6月19日(木)
蒸し暑い夕べに、生ビールを求めて『ビーンズ・キッチン』へ。明太ポテトチーズグラタンを食べていると、メールでお誘いしたヤマナカさんが到着。おでんのスープを美味しそうに飲み乾したヤマナカさんは、空豆さんに焼酎のお湯割を頼み、俺はウーロンハイに切り替えて、空豆さんを交えて様々な話題で楽しみ、ヤマナカさんは俺に貴重なアドバイスをしてくれた。
その後、『Flax cafe』にヤマナカさんをお連れして、久々にアサヨさんの作ったゴッドファーザーを飲む。アサヨさんとヤマナカさんには、沖縄への深い思い入れという共通点があり、話題はしばし沖縄の妖精、キムジナーのことになった。
時刻は午前1時を過ぎ、『Flax cafe』は閉店となり、ここでヤマナカさんは家路に就き、飲み足りなかった俺は、『チキンシャック』へ寄り、ノゾムさんとクミさんにご挨拶して、カウンターの中央で店内に流れるタニア・マリアの歌に浸りながらジントニックを飲み、ふと入り口の方に目を遣ると、右端のスツールに、どこかで見た事のある、只ならぬオーラを纏った男性が腰掛けていて、常連の男性と談笑していた。間違いない、山口冨士夫さんだ。
ナゴムくんから、冨士夫さんが『チキンシャック』に良く遊びに来ているらしいということを聞いてはいたが、まさか今夜、居合わせることになるとは思いもしなかった。少し聞こし召している様子の冨士夫さんが一人になったところを見計らって、俺は席を立ち、冨士夫さんに近づいて行った。これは行くしかない。
「山口冨士夫さんですか?」
「そうだよ」
「僕、3年前に出た村八分の本、CDが付いていた本を読みました、凄く面白かったです」
「おお、そうなんだ」
気さくに応対してくれた冨士夫さんの笑顔を見て嬉しくなった俺は、堰を切ったように話し始めた。
「僕、60年代の音楽が大好きで....」
「おお、そうなんだね、ビーチボーイズの『I Get Around』は好きかい?」
「はい、好きです。それで、以前イタリアのレーベルから出ていたGSのコンピレーションLPに入っていたダイナマイツの『恋はもうたくさん』に痺れました」
「へー、イタリアからそんなレコード出ていたの?それ欲しいな。どこへ行けば買えるのかな?ダイナマイツ以外には、どんなバンドが入っているの?」
「そうですね、ゴールデン・カップス、テンプターズ、モップス、スパイダーズ、カーナビーツ……それから、デ・スーナーズも入っていましたね」
「デ・スーナーズね!」
「僕、4年前に、あのゴールデン・カップスの映画の試写会に行って、ルイズルイス加部さんに握手してもらって、凄く感激したことがあるんですよ」
「マーちゃんね、マーちゃんは今でもカッコいいね。マーちゃん、クラプトンが好きでね…マーちゃんも歌えばいいのにっていつも思うよ…ポール・マッカートニーにそっくりなんだから、歌えばいいのに…ダイナマイツの頃、横浜の店でカップスを観て、『何てカッコよくて上手いバンドなんだ』と感激して、立川の店で共演できるように事務所に取り計らってもらったんだよ。そうしたら、ライヴでの互いのレパートリーが殆ど被っていてさぁ…あのカップスの映画のライヴシーンどう思った?」
「僕は好きですよ」
「俺、エディ藩のギターが好きだったね」
「トリッキーなギターですよね」
立ち話をしていた俺に冨士夫さんが「隣りに座りなよ」と言ってくれたので、俺は背中に羽根が生えたような心持で自分のグラスとタバコを取りに行き、冨士夫さんの左隣りに腰掛けた。
「スパイダーズ…井上尭之さんには、よくギターのフレーズを教えてもらっていたよ。尭之さんは、全く物惜しみしないで教えてくれたな…」
「あの、僕の友達でギター職人のナゴムくんていう人がいるんですが」
「俺、その人を知っていると思うよ!」
「そうでしょうね、それで、そのナゴムくんが言うことには、宝島社から出ていた本の中で、ダイナマイツの頃、立川のジャズ喫茶でテンプターズと対バンしたときに、冨士夫さんが、ショーケンと階段ですれ違って、肩が当たったというだけで、取っ組み合いになったということなんですが、それは本当なんですか?」
「そんなことはないよ!俺はショーケンとケンカしたことなんて一度もないよ!それは内田裕也だろう?ブログやってる?だったら、ちゃんとそのことを書いておいてよ」
「分かりました、ちゃんと書いておきます」
「ダイナマイツはね、元々はモンスターズって名前で…英語風に発音するとマンスターズっていうんだけど」
「モンスター・マッシュから取ったんですよね?」
「そうそう、ビーチボーイズの『モンスター・マッシュ』ね。その前はチェインズって名前でベースを回っていたんだ」
「ラヴィン・スプーンフルの曲とかをやっていたんですよね?GSの頃はどうでしたか?」
「とにかく忙しくて…休む暇なんて全く無かったね。それで沢山稼いだはずなのに、事務所からは月に2万円しか貰えないしさ…まったくの操り人形で、俺は日本の芸能界ではGSなんて××××でしかないと思ったよ」
「かなりピンハネされていたんですね」
「それで、村八分を作るときは、楽器なんて上手くなくてもいいから、価値観、人生観を共有出来る人たちとバンドをやりたいと思ったんだよ。瀬川さんには何か足りないものがあって…それでチャー坊が現れたんだね」
「あの本の中でのチャー坊さんとの出会いのシーンは印象的でした。チャー坊さんはコーヒー豆の袋を被っていたんですよね?」
「そう、あのコーヒー袋はドンゴロスっていって、上の方に丸い穴が空いていて、チャー坊はシャツ代わりにそれを着ていたんだ……チャー坊は凄かったよ。そばにいられないほどの強烈な気を放っていてさ。それで『冨士夫ちゃん、頼むから俺と一緒に住んでくれ!』って頼まれて、チャー坊の実家に滞在していたら、家の人に『あいつはいつまでいるんだ?』って陰口を叩かれるしさ…参ったよ。それでも、チャー坊には感謝しているよ、凄く影響を受けたし、あの詩の世界や新しい物の見方を教えてもらったしね…今でも生きていればなってホント思うよ.....チャー坊は凄かったよ。あんな詩を書く人だったからね」
「『鼻からちょうちん』とかですね」
「『鼻からちょうちん』は、元々は『姫狩り』ってタイトルでさ…俺たちは、ああいう日本の土着的な雰囲気の曲をやりたかった。チャー坊もそうでさ…でもチャー坊は平安時代止まりだったな…縄文時代までは遡れなかったね…..日本の古い音楽だと最近は都々逸が好きだね。ちょっとエロいじゃない?色気があるんだよね….古賀メロディみたいなのは好きになれないけどね」
「あのー、僕、冨士夫さんの本を読んでいて、冨士夫さんが『ブライアン・ジョーンズが生きていた頃のカーナビーストリートに凄い思い入れがあってさ….』ってくだりがあったじゃないですか?僕もそうなんですよ、ブライアン・ジョーンズが大好きで…部屋にずっとブライアンの写真を飾ってあるし…」
「俺も、家にブライアンの写真飾ってあるよ。ブライアン、本当はミックやキースとやるつもりじゃなかったんだよね」
「そうみたいですね、マンフレッドマンのポール・ジョーンズとやっていて…」
「ミックとキースがクラブでブライアンの演奏にぶっ飛ばされて、彼等に『一緒にやろう』と誘われて、『まあ、やってみるか』って感じだったんじゃないかな…キースはブライアンを師匠みたいに思っていたはずだよ」
「きっと、そうなんでしょうね」
「ブライアンの映画観た?……まあ、結局は使用人に殺されたってことになっているみたいだけど、俺、ブライアンの死には、もっと深い事情があったと思うよ….最近、ブライアンとジミ・ヘンドリクスが共演した曲を聴いたな」
「リトル・ワンって曲ですね、シタールが入っている」
「ジミのファッションは、もろブライアンだね」
「そうですね、影響を受けたんでしょうね…クラプトンやジェフ・ベックはジミのプレイにぶっ飛ばされて…..」
「ぶっ飛ばされる必要はなかったと思うよ…俺だったら、『それはどうやって弾くんですか?』って訊いてみたいよ…ジミの曲は、どの辺が好きなの?」
「そうですね…やっぱり『リトル・ウィング』とか…バラードが好きですね。『ドリフティング』も好きです」
「『ドリフティング』ね!俺も大好きだよ。英語出来る?あれはどういうことを歌ってるの?」
「あの曲は…人生の荒波に流されて、漂っている…それで、最後に辿り着くのはお前の愛なんだって曲みたいです」
「そうかー、俺のイメージだと、海に流されて、こう、板切れ一枚に掴まって漂っているって感じだね…あの曲の中にLife boatって歌詞があるけど、どういう意味なの?」
「救命艇ってことですね」
冨士夫さんは、俺のイメージ通りの最高の人だった。冨士夫さんとの会話は、まだまだ続く。