■■杉浦日向子の江戸塾 11 江戸情緒に学ぶ そばと技術革新 

 江戸のエコや風俗習慣などから、現代人は、エコという観点に絞っても学ぶところが多いと思っています。杉浦日向子の江戸塾から学ぶところは多く、話のネタとなります。エッセイ風というと大げさになりますが、独断と偏見で紹介してみたいと思います。

 私がはじめて杉浦日向子女史を知ったのは、「お江戸でござる」というNHKの番組でした。お酒が好きで、飾らない人柄、江戸時代に生きていたかのような話しぶり、そこから江戸のことを知ると、われわれ現代人に反省の機会が増えるような気がします。

 

 そばと技術革新 11

 江戸のそばの歴史を見ますと、今日のようなそばになるまでは長い道のりを経てきたようです。

 その過程で、最も貢献したのが小麦粉で、画期的な技術革新と言えます。

 つなぎがないとブツブツと切れてしまい、麺状にはなかなかなりにくいのです。

「十割そば」というのが今日ありますが、小麦粉の代わりに卵をつなぎに使うという話を聞いたことがあります。

 因みに、麺状のそばは「そば切り」と言って、当時主流のそばがきとは区別していました。

 時代劇で「そばを食べた」と言った場合は、そばの入った雑炊かそばがきのことで、そうでないと時代考証に引っかかります。

 やがて、もりやざるという形で食べるようになります。

 当時から、「もり」と「ざる」の区別はあったようですが、今日とはちょっと違っていたようです。

 「もり」というのは、皿に盛った冷たいそばのことです。

 せいろに盛ったそばは「せいろ」と言われ、ざるに盛ったのが「ざる」でした。

 今日のように、海苔がかかっているのは「海苔かけ」と言って区別していました。

 海苔は「江戸前」です。浅草寺門前仲見世で売られていたことから「浅草海苔」とも言われています。

 江戸の前にある海でとれる海苔なので「江戸前」を言われました。

 因みに江戸前とは大森当たりまでを言ったようで、江戸土産として浅草海苔が定着したのは江戸時代も後期になってからです。

 そばの話しに戻りますが、温かい汁そばは、「かけ」と言われましたし、冷たいままやぬるい状態のそばを「ぶっかけ」と言いました。

 分量は、やや少なめで、ゆであがり状態で70~80gといいますから、セット物のランチについてくる小鉢よりも少ない量だったのです。

 だからといって何杯も食べるのは江戸っ子の風上に置けない野暮な行為なのです。「

腹が減ったから、そばでも満腹になるまで喰ってみようか」などということは江戸っ子は言わなかったのです。

 そば屋というのは、パブでちびちびとやりながら時間を過ごすような場所です。

 ちょっと時間があるから「そばでも食おうか」という雰囲気だったのです。

 

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 因みにうどんは忙しいときに食べる「忙中食」でした。