朝のおつとめと言えば、皆さんは何を思い浮かべますか?
お仕事に行く、朝食を作る、髭を剃り髪を整え、今日のネクタイを選ぶ、子供を送り仕事へ・・・というのがこれまでの私とほぼ同じでした。何度も精神科や外科に入院し、朝のおつとめは、検温や血圧測定、排泄の回数や脈拍測定など、すっかり病院に染まってゆきました。
いざ退院すると、健常者の世界に混じり、障害を言い訳にできない辛さが大きく立ちはだかりました。治療出来ない障害ともうまく付き合えそう、それだけでも肩の力が抜けるような気がしたのです。そこで心持ちを清らかに、尚且つ強く正しく生きてゆこうと、実家の曹洞宗のお経、般若心経を毎日唱えています。自分の心持ちとは言いながら、本当は家族の不和も唱えればなんとかなるんじゃないか?
多分、なりません。
でも、私が毎朝般若心経を唱えると、大好きだった祖父母が守ってくれるような気がするんです。
そんなスピリチュアルな事、あるわけないよと言われるでしょう。そうなんですよ、何も良いことは起きていません。
でも、私は今の所続いて居ます。つまりは・・・
もう、ご先祖様しか頼れるものが無くなった。
そんな悲しい理由なのです。
南無釈迦牟尼物 この言葉だけ毎日唱えましょうと住職にもらった貼り紙もありますが、
ご先祖様に、もう、かなり切羽詰まってお願いするのに七文字そこらじゃ、きっと受け入れてもらえないだろう。これも思い込みですね。
現代はスマホから大本山永平寺の般若心経の音声が流せるんですね。
お経の意味まで出てきました。
それでも、なんとなくお経には祖父母と私の心を繋いでくれる力があるのでは?と、思うのです
だから私はまた明日も、
摩訶般若波羅蜜多心経~おおお~ と、
お経をあげるのです。
明日こそは、これを乗り切ればきっと!
不運はいつか幸運に変わるのかな?
などと思っています。