好だったのか、私がどういう姿に見えていたのか、トリ中私の提灯に入っていたペンライトは何色でどう灯っていたのか、知らないのです。知らないことは脳内で再生できない。自然の摂理ですね。
言っておくと、こういうことは珍しいことではないため特に悲しいとかはありません。落研に限らず、イベント終了後のアルバム見ると私が映っているのは打ち上げだけとか、そもそも1枚もないとか、よくあります。これまででの人生でも、規模が1番大きいと高校3年生の時の修学旅行で映っている写真が1枚もないとかありました。クラスの集合写真にも写っていない不思議。これには心がないと度々言われる自分をもってしても、感動すら覚えました。
それなのにいまだに未練がある理由は、多分3つくらいあって「他のトリやった同期は素敵な写真あるのに」とか、意外と目立ちたいときもあって「あーこの日の朝40分かけて舞台負けしないメイクして盛れてたのに」とか、「このとき私がトリやってたことをデータとして証明できるものがない」とかですね。
正直、ないものはないし、自分にも反省点あるからしょうがないことです。実は写真はあるにはあります。外部団体の方が活動で利用するため撮影してくれていました。非常に心からありがとうございます。ただ、ただ言いたい。だいぶ画質粗くないですか…?あとなんで変顔している時しか撮ってないんですか…??なんで被写体の私より手前に映っているお客様の頭の方が大きいんですか…???連絡を取り合っている時、「他に写真があれば送信してください」と連絡を受けて、LINEアルバムを覗いたら1枚もないことに気が付いたときの私の焦りは、2025年1番の心拍数を記録したでしょう。でもこんな状況です。写真があるだけありがたいことです。ほんとに。
他責はよくないということで、自分の反省点を綴っていくと
・舞台演出のために現役全員を駆りだした(絶対これやん)
・誰にも撮影を頼んでいなかった
・多分、歯紅していた
いやもう間違いなくこれらですね。自分で現役全員に働くよう頼んでおいて、誰か撮ってくれるだろうという傲慢。非常にうっかりうっかり(^_-)-🌟歯紅っていうのは直接的というより、撮られなくてよかったと思っている点です。これはリップを口の内側にまで塗って歯についてしまう現象のことです。こんな恥ずかしいミスを写真に収められた日には、布団の中で咽び泣いてしまいます。
正直に吐露すると、最初写真がないことに気が付いたときは不満というか、不公平感が身を覆っていました。トリは4年間の中で大舞台だし、あんなにかっこよく撮られる場面が他にあるだろうか、いや、ない。他の子の写真撮ったのに。三田祭前から、SNS更新して、トリの時写真に残るの楽しみにしていたのに。なのになんで、なんで、誰も撮ってくれてないんだ。誰か撮ってくれるだろうというのか。自分は写す価値すらないのか。LINEアルバムが毎日更新される。その日トリだった同期のかっこいい写真が次々追加される。YouTubeライブのアーカイブを見る。映っているのは粗い画質で動く自分。なんでこれしか私がトリしたと証明できるものがないの。普段の写真なんていらないから、これはほしかった。あんなに頑張って、臨んだのに。
しかしここで問いたい。これは正しい思考なのか?
不満なんて感情でしかなく、書こうと思えばどこまでだって書けて、そういうのって生産性ないですね。「トリ、がんばったのに」。これは傲慢です。私のトリが先輩に高く評価されなかったと分かった以降、毎日業務のために自分以外を更新する度に、機械的にいいところを書いていく毎日に嫌気がさすと感じる自分がいました。反省ですね。周りは自分以上に努力し、頑張り、評価された。それを妬むことは自身の努力不足を露呈していることと変わりません。まあ結果につながる頑張りって定量的に評価できるものではない気もします。どこまでいっても自分との相対比較です。私以外だって、各々思うことがあったでしょう。自分だけ不幸に浸っているだけでは大切な物も取りこぼしてしまいますね。それに、トリ以外で行ったことも自身の決定であって、そこに何か思うことはお門違いなのです。
それに写真撮られなかったことだけで、報われないと判断することは場面を一面的にしか捉えていないのです。現役が全員協力してくれた。すばらしく、心から感謝しなければなりません。当日、お客様が笑ってくれた。自身のひざの時から、温かい空気を造れた。しいて言うなら、出囃子はやっぱりサメに媚びずに好きな曲にすればよかったです。「ジョーズ」だとイマイチ乗り切れないし盛り上がりが少ないです。これは置いといて、多面的に見れば自分は部員に恵まれ、お客様に恵まれ、大事な友達が他サークルの担当ブースを抜け出したり他大学から駆けつけてくれました。好きな人も見に来てくれました(〃ノωノ)❤それにだーいすきなサメ🦈をひざに盛り込むことができて幸せ、超超(ハイパー)Happy🍀です。
重要なことって来年以降に、こんな事態をなくすことですよね。取り返せないことに向き合い続けるのはなんだか消耗戦な気がします。前の三田祭でも自分のデジカメやスマホで写真を撮っていましたが、いかんせん性能が低い。まあデジカメは11年前に買ったものですし、スマホは6年前に出たiPhoneSE(第2世代)。動いているだけマシなものです。
しかし!なんと!!このたび3月下旬に携帯を買い換え、iPhone17を入手します!このために3カ月間バイトに励んで貯金しました。これにより私が撮影する写真は劇的に解像度がアップすることでしょう!!さらにさらに、ストレージが128GBから258GBに拡張!!最小ストレージが258GBとはすぅーーーーばらしい!!!!技術の進化に脱帽です。これで写真ビデオがいっぱい撮影できるだけでなく、やってみたかった大容量のスマホゲームに興じることができます!!これで思う存分、三田祭だけでなく他イベントでもバシャバシャみんなをカメラに収めていきたいです!もちろんしっかりしたカメラ機材と技術を所持している人の中でも交代や連携を取らないとですね。とにかく!新しい携帯で写真を撮る日が待ちきれません!!さらばタッチID!!大好きだったよ(。・ω・。)ノ♡❤
話変わるんですが、もし大脳皮質から記憶を現像できたら私の悩みって8割くらい解決しますよね。そんな技術あれば、あの日見ていた部員全員の記憶をスキャンして、現像すれば写真がたくさん増えます。それに人間の目でとらえた記憶であれば、解像度もきっと高めですね。ただこの場合って、どのくらい写実的なんでしょうか。その人のイメージやうろ覚えな部分って反映されるのか気になります。例えば10人から写真ができたとして、私の顔とか、舞台の詳細とか微妙に違いそうですよね。これはその人が持つイメージと、どのくらいあの時の光景をシナプスで記憶しているかによるから興味があります。うまーくイメージしながらスキャンできたら、もしかしたら本物より盛れてかっこいい写真ができるかもしれません。もしそういう技術があるよって知っている方はぜひ教えてくださいね。SNSでDMしてくださった場合は私が対応していますよ。(。-`ω-)
ってことでここまで長くなりましたが、これから写真をうまく撮りながらデータを保存していきたいです。まあ「頑張っても報われない」とか「努力は報われる」っていうのがある種嘘であることなんて、小学生から分かっていましたが、改めて体験するとこうして残しておきたいですね。それに普段はSNS関連とか音響とかやってるの楽しいし落ち着くから、働くことが大好きです。あとちゃんと自分に好き以外の感情があることを再確認できました!ではまたどこかでお会いしましょう🦈。
余談ですが現在就活しています。先日落研のことを話したら、「三田祭でトリやっている写真を見せてほしい。」と企業様から連絡を受けました。「ないです。」とは言えませんでした。ということで、三田祭の日にしていたメイク、着物を着て正面から正座で撮影し、資料用に撮っていた舞台と座布団に貼り付け、うまーく光量や雰囲気とお客様の後姿を合成したものを送付しました。いつまでこれで乗り切られるかハラハラの毎日です💦


