【11/29(水)の易の言葉】は【噬嗑・ゼイコウ】です。
時には誰かに怒ることも大事ですが、これは怒りに身を任せること、八つ当たりとは別のことです。
【自分のために怒っていないか】よく考えましょう。
刑罰や叱責は憂さ晴らしでなくて人を教え導くためにすることなのです。
【解説】
人は基本的に不利益がなければなんでもする。
つまり、嘘をついても誰からも責められず、恥ずかしいことをしても誰も見ておらず、奪い盗んでも誰も罰しないのなら際限なく奪い盗む。
だから、これを止めるためには、必ず不利益、そういったことをすると損をするという罰が必要となる。
それなのに、ブラック企業もとい違法企業の経営者にせよ、庶民からの搾取を旨とする人でなし政治家にせよ、誰にどれだけ損害を与えたところで、何も罰されるということがない。
その責任に見合った罰がないのだ。
確かに法哲学的に、未来は分からないから刑は加えられないかもしれないが、せめて社会的な罰は必要。
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平田圭吾のページ
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