「アイ・タン」こと相浦光(商4 柏陽)から紹介いただきました、髙尾承太郎(経4 慶應義塾志木)です。「アイ・タン」が相浦で「アイ・チャン」が片田(商4 都立富士)の彼女ですね(大正大学卒)。
相浦は自らの野球のスタイルを4年間貫いた男です。未だにフリーでは、守備班の余計な労力をいとわず、ポイントを引きつけに引きつけて、レフトに強烈なファールを打ってくれます。また「ライオンは筋トレしない」というイチローの言葉を真に受けて、野球人としては細すぎるスタイルの良さ(ほぼ木)を育てました。そんな相浦がセンターにいる時は楽しかったよ。相浦は試合中に結構声を出していて、「一緒に野球やってるな」って実感するのが嬉しかった。頑張ろうね。
 
さあ僕のラストブログは始まりますが、その前にインスタのリール動画。僕の中に潜む逆張りの虫が湧いてきて、「みんなと違うことをやってやろう」と思ったのですが、坂本(法4 桐蔭学園)の方が先にやってましたね。これは負けたな。衝動的に「エヴァの次回予告的なやつやりたいなぁ」と後先考えずに実行し、また「やっちゃったな」と、もう後悔しています。
というように僕はその場の感情や考えで行動してしまい、何度も失敗してきました。しかし今更、こんな自分を直す気も起きず、このラストブログも勢いで押しに押して書こうと思います。そんなブログになっていますが、どうぞよろしく。
 
1 自分史
2 準硬に入って今、何を思う?
3 メッセージ
 
①自分史
僕が野球を始めたきっかけは父の影響です。父が好きな中日ドラゴンズの中継がいつも家で流れていました。立浪や森野に憧れて左打ちになり、井端や荒木を見て内野手になりました。
小学生になってすぐに野球チームに入りたかったのですが、最初はなぜか親の許可が下りず、「ご飯おかわり2杯を30分以内で食べることを30日連続で達成したら、入部できる」という条件がありました。小学校1年生の僕は何度もチャレンジして、気づけば小学校3年生になる頃にようやく達成できました。丸2年かかったのです。今思えば、「少食で小柄だった僕をまず太くさせてから、野球をやらせよう」という魂胆があったのでしょうが、僕は逆に食べることが嫌いになり、食が細くなりました。それでもやっと野球を始められた喜びで、それはそれは楽しい日々でした。

中学校
中学校の軟式野球部に入り、よく高瀬(文3 城北)のいた城北中学校と試合をしていました。勝った記憶はありません。週6日で部活をやりながら、塾にも通うという生活をしていく中で、これを高校でもやるのは無理だと思いました。そこで部活に一番打ち込める高校を探した結果、大学付属の高校に行こうと決意しました。当時は、自然豊かで校則がない自由な校風の慶應義塾志木高校が天国のような存在だと思い、受験勉強を頑張りました。こんなに慶應の中で志木高のカーストが低いなんて知りませんでした。高校生の頃、「慶應義塾志木」と堂々と書かれた部活バックを背負いながら、三田を闊歩した時、慶應義塾女子高校の子たちが「うわ、志木高がいる。すごい。」と聞いた時は本当に誇らしい気持ちでした。「うわ」ってそういうことだったんだと大学に入って知るのですが。

高校
人生で一番辛い時期は間違いなく高校時代でした。晴れようと雨が降ろうと練習はキツく、1日が早く終わることを願って生活していました。とにかく監督が怖くて、今でも似てる人を見かけると、ビクッとなる時があるくらいです。
今思うと奇妙な時間を過ごしていました。ある時、フリーの練習中に同期のピッチャーがブルペンで大暴投したのに「危ない!」の声を出さなかった時がありました。1回練習が止まり、その同期は監督に激怒され、「危ない」と声が出るように練習しろと言われました。何を思ったのか彼は1時間永遠に「危なーい!」と繰り返し叫ぶ練習をしました。当然叫んでいるだけで、投球練習はしていないので、全く危なくなかったのですが、「危なーい!、危なーい!」と同期が叫ぶのを繰り返し聞いていると、本当にここは危ないんじゃないかと脳が錯覚してきました。そこから僕は高校のグラウンドは「危ない」と脳が認識したのか、グラウンドで常に吐き気を催すようになってしまいました。
冬の練習はほぼボール回しの練習だった時期もあります。ボール回しが上手くなるために、ストレートマシンを用意して、マシンから出たボールをひたすら捕球する練習を投手野手関係なくしていました。
今思うと、練習のための練習をがむしゃらにやった2年半でした。また1年生の時主将だった伊藤さん(2023年卒)にもよく怒られていました。同期同士で少し顎をしゃくらせて、伊藤さんが怒ってる時のモノマネをよくしたものです。それから何年か経ち、正さん(伊藤正貴さん)とオープン戦で1、2番を打つようになるなんて、その時は夢にも思いませんでした。あの時は嬉しかったですね。そんな辛い高校時代でしたが、確実に今に結びついた要素はあります。それは「ゴミ拾い」です。志木高校野球部では、志木駅から学校までの道中、ゴミがあったら必ず拾うという風習がありました。今考えると良い風習ですが、入部したての僕は何の意味があるんだと思い、ゴミを素通りしていました。しかしある朝、当時3年生で話したこともなかった塩見さん(2023年卒)が、コンビニ袋パンパンに詰まったゴミを持って登校している姿を見て、衝撃を受けました。当時からあまり目立つことのない塩見さんでしたが、野球以外の部分の人格者として多くの人から慕われていました。そんな塩見さんを「めちゃくちゃかっこいいな」と思い、ゴミを拾うことを自分でも徹底しました。これは大学に入って役立ったことです。まあ今はゴミを見かけると、拾わなかった罪悪感に怯え、圧倒的な義務感によって拾っているだけなのですが。
このように高校時代には二度と戻りたくないけど、今思うと「おいしい」ことばっかりだなと思うわけです。
 
大学生になる前から準硬に入ろうとは決めていました。コロナで高校野球は不完全燃焼だったとか、自分はもっと上手くなれるとか色々理由はありましたが、一番は僕がサークルでやるほど野球の技術的に上手くないと思ったからです。高校の頃は、レギュラーでした。ただ、夏の大会前の埼玉地方雑誌にて慶應義塾志木高校が紹介されていたのですが、1番門倉はシュアな打撃と俊足で〜とか、3番篠原は長打力とここぞという勝負強さ〜などと書かれている中、「9番髙尾はくせ者」、というたった3文字で終わっていました。今まで必死に練習してきた結果がくせ者って。曲者?癖者?でだいぶ意味変わるぞ。くせ者ってサークルにいちゃダメだよな?と思い、準硬への入部を決意しました。
 
そして準硬の門を叩くことになります。1年生の時は、優太(長谷川優太・経4 慶應義塾)や遼平(佐藤遼平・商4 桐朋)、土屋(経4 栄光学園)が春季リーグ戦から出場して活躍し、新人戦では柿野(法4 慶應義塾)が特大ホームランを打ち、吉野(経4 慶應義塾)、山賀(理4 都立昭和)、岡見(政4 慶應義塾湘南藤沢)が秋季リーグ戦から主力として活躍しているのを悔しいとも感じず、「俺の同期はすごいんだ!」と親に自慢げに話していた思い出があります。僕個人としては、育成チームのサード2枚目で、何もしてなかったのと同じくらい結果は出ませんでした。風間さん(1979年卒)にも認識されておらず、「上尾しょうたろう」と呼ばれたこともあります(オギワラもツネサワも気にするな)。さらに、当時4年生で育成チームの主将だった富島さん(2022年卒)に唾を吐きかけてブチギレられたり、試合前に縦ノックで暴投してまたも4年生の川合さん(2022年卒)にぶち当てたりと散々な記憶しかありません。そして特に何も感情を持たずに優勝をInstagram で知り、その後昼寝するみたいな感じでした。
 
2年生では何かの拍子に関東選手権大会前にトップチームに上げられ、迎えた一番最初のオープン戦。途中出場の私にすぐ強いサードゴロが飛んできました。私はそれをガッチリと掴み、そしてそのボールをいつもなら全力で振りかぶって投げるところを、まるでダーツを投げるかの如く、ふわっと手先で投げさせていただきました。そのボールは山なりで当時ファーストをやっていた遼平(佐藤遼平)の手前でツーバウンドし、後ろへ消えていきました。100%僕が悪いのに、なぜかカバーに行ってなかったライトの山田さん(2023年卒)がベンチから怒られていました。その回の守備が終わると、山田さんが思い切りベンチの壁にグローブを投げつけたのですが、僕が投げた送球の2倍速かったです。山田さん、今では笑い話ということでいいですよね。僕の妹が弟様にお世話になっているようです。
そんなこんなで関東選手権大会のメンバーから外れましたが、春季リーグ戦では毛利さん(2024年卒)の怪我もあり、運良くセカンド2枚目で初のベンチ入り。ただ実力が無かったので、最悪の最悪、髙尾を出すかみたいな想定でした。出場機会もなく、たまに回が終わると「キャッチャーケア!キャッチャーケア!」と誰でも言えることを大声で言い、主に山田さんが投げたヘルメットを拾いにいくバットボーイを担当していました。山田さん、あれから2年が経ちました。先日、「山田さんの弟が、妹をよく車で送ってくれる」と母から聞きました。山田さん、僕は「縁」というものは時に「暴力」であると思います。
また話が逸れましたね。春季リーグ戦では結局試合に出られず、チームも3位という結果。悔しい気持ちから練習を重ね、「絶対に秋季リーグ戦は出場してチームに貢献しよう」と意気込むも、夏合宿でコロナにかかり、6泊7日を2泊で早上がり。初日に同部屋だったまささん(伊藤正貴さん)がいない隙に、まささんのベッドにダイブしたり、水谷(商3 学習院)の布団に潜り込んで邪魔したりしたのが笑えなくなってしまいました。そして2年生の秋はトップチームにも上がれず、あっという間に3年生になりました。
 
3年生では本当に何もできませんでした。春先にフリーで諸橋さん(2024年卒)と対戦し、デッドボールで左尺骨を折ってしまい、長期離脱。手術するくらいめちゃくちゃ折れていたのですが、球速が110km/hだったのは我ながら「鉄板ネタになるな」と思ったものです。チームはというと、春季リーグ戦で奇跡の優勝。全日本選手権大会の快進撃。大好きだった中野さん(2024年卒)や川端さん(2024年卒)、三宅さん(2024年卒)などの1個上が活躍するのを嬉しく思うも、ただ見守っていただけの無力な自分がただ悔しかった。そして秋季リーグ戦でトップチームに上げられるも、急な腰の痛みから守れなくなってしまい、また育成チームへ。坂本や柿野がベンチ入りして秋季リーグ戦で躍動している中、僕はTikTok で大スベリ。「なにしてんだろう」と永遠に考える日々でした。
 
最終学年の4年生になります。僕は急に内野手チーフやら環境向上班班長、偵察班班長などの役割を与えられます。「チームに貢献できるチャンスかもしれない」と思いました。そこで、どんなに否定されても、周りから陰口を言われようと、とにかく今ある全ての役割を投げ出さないで、死守しようと頑張りました。内野手チーフでは自分が一番うまい訳ではないのにとか、内野手たちは俺が練習を決めることに不満があるんじゃないかとかいつもビクビクしていました。僕は野球の知識が塾高出身の選手に比べて希薄でした。でも幸い、岳杜(福田岳杜・経2 慶應義塾)がチーフになってくれたおかげで、僕が考えて、とりあえず岳杜に良いか悪いか聞いてみるをしておけばなんとかなるようになりました。正直最初は「下級生に頼るって情けないな」とか思ってましたが、それはエゴですね。内野手全体のことを考えるなら、僕だけが考えるよりは絶対に岳杜や轟(法3 桐蔭学園)を頼った方がいい。あくまで僕はみんなが切磋琢磨して、意見を言い合える環境を作るチーフとして頑張ろうというマインドでした。だから岳杜も轟も大野(経2 岐阜)もありがとう。
 
さて自分の野球人生をダラダラと振り返ってみましたが、結果だけ振り返ってみると非常に薄く、物足りないものです。特に準硬生活は本当にくすぶった4年間でした。練習してもオープン戦でガチガチに緊張して、「飛んでくるな」と祈り続けながら守る。いざ飛んできたら、捕れるビジョンが嘘みたいに湧かないまま突っ込んでエラー。万が一捕球できても、今度は投げ方が分からなくなり、暴投。自分の不甲斐なさというよりは、あのエラーした時の気まずい空気が一番嫌いでした。弱い自分を毎日責め、朝起きても本当にベッドから出られない。起きられずに8時半にグラウンドに行くと、森江さん(1992年卒)にしごかれ、爽やかな表情を浮かべる諸々の部員。「俺はサボったんだ」と朝から罪悪感。これが「朝ノックの呪縛」的な感じでネガティブなことを思い出そうとすれば湧き水の如く出てきます。じゃあ準硬に入ったのは間違いだった?
いや、違う。
 
②準硬に入って今、何を思う?
と聞かれたら、しみじみと「いやぁ幸せだよー」と答えますね。なぜなら、散々な思い出しかないですが、そのひどい結果を一緒に笑い合える仲間がいるからです。今までのラストブログを読んでいると分かりますが、僕だけでなく、みんなに等しくひどい失敗があります。それをいつまでもばか笑いし合える、今の4年生と同期で本当に良かったなと思います。僕らの学年はよく「一人一人の癖が強くて、団結感がない」と言われます。うん、確かにそう。全員で飲んだのは、2年生の時に1回しかないし、何個かの派閥があって、こことここはあんまり話さないな、みたいなのが何個もあります。だからこそ、僕はそんな混じり合いそうで、混じり合わないみんなが部室で一緒に笑い合う瞬間がめちゃくちゃ好きです。僕は学年ミーティングとか、学年で何かをすることがとにかく好きでした。相性が合わない同士なのに話し合ってる景色を見てると感動しました。
だから本当にありがとうしかない。最近思うけど、同期じゃなかったら、絶対仲良くなれなかった奴ばっかりですよ。
仮に僕が1学年後輩だったとしたらそれはもう恐ろしいことですよね。
りゅう(西山隆・政4 鎌倉学園)や遼平(佐藤遼平)にはいじめられて、大志(佐藤大志・文4 獨協埼玉)の無茶振りには全部答えなきゃいけないし、吉野、山賀、きょうと(藤井響人・経4 鎌倉学園)には最上級に気を遣わなきゃいけない。あんぱいそうなりょうた(小川凌汰・法4 桐蔭学園)はちょっといじっただけなのに、突然ブチギレられ、少し目立とうものなら、陰から柿野の嫌な視線が目につく。晋平(三宅晋平・経4 専修大学松戸)は優しく接してくれるだろうけど、隣にいる片田に容赦なく「君は育成チームの隠キャです!」と言われる。岡見が投げてる時にエラーしたらくそ詰められるし、「お前下手じゃね?」と優太(長谷川優太)からはグサっとくる一言。井川(商4 穎明館)と岡根(商4 松阪)は会話すら成立しないし、小池(文4 慶應義塾湘南藤沢)のことは無視するけど、相浦には愛想笑いをしなくちゃならねえ。俊貴(野沢俊貴・経PEARL4 Frankfurt International School)は暗いし、せっかくヒットを打っても小川チンパン(小川広樹・商4 慶應義塾)に「オーバーランしろよ!」と怒られる始末。
ようやく練習が終わってもシャワー室に入ったら、毛むくじゃらの大男2人(土屋と村田(経4 慶應義塾湘南藤沢))が1曲歌わなきゃシャワー室から出さないとカラハラ。※
※カラオケハラスメントのこと。ハラスメントの一部に該当するもの。
いやぁやっていける気がしませんね。
ほんと、いせお(鈴木一生・政4 慶應義塾)、おうすけ(泉旺佑・文4 中津南)、さかもと(坂本匠)、中谷(経4 慶應義塾)、ひろこ(西田紘子・経4 東洋英和女学院)、るな(井上瑠夏・経4 横浜雙葉)くらいだと思います。仲良くなれそうなのは。
しかし!あくまでもこれはもし気の弱い僕が後輩だとしたらの話です。全て「フィクション」というか、僕のしょうもない妄想です。みんなと同期だったからこそ特別な時間を過ごせました。本当に良かった。
それは同期の仲良い一部に会えただけと言ってるのではなく、そこまで仲良くはなかった人に会えたことも含めてです。27人(28?でもあるのか)全員いるから僕は好きでした。
この4年間の景色の中には常にみんながいました。それこそが僕の勇気を奮い立たせる原動力です。僕がこれから何をしようと、なんだかんだへらへら応援してくれるでしょう。逆に僕もみんなのことを陰でニヤニヤしながら、心の底から応援しています。
そんなみんなと「仲間」でいれた、みんなの中の一部として僕も存在することができた。
それが今、何よりも嬉しいのです。

・少しだけ語らせて
そしてこの準硬の4年間で得た学びとして「100%黒もないし、100%白もない」というものがあります。
1人の人間の中にだって、すごく優しい部分とちょっと意地の悪い部分、上品なところも下劣なところも等しくあります。だけどどうしても「この人は黒」とか「白」とか決めつけてしまいます。やっぱり集団においてはこの考えは危険で、チームが分裂してしまうリスクが多くあるなと4年間見てきて思いました。
だから僕は、どんな人でも悪いところと良いところの必ず両方があるはずだと思い、それを探したりしてました。
なるべく極端に考えない。
これが結局、物事を潤滑に豊かにする時に大事なんだろうなと今思ってます。ですので、今悩んだり、この部に居心地の悪さを感じている人も一度、二元論で考えるのではなく、これはこの色とこの色が混ざってるんだろうなみたいに観察してみてください。さすれば意外な発見があったり、人の見たことない一面がわかったりして、楽しいかもしれません。少し気は楽になるでしょう。
最後は偉そうに語らせてもらいましたが、自分はこの「極端に考えない」をこれから大事にしたかったので、記録として記させてもらいました。

③メッセージ
ということでメッセージです。本当は一人一人に丹精を込めてメッセージを書きたかったのですが、時間の関係もあり、さらにそこまで関係性はなかったぞ?という方には浅い内容になってしまっていますが、ご了承ください。

風間監督
今までご指導、本当にありがとうございました。個人的に大人数を抱えるこの部活で名前を覚えていただいたことだけでもすごく嬉しかったです。風間監督のお話は非常に先進的でいつも勉強になるので、またお聞かせください。

中村さん(1983年卒)
僕が腰が痛い時に嬉しそうに「マッサージしてやろうか?」と声をかけてくださりありがとうございました。今までにない激痛のマッサージで、なぜ嬉しそうに声をかけてきたのかがわかりました。本当にありがとうございました。

森江さん
間違いなく、森江さんがいなかったら頑張れていませんでした。本当に僕たちは森江さんがいてくれて恵まれていました。将来森江さんのような、人のために時間とエネルギーとお金を使える大人になりたいです。あと少しですが、必ず毎日(練習ある日のみに限る)参加させていただきます。本当にありがとうございました!

先輩方
川端さん
川端さんのような人と少しでも野球をやれていたことが僕の誇りです。こんな僕をお世話していただき、本当にありがとうございます。最後の秋、少しでも活躍することが恩返しだと思っています。ご飯に一番連れて行ってもらったのも川端さんです。川端チルドレンとしての意地を見せます。またご飯連れて行ってください!!

がいさん(三宅凱翔さん)
元気にしてるか!何度も言うけど、エラーしても辛いことがあっても、朝一番にいるあなたを尊敬してたよ!近々会いましょう。てか試合も観に来てね。この前会った時ちょっと明るくなってて安心しました。

毛利さん
毛利さんと守る時はすごくリラックスして守れました。就活の時もお世話になりました。自分が転勤する前に一度会いましょう!

太一(長谷川太一さん・2024年卒)
前は鬱陶しかったけど、僕がどんな状態でもフラットに話しかけてくれるところ好きでした。福岡行くかも。

ごうきさん(渡邉豪樹さん・2024年卒)
目が合うたびに拷問のようにボケられ、永遠にSnapchat の会話を途切らせない期間があったごうきさんが懐かしいです。もう大人になられたのでしょうか。初めてトップチームに行った時、馴染めてなかった僕を輪の中に入れてくださり、ありがとうございました。

中野さん
中野さんに会えたことが僕の人生の1つの宝です。あなたほど愛の深い人間を知りません。多分これから僕が何をやらかしても、あなたは僕のことを好きでい続けてくれるでしょう。辛い時があっても絶対中野さんだけは俺の味方してくれる。そう思うだけで僕は頑張れます。僕も中野さんをずっと好きでい続けるでしょう。とりあえずまたご飯の予定作ります。

志木高の諸先輩方と後輩共

先輩方
2023年卒69期の方々
僕が準硬に入って良かったと思う瞬間に、69期の方々と野球ができたことがあります。憧れでしかなかった、伊藤さんをまささんと呼べ、怖かった須田さんがすごく気にかけてくれて、塩見さんは舐めさせていただき、たまに道本さんと守ることが嬉しかったです。和田さん、梅田さん、杉山さんの全員とも対戦できました。

阿部さん(2024年卒)
僕は今「阿部ロード真只中だね」と言われています。正直そう言われるのは嫌です。なぜなら阿部さんは阿部さんの道を必死になって作ったのに、僕がそれを渡っているなんておこがましいからです。そのくらい去年の阿部さんはすごかった。今強く思います。

諸橋さん(2024年卒)
諸橋さんの左の系譜が続々と志木高で育っていますよ。高校時代からよく練習試合で、諸橋さんの時に守らせていただき、大学でも一緒に守ったことは良い思い出です。志木高飯で、諸橋さんの別れた彼女の話、結構周りが気を遣ってましたよ。

後輩
俺は志木高1人だけで最初の方はかなり寂しかったけれど、君たち後輩が入ってくれて、そして活躍する姿は本当に嬉しかった。みんなの高校時代の公式戦は見に行ったことがないけど、ちゃんとバーチャル高校野球で応援してたし。やっぱり志木高愛、俺もあるわ。志木高飯開催します。メッセージはどうしても高校時代と比較して、みたいなのが多いけど、15歳だったみんなが今でも鮮明に残っているからです。

大西(法1 慶應義塾志木)
変なやつだね。志木高の爽やかさじゃないよ。すごく良いやつなのは見ていてほっこりするんだけど、牽制練習で暴投したら爽やかにしないでね。清水(清水隼汰・法1 慶應義塾志木)と2人で第1先発、第2先発やってね。

清水(清水隼汰)
最初ヘルメット被ってるのかなと思った髪型が、今やかっこよく見えるよ。あんまり話しかけてこないけど、俺が志木高の先輩って知ってるのかな。怪我だけはせずに、順調に育ってね。

龍田(文2 慶應義塾志木)
高校時代の常に練習から外されているイメージからしたら、すごい成長だよ。ちゃんと練習できてるんだから。そんな成長を喜ぶとともに、龍田のSnapchat を見ると、胸の中が痒い気持ちになります。ほどほどに。

こうだい(福田航大・経2 慶應義塾志木)
高校時代から自信のある顔で、先輩とよく話していたイメージ。今も色々と悩んでいそうだけど、練習では明るくやっていて、嬉しいです。こうだいなら大丈夫。

土田(経PEARL2 慶應義塾志木)
土田さん(兄)に本当似てるなと思いきや、投げ方はそんな似てないね。土田との思い出はそんなないけど、土田さんが高校生の頃、ストライクが入らなくて泣いていたのは今でも覚えてる。エースになってね。

辻井(政2 慶應義塾志木)
一番仲良い後輩。最初はあんなに俺のこと怖がってたのに、今や俺とダーツをやっても「つまらない」と言う始末。高校生時代、俺がサードのシートノックを受けている時、補助をしていた辻井がそんなもんかみたいな顔で見てた時から舐めてるなと思ってたよ。しかし辻井が入ってくる時、「あー絶対抜かれるな」と思ったね。そんくらいお前はすごいから。来年は後輩ムーブだけじゃなく、先輩としても頑張ってね。まあ、後輩と接してるのを見る感じ、辻井は上手くやれると確信してるけど。

上野(商3 慶應義塾志木)
大学に入って、「上野ってこんなイケメンだったけ」と思った。1回俺とバッテリー組んだの覚えてる?結構いい思い出だわ。今思うと。木村とかを陰でイジってる上野面白くて好きだったわ。多分これキム兄読んでないから大丈夫だよね。

坂井(法3 慶應義塾志木)
車で楽しかったぞ坂井。坂井は運転中、ちょうど良い感じで会話してくれてるから楽だったわ。高校生時代はあんなに小さかったのに、逞しくなって!感慨深いよ。250メートル走でよく怒られてた坂井とは思えない。来年こそは、絶対的な抑えになれよ!

星野(経3 慶應義塾志木)
高校生時代は「プシュー」と電車のドアが開いたのかな、みたいな挨拶のイメージしかない星野。大学に入ってからの思い出の方が多いかな。ベンチで出す声とか圧倒的に変で、引いてた時もあったけど、話す度にピュアでいい奴。星野が実戦で打ったり、スローで苦しんだり、頑張っているのを一番応援してたのは俺でしょ。星野にいいところを見せて、少しでも星野のモチベーションが上がればいいなと思って最後頑張ってるよ。

北田(法3 慶應義塾志木)
後輩として可愛すぎる北田。環境向上班は、正直お前がいなかったら成り立たなかった。高校生の頃から、バッティングは全く変わってないけど、頼もしくなったよ。ファーストも上手くなるとは思わなかったし。後輩だけど、普通に同期みたいに話してたわ。ありがとう。

1年生
初めて後輩を可愛いと思いました。野心メラメラだけど、何もかもが楽しそうなところが、見ていて嬉しいです。

中谷の髪型を引き継いでくれてる古思くん(理1 慶應義塾)、投げてるところ見てみたい村木(商1 慶應義塾)、私生活が気になる杉山(法1 慶應義塾湘南藤沢)、みんなそれぞれの強みが明確にあっていいね。
焦らず、積み重ねるんだよ侑(島村侑・文1 横浜氷取沢)。どんどん守備が上手くなってる小原(商1 旭川東)に、既に落ち着いてプレーできている倉内(商1 大阪明星学園)。来年超大事な年だよ。そろそろ素を出しそうだな、吉井(経1 慶應義塾)。口癖が直って少し寂しいよ、萩原(経1 北嶺)。絡みたすぎて環境班に入れちゃった、つかっちゃん(石原司・法1 慶應義塾)、広瀬(政1 慶應義塾)。青木(経1 県立多摩)のバッピ打ちやすすぎる。いつかプレーに活きると思う。こうた(鈴木幸太・政1 慶應義塾)のロングティーすごいな。むすっとしたこうたが笑うのが一番可愛いね。内田(政1 慶應義塾)は優しくて、置きT中に風間さんに横取りされちゃっても何も言えなかったね。あの時はごめんね。木村は来年から頼られることが多そうだね。ずっと面白い森林(商1 慶應義塾)。試合中に「モリバヤシが足りない!」というコールをされて、父親の前でちょけていた森林は異常です。悔しいこともあっただろうけど、順調すぎる吾妻(経1 慶應義塾)。1年生の秋から泣ける人なんてほんと一部の人だよ。戸塚(経1 慶應義塾)は最初俺のことを1年生だと思ってたらしいな。今は辛いと思うけど、しっかり怪我治して、活躍してね。TikTok すごいね、古城ちゃん(政1 白百合学園)。わかなちゃん(志村和奏・商1 立川) と1回話した時「映像の世紀」好きって言ってて、マジでセンスあるなと思いました。アナリストは安泰だね。

林(政1 山手学院)
準硬に入ってくれてありがとう。この前の夏合宿は俺の合宿史上で一番だった。これから色々悩むことはたくさんあると思うし、挫けちゃう時もあるかもだけど、なんでも話を聞かせてくれ。就活でもなんでもサポートします。この前のレフトオーバーを見て、本当に嬉しかった。林のリーグ戦出場は是非呼んでくれ。

つる(敦澤颯斗・政1 慶應義塾)
今はすごくもどかしいと思う。つるは本来、今すぐにでも活躍できるくらいのバッターだからね。来年からは絶対に何度もチャンスくるので、それを焦らず掴んでください。あとスマブラうますぎな。俺がスネーク使ったら流石に負けると思うからまた今度やろう。

この前のリーグ戦で打てなくて何が悔しかったって、君たち2人に良いところを見せられなかったことです。僕の最後の意地を見ていてね。お酒を飲めるようになった時が楽しみです。

2年生
後輩で良かったよ、2年生。みんな同期愛が強くて、お互い高め合ってるのがまじですごい。

環境向上班ありがとう富永(政2 慶應義塾)。普段はストイックそのものだけど、たまに話すと柔らかくなって、甘えられる後輩力のある奴。大谷(経2 慶應義塾)はほんと真面目な奴だけど、たまにベンチの声変だぞ。えいと(井上英音・経2 慶應義塾)は掃除を自分から進んでやると聞いて、「親御さんは大変素晴らしい子に育て上げたのだな」と思いました。和田(経2 慶應義塾)の歩き方って良い意味で憎たらしくていいよね。形から入ってこう。オープン戦とか一緒に守ったまさき(清水真輝・医2 慶應義塾)。本当に頼もしいし、話すとまじで可愛い。医学部の男は良い印象無いけど、まさきで変わりました。岩上(法2 高岡)はイソノで関わったね。あの時はまさかこんなエグいことになるとは。岩上ほど天真爛漫な奴いない。藤田(経2 慶應義塾)と旭(渡邉旭・商2 慶應義塾)は結構、俺のこと「良い人」って言ってくれる。ブランディングが成功したんだな。2人とも最近茶番を開いてくれていて、見てて楽しいです。
フィリピンに行って声が覚醒した越智ちゃん(経2 瑞陵)、サングラスの貫禄かれんちゃん(川上花怜・商2 吉祥女子)、俺のことを「先輩」と呼ぶえりなちゃん(鈴木絵理奈・商2 静岡雙葉)、小川家の長女みさちゃん(小川未沙・商2 慶應義塾女子)。みんな入ってくれてありがとねー。

岳杜(福田岳杜)
人間にだけ厳しい心優しいモンスター。実はがくとは昆虫や動物に優しいところをこの前目撃して、そんな印象を抱いた。内野手チーフとしてほんと助かったし、頼りなかったと思うが、俺自身はすごく刺激を受けた。とりあえず「岳杜にこれどうかな?」と聞いとけば良かったから、安心してできた。本当にありがとう。人間性とか言われてるけど、がくとの人間力は充分信頼されるべきものだよ。あとは言葉のチョイスだよね。お前に褒められる時結構嬉しいから、もうちょい人を褒めてみたらいかが。

大野
なんで自分に自信が持てないんだ。お前は十分すごいよ。繊細なところはあるけど、いざという時は自分のプレーを堂々とできる勇気もあるから大丈夫だ。まあ繊細なところがあるからこそ大野は愛されてるのかな。来年からは後輩の背中を押してあげられるような先輩になってあげて。

細見(経2 慶應義塾)
ありがとう、細見。細見のおかげで結構環境向上班助かったよ。もっと胸張れよ、環境向上班にいることを。あと夏は結構二遊間一緒に組めて嬉しかったよ。怪我だけには気をつけて。

福馬(吉川福馬・商2 栃木)
最近、いい奴過ぎることをいじられることが多くなったね。そのいじりに福馬はいい奴過ぎて笑えてない時があるので心配です。もっと早く入って欲しかった。もうちょっと福馬と野球したかったな。

河村(経2 慶應義塾湘南藤沢)
お前が結局一番すごいよ。しかもとにかくいい奴だし。もし結果がついてこなくて、悩んだり心無いことを言われたりしても、全く気にするな。そんなことを言うやつより、結果に左右されず河村を慕ってくれてる人を大事にすればいいと思う。そして河村の人格があれば、そういう人はきっと多いよ。

3年生
轟(法3 桐蔭学園)と星野以外、ほぼ全員面白い3年生が大好きでした。3年生の団結感まじですごいし、ベンチ外れてもあんなに応援できるの尊敬してたよ。結果が出なくて苦しくても、素晴らしい学年だと俺は思ってるから、自信持ってね。

悪になりきれない岩越(経3 慶應義塾)。毒を吐いてもいい奴が滲み出てて笑えません。この前の夏合宿の夕食中、遠くにいる森林を呼び出して、「お前MBTI何?」と聞いて、森林が答えたら愛想笑いしていた島村(島村薫・経3 慶應義塾湘南藤沢)。あれはどういうつもりだったの?就活のアドバイスあんまりできなくてごめん、しょうま(山田祥万・環3 相模原)。水田(商3 修猷館)の原辰徳めっちゃ笑った。いまだに何キャラなんだ、大崎(商3 慶應義塾)、時岡(商3 相模原)。ゼミでワイン1本を1人で飲み切った強者諏訪(経3 慶應義塾)。俺より目立つのやめて。合宿楽しかったよね?水谷。あまりにもストイックみずき(田中瑞希・理3 慶應義塾)。たまに話してくれて嬉しかったよ。ミーティングでゆっくりキレるのが印象的な保岡(経3 慶應義塾)。幸あれよ。たまにちょっかいかけてごめんね、中ちゃん(文3 八王子東)。もりみお(森美桜・理3 慶應義塾女子)とマネ室で話したの楽しかった。ゆのちゃん(田中優乃・政3 相模原)さえ良ければチーズ飯開きましょう。もしかしたら村田しか来ないかもしれません。夜の三田で女の子といたのにわざわざ挨拶してくれてありがとう蛭田(商3 慶應義塾)。

宮川(商3 筑紫丘)
宮川が入ってくれて良かった。新人戦で頭の上にファッションサングラスを乗せて、ベンチからブルペンを我が物顔で走っていた時、新しい風が吹いたなと思った。最近宮川と話せてないから、普通に飲みに行きたいわ。

井上(井上侑亮・法3 都立西)
お前は本当に面白いよね。「いのいちろー」めっちゃ笑ったわ。あとお前が入った時、結構焦ったよ。普通にバッティングエグいし、セカンドの守備もセンスあったから。素質があるのは間違いないでしょ。歯痒いと思うけど井上なりの有終の美を飾ってね。先日、井上の新入生ブログを見返して大爆笑しました。熟成して一段と面白くなっているので、チーズ飯開きましょう。

あっちゃん(片桐碧月・経3 岐阜)
「あっちゃんって本当にすごいな」といつも思ってた。あれだけ打って、守備も上手くなっているのに、「なんで?」って思うよね。俺も思う。これからもしかしたらこのまま報われない未来を想像してるかもだけど、メンバーから外れても応援を一生懸命やるあっちゃんは絶対に報われます。

高瀬
中学生の時戦って、大学で二遊間組んだりしたのマジで感慨深くない?なんかもっと高瀬からもそういうの言ってこいよ。高瀬は後輩だと1ミリも思ってなかったわ。ラストイヤー、板橋区の意地見せて。(足立区出身は隠しとけ)

田村(経3 慶應義塾)
本当に田村ってすごい。あと田村から色んな人の悪口を引き出すのが大好きでした。何も俺は誘導してないのに、ほんとスラスラ出てくるよね。好きだわ〜田村。

豊島(理3 慶應義塾)
豊島頑張れ。誰に何を言われようと豊島ならやれる。

もうお前は十分頑張ったよ。十分自分と戦った。人よりもネガティブな人は、逆にネガティブに対して強いことだと思ってる。だって自分から出てくるネガティブに何回も勝ってるってことでしょ。だからネガティブな自分を直さなくていいよ。だめなのはネガティブを外に見せることだけ。次は後輩や同期を助ける番。それが一番の轟の強みでしょ。

同期たちへ
井川
井川は最近の印象が強いかな。明治戦で打たれた後「ミンナ、ゴメン」ってずっと言ってたり、ラストブログで考えてたことを知ったりで色々と新鮮だよ。もっと引退までに話そう。『ジョジョの奇妙な冒険』が好きらしいのに全く俺に話振ってこないな。だいぶ広げられる自信あるのに。

岡見
巨人を愛しすぎて歪んじゃってるぞ。「もっとファンは選手に寛大じゃないと。」とは言うものの、そろそろ俺、中日のファン辞めたい。巨人ファンになったら楽になるのかな。あと引退したらマジで麻雀教えて。

優太(長谷川優太)
優太は友達想い。オーストラリアで、りゅう(西山隆)がちょっと拗ねている時に、一番にりゅうを気にかけていたことが印象に残ってる。いい奴なんだと思った。就活体験記に「どこに行っても死にはしない」と書くあたりかっこいいよな。

大志(佐藤大志)
だいしの言動の影響力は自分が思ってるより遥かに大きいよ。だいしが明るけば、周りも明るいし、その逆も然り。間違いなく同期のムードメーカーでしょ。俺よりも遥かに人生経験豊かなだいし。

小池
一番の記憶は2年生の夏合宿の行きのバスで、小池の声が低すぎて、ノイズキャンセルをかいくぐって、ずっと話し声が聞こえてきたこと。おかげで寝れませんでした。一番のノイズをキャンセルできないAppleはダメだね。ただ、飲み会の時、エモい写真撮ったりする有能なところもあるんだよね。引退してからの活躍に期待!!

おうすけ(泉旺佑)
キングオブコントをおうすけ家で見たのめっちゃ楽しかったな。おうすけのカレーも本当美味かった。一時期なかなか会えなくて寂しかったけど、最近はフリーで鉄腕ばりにバッピやってる姿を見るのが嬉しいよ。柿野が腱鞘炎になったみたいな話した時に「お前、中華鍋振り回したんか!」というツッコミをしてたよね。あれどういうこと?まあ、テレビを一緒に盛り上げよう!

岡根
俺への愛が強すぎて最近歪んできた岡根。怖いです。しつこく話しかけないでください。岡林(中日ドラゴンズ)の同級生なのに、いざ試合を観に行くと、岡林に声をかけられなかったお前の姿。猫カフェで猫を抱えて写真を撮ることは禁止されているのに、店員が見ていない隙に無理やり猫を抱き寄せて、俺に写真を撮らせようとするなど、思い出はありますね。正気に戻ったらまた遊びに行ってやろう。

るな(井上瑠夏)
TikTokで色々迷惑かけてごめんね。るなは人とかモノを見るセンスが抜群にあるっていうイメージ。先見の明があるよね。たまにマネ室に涼みに入ってしっかり話した時は楽しかったよ。あとるなと言えば、やっぱり「おジャ魔女カーニバル」。あれが結局一番。何年経っても歌わせるから、スカさないでね。

にしだ(西田紘子)
にしだは4年間ずっと変わらず、可愛かったねぇ。紘子にとってはたくさん悩んで、苦しいことも多かったかもだけど、はたから見てたらずっとみんなの癒やし「ひろこ」を貫いてたなって感じ。普通にかっこいい。にしだもまた「赤いスイートピー」歌わせます。

りょうた(小川凌汰)
川端チルドレンのセカンドチルドレンであり(もちろん俺がファーストチルドレン)、入部当初は同じようなキャラクターとして扱われていた。もちろん俺とりょうたのタイプは全く違うんだけど、やっぱりライバル視してた部分はあるかな。りょうたもそう見てたのかな。結果は、りょうたの圧勝だけどね。だって関東選手権大会も春もスタメンで出てるんだから。もう最後の秋だし、一緒に三遊間守ってるとこを川端さんに見てもらおう。りょうたがいたから頑張れました。

きょうと(藤井響人)
とにかく丁寧な男、きょうと。「LINEは1日に500回」「大好きは1日に100回は伝える」これはまだ継続しているのかな?きょうとの経済の話まじで分かりやすいわ。インサイダー取引になってしまうまでに経済知識教えてくれ。あと、俺が知り合った女の子達と悉く、きょうとの方が仲良くなっていくのはなんなの?

りゅう(西山隆)
1年生の頃からテーマを決めてミーティングを開いて、一番俺らの代を考えていたりゅう。りゅうに一番感謝したいことは、内野手の練習の雰囲気を作ってくれたこと。先輩に可愛がられて、後輩にも慕われるりゅうが、後輩たちを巻き込んで、盛り上げてくれたから、なんとか俺も内野手チーフをやり切れた。最近はりゅうが朝早くから部室にいることが刺激になって朝ノック行ってます。最後盛り返そう。

山賀
よく話すけど、一番最初に飯を食ったのが山賀と一尾(慶應義塾体育会野球部)で行ったCoCo壱だったね。山賀の話を4年間聞いて、立川がどんな町か完璧にわかったよ。要するにラーメン屋が多くて、治安が悪いところなんだね!異論があればまた話を聞かせてください。

としき(野沢俊貴)
ベンチ外のリーグ戦で劇的な勝利も悔しい敗戦も、どこかぼやけた感情しか抱けず、情けない気持ちになっていた時、隣に同じ顔をしたとしきがいました。悲壮感漂うとしきだけど、何にも気を遣わずにいれるから、楽だったよ。としきは秋の新人戦から、チームへの貢献度はすごかった。酒癖直そうなぁ。

中谷
俺の教養の深さにビビるだろ。中谷と話すのが一番相性いい。中谷もそう思ってるでしょ。1年生の頃、一緒に名物カップを見に行ったり、俺がエラーした時、助手席で気が狂わないように見守ってくれたな。多分10年後くらいには俺もクラシックにハマってると思うから、俺と呑むと楽しいぞ〜。三田で潰れたら、車で送り迎えは頼む。

晋平(三宅晋平)
縦割り晋平がのってくれてめちゃくちゃ楽しかったわ。晋平って野球のプレーもそうだけど、日常的にバランス感覚良すぎるんだよな。ずっと飄々としてて、友達として最高だよ。これからも縦割りの親(俺が母親で晋平が父親)として、子供たちを見守ってこうな。辻井はちょっと思春期に差し掛かってるから、ダーツで分からせるか。

片田
グラウンドで会うお前が本当に好きだった。結構俺は独りぼっちでいることも多いんだけど、片田は腕を垂直に上げて、挨拶してくれるのが嬉しかった。遠征のドライブも楽しかったねぇ。片田みたいな奴がいるから俺たち同期はなんとか上手くやっていけてるんじゃないかと思う時が何度もあるよ。

遼平(佐藤遼平)
お前ほど爽やかで気持ちが良い男に会ったことないよ。どんなに自分の結果が出なくてもそれを出さずに、ミーティングで淡々と話す姿を見る度にキャプテンで良かったなと思うよ。この前の明治戦もそうだよ。遼平に会えたこと自体が準硬に入ってよかったと思う要因になってる人は多いよ。もちろん俺もそんくらい慕ってる。

ひろき(小川広樹)
お前はすごく優しい人間。どんなに嫌だなと思ってる人でもそいつが辛そうだったらつい助けちゃうくらいお人好し。ファッションセンスのイタさや、溢れ出るポンコツ感がお前を損させてるけど、間違いなくひろきしかグラウンドスタッフ責任者はできなかったでしょ。誰がなんと言おうとそこだけは俺も譲らない。本当にありがとう。お前がイキればイキるほど、柿野、えむ(村田将太郎)、坂本でいじってあげるからノビノビと生きろよ!

よしの(吉野智喜)
吉野とは野球以外で色々思い出あるな。文字通り、猫みたいな性格で右往左往に気分が変わる吉野のこと最初はよく分からなかったけど、自分の正義を何がなんでも貫く、男前な奴なんだよね。吉野の漢気に救われた人は俺だけじゃない。今吉野がいなくなって、チームにとって痛いって言われてるけど、それは戦力的な問題だけじゃなくて、吉野っていうめちゃくちゃいい奴が悲しんでることが痛いんだよ。そんくらい人間的にも吉野はこのチームに必要。最近それを強く思う。

いせお(鈴木一生)
いせおは変な奴です。LINEの着信音は尖ってるし、ジブリは嫌いで、『バックトゥザフューチャー2』は見ないし、一番好きな映画は『ジュラシックパーク』だし。周りは聖人のように思ってるからいせおの変なところを話しても全く共感を呼ばないよ。まあお前の変なところを知れるくらい仲良くなれたことが嬉しいです。中野さんたちとサウナ絶対に開きます。

えむ(村田将太郎)
「なんで俺なんかと仲良くしてくれるんだろ」といつも思ってたよ。お前みたいな天才と会うのは初めてだ。みんなが求めてる正解を百発百中で出せるのがえむだよな。ドマーレで話したり、3年生の春合宿で一緒に行動したりしたこと、オーストラリアでの思い出など、思い出が尽きないけど、えむといて退屈したことはなかったかな。ありがとう。

さかもと(坂本匠)
サウナに行ったり、俺のショッピングに付き合わせたり、何かと感謝しかないさかもと。就活とかその他諸々できつい時はとりあえずしょうに電話すれば落ち着いた。多分俺の良い所も悪い所も一番知ってるのはお前でしょ。あとは地味にお前が打撃チーフになったことは嬉しかったな。お前なりに勉強してたのは知ってるし。お前こそ幸せあれ。どうなってもお前は上手く行くよ。

かきの(柿野圭哉)
1年生の頃、志木高校1人ぼっちだった俺と仲良くしてくれてありがとう。お笑い賞レースで実況LINEしてくれてありがとう。準硬ゴシップを全部横流ししてくれてありがとう。エラーして落ち込んでる俺にニヤニヤ対峙してくれてありがとう。本当にいてくれてありがとう。
照れ臭いから広末涼子さんの手紙風に書いておきました。おけいぴーとわいぽーとしての活動も楽しみに見させていただきます。これからもよろしく。

両親
この前、ふと「もう野球は大学2年生くらいの時にお腹いっぱいだった」とつぶやきましたよね。ただこれには続きがあって「でも野球じゃなかったら腹いっぱいになるまでできなかった」と言うつもりでした。少年時代からずっと応援してくれてありがとう。母は高校時代に弁当を俺よりも早く起きて作ってくれ、今もデカすぎるおにぎりを作ってくれます。父には少年野球時代は監督として毎日のように怒られていたのに、中学からは程良い距離感でたまに試合を観にきてくれました。間違いなく野球の経験はこれからの血肉にもなるし、僕たち家族を形成したのも野球だと今は思います。野球と出会わせてくれてありがとうございました。

僕のラストブログはこれで終わります。読んでいただいた方、ありがとうございました。
次は土屋に回します。つっちーの人生はこれからどうなるのでしょう。あまりにも濃い人生すぎて、この前彼の人生哲学を聞いた時、深すぎて愕然としました。快楽としての「幸せ」を求めてはいけない。彼はそう言ったのです。彼は頭が良すぎるが故に、立ち止まることが多いですが、そこが土屋の愛されるポイントでもあります。そんなつっちーのラストブログは一体どうなるのか。「自分史」なんていらなくね?と言ってましたが、あなたの自分史は一番興味あります。
それではつっちーよろしく。
長生きしろよ!ジジイ!!



写真中央 髙尾、写真右 土屋、写真左NEXTNEXT ?

4年 髙尾承太郎