こんにちは。1年投手の岩越奏大(経1 慶應義塾)です。
今回は夏の思い出について書かせていただきますが、私は高校3年生の夏の思い出について書こうと思います。
私は高校生の時、軟式野球部に所属していて、私の出身校である慶應義塾高校軟式野球部は、1つ上の長谷川優太さん(経2 慶應義塾)の代が代替大会優勝、2つ上は春の関東大会準優勝、3つ上の代は国体3位という成績を残しており、軟式野球界において神奈川の強豪校の1つでした。
そんな中、高校から投手に挑戦した私はコントロールがとても悪く、高校3年生になってもその問題のコントロールは改善せず、春のオープン戦では四球で炎上してしまいました。その結果、春の大会ではベンチ入りすらできず、とても悔しい思いをしました。夏の大会ではかろうじてベンチ入りすることはできましたが、チーム内の役割は投手というよりはランナーコーチャーでした。
つまり端的に言えば、私の高校野球人生はコントロールに苦しめられて、それが最後まで尾を引いたものだったのです。
そしてチームとしても、夏の大会の初戦でノーマークだった相手に0対0でもつれ、同点の8回裏にエラーが連続し、まさかの初戦負けを喫してしまいました。
私はこの出来事が忘れられません。
「投手としてチームの戦力となって、日本一のチームのエースになる」と決めて入部した軟式野球部でした。
練習への熱量と練習量は、当時の投手陣の中で1番だったと自負しています。しかし現実は、春の大会ではベンチ外、夏の大会はベンチには入ったものの、選手起用はされないというものでした。
そしてチームも初戦敗退という不甲斐ない、そしてこれまで良い成績を残し続けてこられた先輩方に顔向けできない結果となってしまいました。
私はこの時の悔しさが奥底に残っていて、これが今も大学野球を続ける理由になっています。
高校野球で私が学んだのは「努力は嘘をつかない」のではなく、「正しい努力を積まないと結果は出ない」ということです。
この経験から、引退後、田中瑞希(理1 慶應義塾)と一緒の野球塾に通い、自分のトレーニングやフォームを一新して、準硬式野球の世界に入りました。
今度こそは、大学野球でこそは、チームの戦力となって、チームの目標である「全日優勝」に貢献できる投手になりたいと心の底から思っています。
秋季リーグ戦の初戦まで1ヶ月を切りました。夏合宿が明けた今、1年生の私ができることはチームの戦力として活躍できることを信じて、日々練習に取り組むことのみです。
次のブログは、泉さん(文2 中津南)に回します。泉さんはキャッチャーとして、私の初ブルペンで球を捕ってくださった方で、いつも明るく、試合前にネガティブになってしまう私を励ましてくれます。
合宿では、廊下までその美声が響いていました!そんな美声でチームを鼓舞してくれる泉さんのブログに注目です!
1年 岩越奏大


