日本で最初の富岡製糸。
群馬県の小学生は、みんなやる「上毛カルタ」の読み札です。
明治初期の日本の近代化、工業化の象徴の工場です。
月曜日の朝10時でこの賑わいです。
富岡製糸場と絹産業遺産群として世界遺産に登録されていますが、その遺産群は、高山社跡、荒船風穴、田島弥平旧宅を差します。
そして、ここからは少し離れています。
世界遺産であり、入口の、全体の東側にあるこの建物は国宝です。
2階部分は、繭置き場でした。
1階は、撮影禁止の絹糸が展示してある場所と、説明の掲示がある場所です。
ここで働いていた若い女性たちのことを、富岡製糸場では、「工女」と表現しています。
工女たちは、全国から集められ、技術を習得し、地元に帰って製糸技術を普及させてくれました。
待遇も良く、他の産業の女工さんたちの不憫さは、ここではありません。
日曜休日も、取り入れられています。
実質的にも「近代化への夜明け」になりました。
南側の繰糸場の内部で、これも国宝です。
機械の動きを説明するビデオは、現在もなお稼働している「碓氷製糸場」の物です。
工女さんたちの宿舎でした。
西側の建物も国宝で、内部は工事中です。
外部は、シートで出来ていて、レンガは写真です。
スチール製のタンクで、川から引いた水をためていました。
タンクの内側です。
上が空いているので、水槽かな?
フランス人の指導者の宿舎で、後に学校になります。
国の重要文化財に指定されています。
フランスから指導のために来日してきた人の宿舎です。
国の重要文化財です。
煙突は、三度やり替えています。
ずっと見てきていると、実際の価値が分からないものです。
世界遺産登録を目指す時も、ずいぶんと背伸びをするなと、冷ややかな目で見ている人が多かったのです。
今では、地元の人はボランティアであるいは有償で、来場者と同行してガイドをしたり、要所要所に立って御世話をしています。
この場所にも、「おもてなし」がありました。
群馬の人ってね、親切なんですよ。