老 | 宇都宮の書道教室【啓桜書道教室】

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自分の周りには、高齢者の方がたくさんいらっしゃいます。

高齢者、とはなんとなく言いたくないもので、
お年寄り、と言わせていただきたい。

周り、というのは、自分の生活の中で付き合いのある人たち。

みなさんはどうでしょうか。

周りにお年寄りの方は、いらっしゃいますか?


私、29歳。 家族の祖父母に、書道の関係者、近所の方々、

ざっと数えるだけでも10~20名はいる。

ずっと幼い頃から、周りには年配の方がたくさんいた。

子どもの頃は、周りに明治生まれの方たちもたくさんいた。


そういった方たちとは、子どもの頃からたくさんの話をしてきた。

戦争の話。

戦前の話。

その後の日本の話。 日本人の話。

多くのことわざや慣習。


多くは、祖母が教えてくれた。

仕合せなことに現在も4名の祖父母が健在、私の自慢である。


今年八十八歳、米寿を迎えた祖父。

昭和の始め生まれの祖父だが、田舎の農家の長男坊として育った祖父は、

明治気質とも言える性質のひとで、


幼いころ、何か子どものいたずらのようなことをしようものなら

稲妻の如くの一喝がはいった。

現代に観る、優しいおじいちゃん像とは大違い、


私の祖父は厳格そのものだった。

反対に 豪放磊落な面もあった。


その祖父が、自分が高校生の頃だったか、

私の「行ってきます」の挨拶に、


― おう ―


という一言を返してくれたのだ。

その言葉が、とても嬉しくて、一日有頂天になったことを
今もよく覚えている。

へ?と思われるかもしれない。

いってらっしゃいでもない、

気をつけてでもない、


「おう」


ただのその一言に、自分はとても感動した。


それまで、私の「行ってきます」 に、一度の返答もなかったのだから。


―おう―  その一言に含まれた 祖父の精一杯の感情に

心から感謝の気持ちが湧いた。

弟もそう感じたらしい。


決して感情のない人ではなく、祖父には人一倍の喜怒哀楽の激さがあった。

ただそれを表に出す人ではなかった。


そんな祖父が、孫である自分と言葉を交わすようになり、

今では私の心配もしてくれる。


30年近く生きてきて、身にしみて感じ始める、

これが 周りの『老い』であり、

自分の歳でもある。


『老』 の漢字には、 この一文字で、

物事を良く知る人、思慮分別のある人、尊敬

の意味があることをご存じでしょうか。


長老は単に最年長の意味ではないし、

元老、大老、老臣、江戸期まではごくありふれていた意味です。

老先生、 老翁。


年上、年長者を思うことは、人として当たり前のことです。


私は、年長者と付き合うことが当たり前のように育ってきたことを

誇りに思います。言葉で表せないほど多くのことを見聞きし学びました。


お年寄りは、個性的な方が多いです。

一面的に言えば わがままな面も多分にあります。

代わりに 私達には考えられないほど、
滅私奉公する気質も多くの方が備えています。

現代のように、画一的な社会で育ったわけでなく、

厳しい戦中戦後の世相を生きてきたからと感じます。


私は、そのような方々を 大切に大切に思います。

祖父母も、そして 師も。


あたかも高齢化は大変なものであると言われる昨今ですが、

いろいろの見方はあれ

日本を支えてきたのはその高齢者、お年寄り達です。


もっともっと、私達20代30代こそ 沢山 お年寄りと関わって、

多くのことを残して頂きたいと思います。


戦後70年、 「現代」と言われた時代も 老境 に差し掛かっています。


若く燃え上がる日本でなくても、「老」を大切に思うことで

変化と成長は訪れるはずだと思います。


人と関わるからこそ、老いがある。

老いは年長者と関わって初めて感じられ、自らも得られるものです。


「一流」 とは 最後のひと流れ なのだと聞いたことがあります。

現世を終えるその時まで
懸命に生きようとすることこそが 「一流」 なのであり

それこそが「老」であり、

最大の敬意に値するものだと思います。