2016年9月22日付の大阪日日新聞に、週刊コラム「金井啓子の現代進行形」第21回分が掲載されました。 本紙のホームページにも掲載されています。

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被害と防災を忘れない 台風の爪痕から立ち直るには

 

今年は例年になく日本列島に上陸する台風が多い。8月に東北地方や北海道に大きな被害をもたらした四つの台風の記憶がまだ新しいところに、今週もまた台風16号がやってきた。広範囲にわたって被害が出ているようで詳細が気になる。

 

 台風の被害を目にするたびに特に思い出すのは、5年前に死者・行方不明者98人という甚大な被害を出した台風12号のことである。特に死者・行方不明者61人を出した和歌山県は、家屋の倒壊、道路・鉄道の寸断、世界遺産の熊野那智大社での土砂流入などの被害を受けた。

 

 私は和歌山県の自然の美しさがことのほか好きで何度も行っているのだが、県南部を流れる古座川をその台風の半年後に訪れると、道路の一部が崩れ落ちたり、山の斜面が木もろとも水面まで崩れている場所がいくつも目に入ったし、大きな流木がひっかかったままの橋脚も見かけた。西日本で一、二を争うほどの水の美しさを誇る古座川で私は泳いだりウナギを釣った経験もあり、ひときわ愛着を持っているので、川周辺のそこここに残る傷跡に胸が痛んだ。その際に泊まったホテルでは、台風の影響で減った観光客がようやく戻り始めたと話していたが、他のホテルは「まだまだぼちぼち」との声も聞いていた。

 

 その後4年半にわたって繰り返し和歌山を訪れたのは、美しい海辺や川の流れや木々の緑、おいしい海の幸に魅せられていたことが大きい。だが、それに加えて、大きな傷を負った場所や人を応援したいという気持ちも強かった。

 

 4年半前に山の斜面が大きく崩れていた古座川ぞいの場所に先月行ってみると、元のように豊かな緑におおわれた姿を取り戻していた。また、温泉が人気の素泊まりの宿に泊まると、他府県ナンバーの車が何台も止まっていて風呂場は大にぎわいだった。夜に町の居酒屋に繰り出すと、客が次々と入ってきた。たくさんの家族や友人を失った地元の人々の心が以前と全く同じ状態に戻ることはきっとないだろうが、こうやって少しでも以前の状況に似た姿に近づくと、彼らの気持ちの重しが多少なりとも除かれるのではないだろうか。少なくとも私は、立ち直りつつある地元を見て安堵(あんど)する気持ちを抱いた。

 

 4年半前に立ち寄った喫茶店の主人に「ここで起きたことを忘れないでください。そして復興しつつある現地の様子も全国にアピールしてほしい」と言われた言葉があらためて心によみがえる。台風の季節はまだ続く。例年通りに進まない今年はまだ何が起こるかわからない。得られる情報をできるだけ入手するように努めて、なおかつ用心深すぎるほどに入念な注意を払いたい。そして、被害を受けてしまった場所には目を向け続けることを忘れずにいたい。自分がいつ被災する立場にまわるかわからない、ということを肝に銘じつつ。

 

 (近畿大学総合社会学部准教授)