制度の網と、消えた街の中華料理店
約5年間、地域に親しまれていた近所の中華料理屋が突然、店を畳みました。切り盛りしていたのは、いつも雰囲気の良い中国人の男女です。兄弟か夫婦かは分かりません。彼らの作る料理は、ベースに八角が優しく香る本格的なもので、味も良く、店内はいつも構造的に繁盛していました。巷にある、いわゆる「見せ金」の資本金500万円で形だけ店を置き、裏で不法就労を仲介するようなペーパーカンパニーの類ではありません。彼らは日本の社会保障制度に適法に加盟し、おそらく永住権へのステップを真面目に踏んでいた、極めて善良な事業者でした。ただ、私は彼らに直接お辞めになった理由をお聞きしたわけではありません。もしかすると、ビザとは全く無関係の個人的な事情で店を畳まれたのかもしれません。もしそうだとしたら、私の憶測で話を飛躍させ、違う方向へ広げてしまっていることになります。しかし、もし彼らが「正規の外国人経営者」だったからこそ、今の日本の制度の狭間に落ちてしまったのだとしたら……。その可能性について、少し掘り下げて考えてみたいのです。しかし、近年の法改正により、経営・管理ビザの維持要件である事業規模が「資本金3,000万円以上」へと一気に引き上げられました。この制度変更は、偽装経営のブローカーや不正取得を根絶するための強力な防衛策です。実体を持たない悪質な外国人を排除する効果は絶大であり、制度を逆手に取ろうとする輩は確実に激減します。一方で、帰化(日本国籍取得)を選択せず、母国との繋がりを残しながら真面目に生計を立てていた「本物の個人商店」までもが、この巨大な網に強制的に引っかかり、営業継続を断念せざるを得ない状況に追い込まれています。身近な繁盛店の閉店劇は、この厳格な足切りラインが生んだ、冷徹な現実の現れです。こうした経営ビザの厳格化が行われる一方で、現在の日本には「特定技能ビザ」のように、場当たり的で曖昧な、いわば「今さえ良ければいい」という視点の制度も混在しています。目先の人手不足を補う目的だけでなく、あわよくば外国人受け入れを人口増加の足しにしようとする、浅はかな思想を持つ政党には、到底一票を投じる気にはなれません。労働力として安易に誘致するだけの制度こそ、より厳格に運用されるべきです。外国人も、日本人も、結局は人それぞれです。かつてその店で、日本人の中高年男性が見境なく店員に電話番号を聞き出そうとする無作法な場面に居合わせたことがあります。国籍を問わず、個人の資質は千差万別であり、一概に括ることはできません。外国人であっても、日本に馴染もうとする第1世代の多くは、規律を守り、勤勉に地域へ貢献しています。しかし、欧米における移民や帰化を巡るコミュニティの分断、それに伴う劇的な治安悪化の歴史を鑑みれば、国家として入り口の管理を限界まで厳格化することは、社会の自律と安全を守る上で避けては通れない絶対的な防衛策です。網を大きく広げれば、本来救われるべき善良な人々が犠牲を被ります。その不条理に対する個人的な同情や気の毒さは残りますが、国家の治安という大局を維持するためには、この過酷な選別制度もまた、不可欠な合理性を持っています。気づきを残してくれた名店の味に感謝しつつ、現代の制度が抱える二面性を、身体原理の冷徹な法則のように受け止めています。