6月2日(土)
夜8時半頃に『リズモ』へ着くと、受付にYちゃんがいて、「今、リハーサルが終わったところなのよ」とのことで、入場料を払って下へ降りてみると、Hちゃんの新バンド、ヒーワイズの面々とカウンター内にスタッフの男の子がいるだけで、お客はまだ誰もいなかった。Hちゃんによると、アサヨさんは一度自分の店に戻ったらしかった。店内が蒸し暑かったので、ラムコークのグラスを片手に外で涼んでいると、「コダマさん」と声がして、振り向くとタケちゃんが佇んでいて、俺が持っていたグラスを指して「もう飲んでる!」と
笑った。昨夜、『Flax Cafe』で、アサヨさんに「私のライヴを絶対見に来なさい!」と釘を刺されたらしい。タケちゃんと立ち話をしていると、徐々に人が集い始め、下へ降りて行った。9時前に再び階段を下ると、「ケイくん!」といつの間にか戻って来ていたアサヨさんに声をかけられてびっくりする。今夜のアサヨさんは、黒い薄手のジャケットにブルージーンという装いで、「初ライヴなのよね、緊張して来たわ」と漏らし、景気付けにテキーラショットを呷った。
ナゴムくんのソウル・プレイグラウンドでギターを弾き、自らはモーレッツというバンドを率いる山高帽のTさんと話しているうちに、長い髪を真中分けにしてヘアバンドを巻いたヒッピー風なHちゃんがステージ上のスツールに腰掛け、ギターを鳴らし始めた。いつもはウクレレがメイン楽器のHちゃんは、緊張気味でオリジナル曲を披露していたが、客席からの意気の良い掛け声に微笑み、Tさんの奥様のピアニカのサポートを得て、次第に声が出始めた。Hちゃんはラストの曲で三線を携えたアサヨさんを招き、ふたりで西岡恭蔵の「プカプカ」を歌い始めた。一度途中で演奏が止まってしまったが、二人のハーモニーはなかなか良かった。
Hちゃんが出番を終え、続いてアサヨさんのソロコーナーへ。アサヨさんはピッチの良いリズムを刻みながら、艶のある、たおやかな歌声を披露した。レパートリーは全て沖縄の曲で、MCでその曲にまつわるエピソードを披露し、ラストの「オリオンビール」で、
客席から福生三線クラブ、名付けてミミガールズの面々をステージに呼び、華々しく演奏し、出番を終えた。いつの間にかナゴムくんや菅原さん、大谷さん、Uくん等も来ていたことに気付き、挨拶を交わして皆で乾杯。
カウンターでラムパックを待ちながら、DJブースにいた山本さんに挨拶して、床に置かれていたレコードが入っている半分に切った段ボール箱を眺めていると、P.P.アーノルドの『Kafunta』があるのに気付いて興奮してしまい、山本さんにジャケットを取ってもらって眺める。P.P.アーノルドは60年代にイギリスで活躍した黒人女性ソウルシンガーで、ストーンズのマネージャーだったアンドリュー・オールダムが設立した独立レーベル『イミディエイト』から2枚の名アルバムを出していて、その2枚ともオリジナル盤はなかなかのレア盤で、都内で探せば1万円近くの価格がついているアルバムだ。そのレア盤を山本さんから僅か300円で売ってもらって、胸に抱く。レコードに関しては貪欲な俺が更に何か無いかと箱を漁っているうちに、3番手の19歳のストリートシンガー、加藤愛さんのライヴが始まろうとしていた。
彼女はアコギをかき鳴らして、最初の2曲はフリーソウル風の曲を朗々と歌っていたが、「私はしっとりとした歌の方が好きで」と言い、バーに来る客の心情を詞にした曲を披露した。中島みゆきさんの「ミルク32」に通じる曲で、あとでHちゃんがしきりに感心していた。アサヨさんは初ライヴを終えての興奮覚めやらぬ様子でスタッフに任せていた店へ戻って行った。
今夜のイベント「アコギなオンナたち」のトリは、Hちゃんの7人編成の新バンド、ヒーワイズで、オカマのKちゃんがひばりさんの
「川の流れのように」を賑々しく歌い始めた。Uくんがコンガを叩き、普段はスタイリッシュな服装でにテレキャスターを弾きこなすTさんが化粧をして、スカート姿でアコギをかき鳴らしていた。はるかちゃんがフェアグラウンド・アトラクションの「パーフェクト」を朗々と歌い、場内が盛り上がり、Tさんがメインで歌った細野晴臣の「恋は桃色」でライヴは終わった。とても良いイベントだったが、あとでナゴムくんが俺に「ほら、出演者が替わるたびに、お客が入れ替わっただろう。友達のライヴを見終わったら帰るひとが多かったし...皆ライヴの楽しみ方をまだまだ知らないんだよな」ともっともな意見を述べていた。
『レノン』へ行ってみると、『リズモ』流れのひとたちで既に満員状態。後ろの席に落ちついて飲んでいると、更にイベント帰りのお客さんたちが詰め掛けて、店内は120%の入りとなって、上へ下への大騒ぎ。オカマのKちゃんは感極まって歌って、Hちゃんは踊り、ナゴムくんはギターをかき鳴らして唸り、皆はあらぬ事を大声で口走り、俺と大谷さんと山本さんはコアな音楽談義を繰り広げ、あちらではブルースセッションが始まるといった具合。通りかかったUくんが俺に「いやー、一歩間違えると、これは地獄絵図ですねー」と言った。「そうだね、阿鼻叫喚、魑魅魍魎って感じだね」それでも、こんな馬鹿馬鹿しくて面白い店は他には無い。
4時過ぎに「腹が減ったね」と言うナゴムくんと一緒に赤線まで歩き、「トリトン」でラーメンにありつき、そのあとナゴムくんが福生で一番好きな店だという「さざえ堂」へ連れて行って貰った。こちらの店主のシンちゃんは伝説的人物で、その魅力に惹かれて通うお客さんが多いらしい。サザエ貝の形を模った店内の中心に設えられた大きな鉄板の周りの席には今日初めてこの店に来たというアメリカ人の男女が5人いて、シンちゃんの素晴らしいブロークンイングリッシュに魅了され、大笑いしていた。かなり飲んでいるシンちゃんはご機嫌な様子で冷蔵庫から大きなステーキ肉を取り出し、豪快に焼き始めた。アメリカ人たちは、「こんなの頼んだっけ?」とお互いに目配せしていたが、肉の焼ける音と香ばしいタマネギの匂いには勝てず、ステーキを切り、俺とナゴムくんもおすそ分けして貰ったのだが、こんな美味しいステーキは初めてだった。
シンちゃん(57)の話芸と調理は既にエンターティンメントの域に達していて、その振る舞い、一言一言に俺とナゴムくんは大受けしてゲラゲラ笑っていた。
「ほらほら、客が肉を切っているそばから鉄板を洗っているよ!不衛生極まりないねぇー」
「シンちゃん、『オー、ノー、タリバン!』って何だよ!」
「シンちゃん、キュウリに塩をかけ過ぎだよ!」
ここへ初めて来た外国人のひとたちは、この店で供された料理、酒、シンちゃんのことは忘れられない筈で、きっと良い思い出になるに違いない。シンちゃんは、サービスでキュウリとスイカを出してくれて、皆で有難く戴く。シンちゃんの奥様も穏やかな観音さまのような面立ちの素敵な方だった。時刻が5時を回って、お暇しようとすると、俺を呼び止めたシンちゃんに、来てくれたことに対して礼を言われて恐縮する。握手を交わして、また来ることを約して、俺とナゴムくんは店を後にした。
