こんにちは!1年内野手の嶋崎正秀(経1 創価)です!今回は夏の思い出を振り返るということで、僕の人生史上最も熱かった高校3年時の夏について書かせていただきます!
私は創価高校の硬式野球部で野球をしておりました。我々の代は秋季東京都大会の決勝戦で関東第一高校に敗れ、春のセンバツ甲子園の補欠校になるも最終選考で選ばれず、甲子園を逃しました。春季東京都大会でも東海大学菅生高校に一点差で惜敗し、夏こそは秋と春の悔しい思いを晴らして甲子園を掴み取ると強い覚悟を持って大会に臨みました。
そんな中迎えた夏の大会でとても印象に残っている試合が2試合あります。準々決勝の早稲田大学高等学院戦と準決勝の日本大学第三高校戦です。
準々決勝の早稲田大学高等学院との試合は2日間にわたる死闘でした。私たちの前に行われた早稲田実業対國學院大學久我山の試合が雷雲の発生で54分間の中断をしたうえ、14-13の超乱打戦となったため、試合開始が19時38分になるアクシデントに見舞われました。夏の神宮球場のナイターゲームはプロ野球の試合のようで独特な雰囲気だったのを覚えています。今思えばこの先も出来ないであろう、貴重な経験ができた良い思い出です。
肝心の試合は6回終了時に3-2と手に汗握る展開でした。さあいよいよ終盤と思った矢先、雷雨のため継続試合になることとなりました。時刻は21時を回っていました。
バスで寮に帰ってすぐに寝ましたが、試合終盤の緊迫した展開の中での継続試合だったので寝ても寝た気でないような不思議な感覚でした。翌日13時からの再開でしたが、緊張と夏バテで試合前のおにぎり1個を食べるのに30分かかってしまいました。
試合再開後の7回にすぐに同点に追いつかれますが、8回に勝ち越し、7-6でなんとか死闘を制して準決勝に駒を進めました。
迎えた日本大学第三高校との一戦は、相手の5番打者に本塁打とタイムリーヒットを浴び、0-2の劣勢の展開が進みました。しかし、6回には9番打者の私と1番打者の大久保(環2 創価)の連続安打でチャンスを作り、1点を返し反撃します。(私が一浪したため大久保とは1つ学年が違いますが高校では同級生です。)
それでもすぐに7回に犠牲フライで1点を返され、8回にセカンドゴロの間に1点を返すもののあと1点及ばず2-3で敗退。私たちの夏が終わりました。
試合が終わってから、これだけ努力しても報われないことがあるのかと強い悔しさを感じました。そして何より今まで一緒にやってきた仲間ともう野球ができないと考えたときに涙が溢れてきました。
球場を出て、実家から寮生活を支えてくれた母親の顔を見たとき、甲子園に出られなかった申し訳なさが込み上げてきました。しかし、同時に自分の実力を出し切れた清々しい気持ちもありました。
「俺やりきったよ。」
そう母親に言えたことが高校3年間の1番の誇りです。
本気で挑み、本気で悔しがり、本気でやり切ったと思えた夏。そんな熱い夏をこの準硬式野球部でまた送れたらなと思います。
長文になりましたが最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!




1年 嶋崎正秀