優勝した瞬間の地を揺らす様な歓声と、尾を引きながら八方に流れる色とりどりの紙テープは、私の應援指導部員としての日々に終止符を打つと共に、今までの出来事を鮮やかに彩るものになりました。
三塁側外野応援席のメイン台の上にただ一人、斜陽の中佇む私は、ただただ夢の様な光景に胸を打たれておりました。
私達に大変多くの財産を残して下さった先輩方が、夢に見ながらも至れなかった場所に辿り着くことが出来ました。少しは報われたでしょうか。恩返しが出来たでしょうか。理不尽と戦い、悩み続けた日々を私は忘れません。この部活の形はまだまだ過渡期です。まだまだ強くなります。
さて本年度は六年に一度回ってくる、東京六大学応援団連盟の当番校の年でした。私はその連盟の委員長という事でしたが、リーダー部の無い慶應義塾にとって、六大学の応援団という括りの中でどうあるべきか、と言う点は非常に難しいものがありました。
私は応援団連盟の委員長として、学校間、イベント主催者と応援部、大人と現役、球場や野球連盟との調整など、非常に社会的な役割を担いました。所謂応援席が本年度の春季から復活し、リーグ戦のスタートアップも本年度の特筆すべき点です。応援部は、気持ち・プライドでやっている面も御座いますから、六校間で意見が食い違う事や、トラブルが中々に絶えません。
そのため、これは年始に立てた目標でもありますが「判断に根拠を持ち、いつでも説明可能にする」と言う点を徹底し、一定の周囲の理解の上で行動する様に致しました。
様々な行事や調整において、副委員長に大変お世話になりました。あの連携がなければ破綻していました。楽しく業務にあたれました、本当にありがとう。
部内の状況も大きく変わりました。リーダー部をもう一度作るという選択肢を部として手放したのが、私が三年生の時。どっち付かずとなった私はチアリーディング部か吹奏楽団かどちらかに入る事を求められました。正直予想だにしていなかったことで、ピンと来ない部分はありましたが、演奏への興味と、直感で吹奏楽団に入りました。内容と風土の違いにまだ慣れませんが、楽しさを見つけ、前向きに活動しています。
またトランペットパートの下級生は全員最高のメンバーです。ずっと大切にしていきたいと思っています。
話は応援に戻りますが、今年の秋季リーグ戦の応援は個人的に新しい慶應義塾の応援席の一つの基準となったと思っております。
私は応援企画責任者も務めておりますから、応援の全体感の話になってしまいますが、慶應義塾の応援の主体は我々ではなく、観客であると言うこと、応援の目的は勝利であること、兎に角ポジティブなこと、従来の型に囚われすぎないことが特色です。
そのことを部員が理解し、目指す所が分かった上で行動できる様になって来ました。春季の何もわからない状態から、試合に没入し、感情を共有し、主体的に部員が楽しむ様になり、試合の雰囲気を動かすシーンも出てきました。
きっかけは夏合宿にて応援の意味を理解し、実践すると言う練習を行い、一人一人の自覚が芽生え始めたのかと思っています。
このことに一番達成感を感じています。
最後になりますが、高校から應援を続けて、七年間立ちますが、この様な最高な形で引退できるのも私を育てていただいた先輩方、體育会、家族、応援席にきていただいている方々あってのものです。感謝は伝えても伝えても伝えきれませんが、最大限の感謝を申し上げます。