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7月9日(土)~10日(日)にかけて、3回目の短期ボランティアに行ってきました。

●参加まで

「時間があいたからボランティアに行ってこようかな~」
と思い立ったのが、7月の頭。
そこからあちこちで手頃なツアーがないかを探したところ、Facebookで見つけたのが Fukushima Kizuna Project (以下FKP)という団体のイベントでした。

日程は、7月6日(土)6:30集合、10日(日)20:00解散予定。
場所は、福島県いわき市。
活動内容は、お掃除と若者主催のイベントのお手伝い。

これまで行った2回はどちらも石巻だったので、福島県というのが新鮮でした。
さらに、行き帰りの足はもちろん宿泊場所と現地での食事をむこうで用意してくれ、長靴や手袋などもある程度なら貸してくれるという、至れり尽くせりの好条件。
最初にボランティアツアーに参加したとき、テントから寝袋、滞在期間中のすべての食料と水まですべてザックで担いで行ったのにくらべると、夢のようなお手軽さです。
参加費8,000円はこれまで参加したNGOのツアーにくらべれば少し高いのですが、この内容ならお釣りが来るというものでしょう。

書き込みを読むとNGOでもなんでもない個人の集まりのようですが、怪しい団体ではなさそうです。
前にボランティアで一緒だった人も参加するようですし、「まあ変な団体だったらそれはそれで話のネタにはなるだろうw」と考え、申し込みました。

●出発

そして当日。
前の晩に友達と飲んでいたため、寝不足気味のまま渋谷の109前に向かいました。
待っていたのはマイクロバス。
あとで聞くと、テレビなんかのロケバスに使われている車だそうで、知り合いの伝手で協力をお願いしたところ、運転手付きで貸してもらえることになったとか。

出発後、向こうでやることの簡単な説明と自己紹介タイム。
ちなみに今回行く久ノ浜と四ツ倉という場所がどの辺にあるのか一切下調べしてなかったため、福島の原発から約30kmと意外に近いことをこの時にはじめて知りました。

東京を出るときに少し渋滞に巻き込まれたものの、バスは問題なく進み、10:00頃福島のいわき市に到着しました。
約3時間で現地に着くというのは、宮城県の被災地にくらべるとかなり近いですね。

イベントの手伝いをする女チームを、会場となっている四ツ倉の道の駅で下車。
一方、瓦礫掃除を担当する男チームは、久ノ浜の諏訪神社という神社で車を降りました。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
地元の人たちで結成された「北いわき再生発展プロジェクトチーム 」という団体の代表を、この諏訪神社の跡継ぎである高木優美さんが務めており、その関係から神社の境内や社務所を活動の拠点として利用しているということです。
ゴム手袋や長靴を持っていない人はここで借りられる上に、たくさんの飲み水まできちんと用意されていました。感謝。

●町の様子

3階建ての立派な社務所で作業服に着替えた我々は、道具を持ってテクテクと現場に向かいました。

海から100mほどしか離れていないこともあって、辺りにはいくつもの半壊、全壊した建物が並び、完全に更地となっている場所も少なくありません。
立っている建物もその多くが屋内を水によって破壊しつくされ、片付けたところで住めむことは難しいように思えました。
あとで聞いたところによると、津波は最高で1.6m程の高さまで達し、水が引いた後に火が出たところもあったそうです。


途中で見かけたスーパーも、建物自体は立派に立っていたが正面のガラス部分はすべてなくなり、中もそのほとんどが流されていました。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

またある家の壁には、おそらく住んでいた人が記したのであろう『片寄家 築百年 長い間ありがとう』という文字が書かれていました。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

家に帰ってからグーグルアースで見ると、こんな感じでした。
赤丸で囲んだ場所が、諏訪神社です。(※クリックで拡大)
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
右上の更地が続くあたりは、火事が出たのだと思います。

●瓦礫掃除
 
1件目の現場は、地震と津波で半壊しすでに解体が決まっているお宅で、屋内に残っている家具や荷物、畳、建具などを運び出しました。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。  ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。 ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

家具や荷物といっても必要はものはすでに持ち出しており、結局はすべて捨てることになるのですが、解体業者が入る前にこういったものはすべて外に出し分別して捨てなければならないそうです。

これまで被災地で瓦礫の撤去や掃除をしてきましたが、それらはキレイにして使えるようにするための片付け作業でした。
しかし今回は解体のための作業。
最終的には新しく家などを建てることにつながるのでしょうが、壊すためにキレイにするというのがなんともさびしく感じられました。
所詮、外の人間の感傷でしかないのですが。

片付けは、その家の所有者のご夫婦、北いわき再生発展PT、そして我々FKP軍団の総勢20名ほどで行いました。
家の中から泥まみれの家具や布団などを次々と運び出し、大きなものは庭に並べ、小さなものは袋に分別してまとめていきます。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。 ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

腐敗してあちこちに穴の開いた床、ありえない角度で床に刺さった冷蔵庫、そこいら中に散らばるガラス片など、津波の恐ろしさが伝わってくる凄惨な現場にも関わらず、現場の雰囲気は明るかったですね。
誰もがテンションが高く、時には笑いながらモノを運び出し続けていました。
かといって決して不まじめなわけではなく、手を抜いたりサボろうとしたりする人は、いなかったように思います。

昼ごはんはイベント会場に移動し、プロレスラーのハヤブサさんによる炊き出しのハヤシライスを食べました。
なかなか美味しかったです。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

午後も同じ家に戻って片付け再開。
ほとんどのものを外に出し終わった後、この後解体するから本来必要ないのですが、せっかくだから最後までキレイにしようと床に積もっているドロも掃除しました。
ひたすらドロを集め、スコップで土嚢に詰め、庭に運び出します。
そのおかげで作業が終わったときは、最初とはくらべものにならないほどキレイになりました。
作業としてはあまり意味はないのかもしれませんが、少しでも所有者のご夫婦が喜んでくれたようなので良かったと思います。

その後、まだ時間があったので別の作業現場に行ってもうひと働き。
そこはそこで、腐った食べ物と小バエが詰まった冷蔵庫をテープでぐるぐる巻きにして封印をしたり、菅野美穂の写真集が出てきてみんなのテンションが上がったりと、なかなかやりがいのある現場でした。

●風呂と宴会

16:00頃にその日の作業は終了。
全員でバスに乗り込み、かんぽの宿へ向かいました。
以前はボランティアであれば無料で入浴させてもらえたようだが、今は500円かかるとか。
まあ、仕方ないですね。

風呂でお湯を浴びたとき、はじめて顔にひどい日焼けをしていることに気がつきました。
炎天下の中、日焼け止めも塗らずに作業していたのだから仕方のないのですが、まさか熱いお湯を浴びれないほどに焼けるとは。
長袖長ズボンにゴム手袋をしていたから他の部分はまったく平気なのだが、とにかく顔がヒリヒリと痛い。
太陽さまを舐めすぎていました……

入浴から上がったら、待ちに待った晩ご飯。
かんぽの宿の大宴会場に行くと、豪華な食事が運び込まれてきました。
しかもビール付き!
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。 ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
ボランティアに来て、まさかこんな宴会状態になるとは思ってもいませんでした。
風呂の後にビールだなんて、素晴らしすぎる!

宴会のとき、このイベントの主催者さんとはじめてゆっくり話をすることができましたが、
「カチッとしているボランティア団体もあれば、うちみたいにゆるーいところもあっていいんじゃないかな」
ということを言っていたのが印象的でした。
某NGO団体の災害ボランティアに参加したときに「あそこ軍隊方式にはついていけねえ!」とキレていた人もいましたが、そういう人はこのFKPみたいなグループが向いているのかもしれないですね。
もちろんどちらが良い悪いという話ではありませんが、ただこちらのグループに参加している人達のほうが楽しそうだな、という感じはしました。
単純に宴会があったせいかもしれませんがw

●宿泊場所へ

晩ご飯の後は、2グループに分かれて宿泊場所へ。
僕は、最初に着替えをした諏訪神社に泊まるグループに入りました。

社務所に戻ってきたら、宴会の第二弾がスタート。
といっても騒ぐわけではなく、高木さんや北いわき再生発展PTのメンバーさんを中心に、静かに話を聞くというものです。
震災当日の壮絶な様子やその後なかなか支援の手が伸びてこなかったこと、北いわき再生発展PTの活動にあたっての苦労など、被災した当事者しか知りえないような話を丁寧に語ってくれました。
そうした話を聞けただけでも、福島まで泊りがけで行ったかいがあったと思います。

ちなみに、高木さんが全国の神主さんが集まる研修会で今の彼女と出会った話、業界のタブーとも言える神主の跡継ぎ同士の結婚をいかに実現したか、そしてその彼女がとても綺麗な人で8月に結婚式を控えている、といった話もすごく盛り上がりましたw

●2日目開始

朝7:00起床。
オニギリで朝食を済ませ、本日の作業に。
この日も基本は男が瓦礫掃除チーム、女がイベント手伝いチームに分かれて活動することになっていましたが、せっかくだからイベントの方ものぞいてみたいと希望し、午前中だけそちらに混ぜてもらうことに。
男チームからの「裏切り者!」的な目は気にしないことにします。

●イベント準備

イベントでは、地域の農作物や特産品の販売、ステージ、被災者さんを対象とした衣類や日用品の配布、マッサージ、子供の工作教室、などが行われていました。
FKPのメンバーが担当したのは、衣類や日用品の配布とその受付。
全国から送られてきた衣類や日用品などの物資をフリーマーケットのようにならべ、地元の被災した方たちに持って行ってもらおうというものです。

僕がいたのは紳士服と子供服、おもちゃを配布するテント。
地元のスタッフと一緒に、ダンボールの中身をテーブルに並べ、載り切らないものはダンボールのまま見やすいように配置しました。

●地震と津波警報

そうして地元の方達がポツポツとやってきて受付に10人くらいの列ができ始めたとき、地震がやってきました。
僕自身は作業していた揺れに全く気がつきませんでしたが、震度3くらいはあったとか。
あたりに津波警報の放送が鳴り響き、あたりは騒然とした雰囲気に!
と思いましたが、よく見たら騒然としているのはイベントスタッフやFKPのメンバーばかりで、地元のおっちゃんおばちゃん達はいたって平然としてましたw

とはいえ、そのままイベントを続けるわけにもいかないので、並んでいた方たちには一旦引きとってもらい、自分たちも車で避難することに。

なかなか津波警報が解除されないのでやきもきさせられたものの、2時間ほどで警報は解除ました。
幸い、津波の被害はまったくなかったようです。
こんなことがあったからもう地元の人達はイベントに来ないんじゃないか、と心配しながら会場に戻ったところ、まったくの杞憂で、すでに多くの人が会場に集まっていました。
嬉しくなってバスから飛び降り、テントに向かって走りました。

●服の配布

最初の予定だと午後から瓦礫掃除チームに合流するつもりでしたが、午前中ほとんど何もできなかったことと、テントの撤収などでイベントの方も男手が足りないとのことから、今日は1日にイベント手伝いチームとして働くことにしました。
男チームからの「裏切り者!」的な目は気にしないことにします。

イベントには、子供連れの若い夫婦からおじいちゃんおばあちゃんまで、すごく多くの人が来てくれて、並べた紳士服や、子供服やおもちゃなどは次々にもらわれていきました。

●感謝

子供服をダンボールから補充していると、突然ひとりのおばちゃん「やっと見つけた!」と声をかけられました。
「あなた、昨日うちの片付けを手伝ってくれた方よね。本当にありがとうね」
聞くと、家の片付けを手伝ってくれた人にお礼を言いたくて、わざわざイベント会場に来てずっと探しまわってくれていたとのこと。
「ヒゲ生えていたから向こうの人と間違えちゃったわよ。聞いたら違うって言われちゃった(笑)」
おばちゃんは満面の笑みを浮かべながら、こちらが恐縮するほどお礼を言い続けていました。
正直あんまり覚えていなかったのですが、そういえば会ったような気もするし、なによりそんなに熱心にお礼を言われたことにうれしくなって、しばらくそのおばちゃんと話をしました。
そうしてひとしきり喋った後、やっぱり人違いだったということが判明w

ただ人違いであっても、あのおばちゃんにとって家の片付けを手伝ってもらったことが心から嬉しかったことに違いはないでしょう。
そして、昨日僕たちが片付けを手伝った家のご夫婦も、同じように喜んでくれてたと思います。
だったらまあ同じことかな、と素直におばちゃんのお礼を受け取っておくことにしました。

●撤収と帰宅

そんなこんなで、15:30頃から撤収開始。
残った物資をダンボールに詰め、テントをばらし、倉庫やトラックに運びこんでいきます。
すべての片付けが終わり、ガランとした駐車場を去るときは、祭りが終わった後のような一抹の寂しさを感じましたた。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

神社に戻り瓦礫掃除チームと合流。
着替えを済ませ、みんなで写真をとった後、久ノ浜を後にしました。

そして20:00頃東京着。
バスを降りた途端にむっとした暑さを感じ、やっぱり福島の方が涼しかったんだな、と感じました。

●最後に

今回のボランティアでは、地元の人達と話したり一緒に作業したりすることが多かったのが良かったです。

これまで2回参加したボランティアでは、ピースボートや日本財団といった、現地で作業を続けるボランティアの人達と一緒になることはあっても、地元の人達と話す機会はほとんどありませんでした。
それが今回は、北いわき再生発展PTの人たちと一緒に作業ができたばかりか、一緒に酒を飲んで語り合う時間までありました。
さらにイベントの手伝いでは、ゆっくりと話をする時間はなかったものの、多くの地元の人達と接することができました。
この違いはすごく大きかったし、いろんなことを学ぶことができました。

北いわき再生発展PTは、県外からやってくるボランティアに対してすごく良い“場”を用意してくれていると思います。

ひとつは活動の拠点としての“場”。
ここはボランティア目的であれば、基本的にいつ行っても泊めてくれ、作業をされてもらえます。
こういう場所があるだけで、ボランティア活動はものすごくやりやすくなります。

もうひとつはもっと精神的な意味で、いつ行っても仲間として受け入れてくれる“場”にもなっています。
地元の外からやってきた設立メンバーの一人が、
「俺はボランティアをやっているつもりはない。ただ、仲良くなった友達が困っているから助けているだけ」
と言っていましたが、その感覚はすごくわかります。
そう思わせてくれる雰囲気が、北いわき再生発展PTにはある。
他の人がどう思うのかはわからないが、少なくとも僕はそう思います。


次回、8月27~28日にも同様のイベントが予定 されています。
予定が合えば、行きたいところです。


<参考LINK>

北いわき再生発展プロジェクトチーム

Fukusima Kizuna Project (Facebook)

今回のイベント
FKP@久ノ浜~四ツ倉 / お掃除&道の駅イベント応援見学 (Facebook)

次回のイベント
FKP@久ノ浜 / 花火イベントのお手伝い&瓦礫のお掃除 (Facebook)

「今週か来週にでもボランティアに行くかなあ」と急に思い立ち、
手頃なツアーを探したもののどこも募集終了。
しかたないので「深夜バスでも使って一人で石巻にでも行ってくるか」と考え、
受付時間などをチェックしようと石巻のボランティアセンターのサイトを見てみたら、
なんと県外からの個人ボランティアの受け入れを終了していた。

引用すると、こんな感じ


    ●石巻市災害ボランティアセンター(2011年6月28日)
     災害ボランティアセンターを開設して3カ月以上が経過し、現在も県内外から多くのボランティアの
    方々のご協力を頂いており、お陰様を持ちまして、市民の方々から要望のあった泥だしやガレキ撤去作
    業も個人からのニーズは一段落しましたが、今後も聞き取り調査によるニーズの掘り起こしを行ってい
    く予定です。
    (中略)
     なお、今後につきましては県外からのボランティアの受け入れについてはグループ及び団体のみとし、
    個人ボランティアの受け入れについては県内の方のみとさせて頂きます。


「とりあえず、専修大学のボランティア村に行けばなんとでもなるだろう」、
とたかをくくっていただけに、かなりビックリした。
そこで宮城県の他のボランティアセンターの状況をチェックしてみたら、
他にもいくつもの市が個人ボランティアの受け入れを終了したり、
ボランティアセンター自体が閉鎖されることになっていた。


    ●塩釜市災害ボランティアセンター(2011年6月13日)
    塩釜市災害ボランティアセンターは、6月10日(金)をもちまして閉所させていただきました。
    現在は、塩釜市社会福祉協議会ボランティアセンターにおいて引き続き被災者支援を継続しております。
    _(ボランティアさんの募集は行っておりません)


    ●名取市災害ボランティアセンター(2011年6月30日)
     センター開設後、3ヶ月以上が過ぎ、泥出し作業や家屋の片付けなど復旧活動については大方6月末で
    終了することが出来ました。
     それに伴い、これまで毎日実施して来ました泥出し作業等の「復旧活動」については、明日(7月1
    日)以降、週2回(金曜日と土曜日)のみ行うことと致しました。
     また、ボランティアの受付方法も事前登録制とし、依頼内容に応じてセンターからご連絡した方のみ
    活動して頂く方法に切替えます。


    ●多賀城市災害ボランティアセンター(2011年6月21日)
     ボランティアの方々や関係者等のおかげをもちまして、ボランティアが対応できるニーズは収束しつ
    つあります。
    (中略)
     つきましては、引き続きご相談等には随時対応していきますが、一つの区切りとして、家財道具の運
    びだしや泥だし等のご依頼につきましては、6月30日までに、下記までご依頼ください。6月30日以降
    のご依頼にはボランティア派遣までお時間をいただくこととなりますので、ご理解のほどよろしくお願
    いいたします。

     上記にともないまして、ボランティアの募集・受付に関しましても、以下のとおりといたします。
    6月30日までは、県外・県内ボランティアの募集・受付
    7月 1日から7月11日まで、県内ボランティアの募集・受付
    ※7/11をもって終了。


    ●岩沼市災害ボランティアセンター(2011年7月04日)
    7月2日に、ボランティアセンター体制変更のお知らせをさせていただきました。
    泥かきから生活支援へ。という流れは、自然でありながら実は大きな変化ではないでしょうか。
    (中略)
    7月18日(月)まで 現行通り毎日開設
    7月19日(火)~ 土・日のみ開設(平日は生活支援を中心に開設)
    8月1日(月)~ 生活支援を中心とした「岩沼復興支援センター スマイル」に変身!

    7 月18日まで、23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)の開設日のボランティア
    受付については、県外、県内、市内に関わらず個人、団体 (8名以上)の受付を継続します。
    8月1日からは県外ボランティアの受付はせず、地元のボランティアさんに活躍していただきたいと思
    います。


    ●亘理町災害ボランティアセンター
    震災から3か月以上経過し、依頼受付件数が減少傾向にあることから7月11日で依頼受付を終了するこ
    とになりました。


自分が知らないだけで、現地では着実に復興に近づいていっているんだな、
と実感できた。


ただ気になるのは、「本当にそこまでボランティアの必要性がなくなっているのか」ということ。
前回、6月11日に石巻に行った際、日本財団の人が
「石巻市内はかなりドロ出しが進みキレイになってきたが、
一歩街の外に出るとまだ震災直後の状態で残っている場所が山のようにある」
と言っていた。
被災地の人から「泥出ししてして欲しい」という申し込みが来ていないだけで、
ドロや瓦礫が堆積している場所はまだいくらでもあるのじゃないだろうか。

ボランティアはまず現地の人のニーズがありきで、それに合わせて動くのが基本。
その辺になんかしらのギャップがあるのかもしれない。

現地の状況を知らない人間の想像でしかないが、その辺りが少し気になってしまう。


なお、ここで挙げた以外のボランティアセンターでは
まだまだ個人ボランティアを必要としているところもたくさんあります。
「もう、ボランティアに行く必要はないんだな」なんてことは、決して思わないでください。

「ボランティアでドロかきに行くなんてスゴーイ。私、ムリー」
「いや、多分◯◯ちゃんが思っているほどきつくないよ」
「長靴とかゴーグルとかいろいろ自分で用意しなきゃいけないんでしょー」
「たしかにいろいろ買わなきゃいけないけど、そんな高くはないよ」
「えー、でも結局よくわかなくてー」
「ホームセンターに行けばだいたいそろうし、ネットでも買える……」
「めんどーw」

などという会話を、この前友達としました。

たしかに一から必要なものを調べて、どれがいいのか選び、買い揃えるのはけっこう面倒。
その辺もボランティアのハードルの高さのひとつになっているんじゃないでしょうか。
そこで、ドロかきや瓦礫の片付け作業のボランティアをするときに必要な個人装備をまとめてみました。

ホームセンターやワークマンのような専門店に行くのが一番手っ取り早いのですが、近所にない人や面倒な人のために、Amazonで手頃な値段のものをピックアップしておきました。

まとめるにあたっては、自分の経験に加え、いろんな団体が出しているボランティアマニュアルを参考にしましたが、あくまでも僕は短期ボランティアを2回やっただけの素人の意見です。
その辺を差っ引いて読み、最終的にはご自身で判断ください。

※価格は記事を書いた時点のものです



●安全長靴
靴の中がジャリジャリ・ドロドロになるとかなりヘコみますし、怪我をする危険性もあるので、長靴は必須です。
団体によってはただの長靴としか書いていないところもありますが、瓦礫に釘やガラス片が混ざっていることが多いので、踏み抜き防止板の入った長靴を買いましょう。



ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎踏抜き入安全長靴 グリーン-XL ZD-881
¥3,024 + 関東への配送料無料
このように、履き口が絞れるようなタイプだとドロなどが入りづらいです。


踏み抜き防止板入りの長靴は意外と高いので、ふつうの長靴に踏み抜き防止板入りの中敷きを入れた方が安く上がります。
中敷きは、「中敷/インソール」+「踏み抜き/踏抜/セーフティー」などで検索すると出てきます。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎軽半長靴(裏付) YG-950
¥944 + ¥525(関東への配送料)

ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎安全鉄足(踏み抜き防止) セーフティーソール
¥800 + 関東への配送料無料


ちなみに、こんなコンパクトに折りたためるタイプの長靴も便利です。

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◎バードウォッチング長靴[ブーツ](収納袋付)
¥3,990 + ¥630(関東への配送料)



●厚手のゴム手袋
軍手は、飛び出した釘やトゲに対してなんの防御力もないのでNGです。
ゴム手袋であっても釘などが突き抜けることはあるので、なるべく厚手のものを選ぶといいでしょう。
サイズは好き好きですが、少し小さめの手袋をしていたら作業後に指先が痛くなってしまったので、個人的にはゆとりのあるサイズの方がいいと思います。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎ショーワ No660 耐油ロングビニローブ
¥456 + 関東への配送料無料
ゴミが入りにくいロングタイプがオススメ。


ゴム手袋で1日作業すると、ゴミや汗で中は悲惨な状況になりますし、穴が開くこともあります。
数日間作業するなら、予備を持っていくことをおすすめします。
朝「これから作業するぞ!」という時に、中がベタベタなゴム手袋に手を突っ込むと、非常にテンションが落ちます……


このような、薄手の手袋をインナーとして使うと簡単に洗えるのでオススメです。
ただ通販だと送料がもったいないので、薬局などで買った方がいいでしょう。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎カワモト 綿手袋M うす手
¥180 + ¥420 関東への配送料



●防じんマスク
使い捨てタイプの防じんマスクがお手頃です。
風邪用のマスクや花粉症用のマスクをしている人もいますが、有害物質を含んだヘドロが粉塵となって浮遊している可能性を考えると、やはりきちんとした防じんマスクを買ったほうがいいと思います。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎防じんマスク(使い捨て式) No.9322J-DS2
¥394 + ¥525(関東への配送料)
実際に僕が使っていたもので、なかなか良かったです。
一度山中のゴミ廃棄所に行ったとき腐敗した生ごみやヘドロのニオイがひどかったのですが、このマスクをしたらかなり軽減されました。

マスクは汗などで汚れるため、1~数回で使い捨てになります。
ある程度の期間作業する人や、この先何回かボランティアに行こうと考えている人は、10枚パックを買ったほうがお得です。 
◎防じんマスク(使い捨て式) 1パック (10枚入) No.9322J-DS2

ちなみにDS2というのは防じんマスクの規格 で、DS3>DS2>DS1の順で高性能となります。


このタイプのマスクは、ゴーグルと干渉して隙間ができてしまっている人を多く見たので、個人的にはオススメしません。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。



●ゴーグル
有害物質を含んでいる可能性のある粉塵を避けるために必要。
特に花粉症を持っている人は、ないとキツイです。
作業をしていると曇ってくるので、メガネ用や水中マスク用のくもり止めを塗っておくといいでしょう。

ゴーグルの良し悪しはよくわからないので、良さそうなものを2つ紹介しておきます。
僕自身は、自前で持っていた花粉症用のゴーグルを使いました。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎PROMATE 防じんメガネ 弁付透明 PBM-1CB
¥313 + 通常配送無料
安いです。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎スワン 浮遊粉塵用セーフティゴグル YG-5081M
¥778 + 関東への配送料無料
こちらの方が密閉性が高く、マスクとの干渉が少なそうです。



●雨具・防水ヤッケ
ドロまみれになるので、上下雨具や防水ヤッケを着ることをオススメします。
特に雨具を指定していない団体もありますし、実際ふつうの服を着て作業している人もいます。
それでも、汚れても洗濯の必要がないこと、突然雨が降ってくる可能性があること、などを考えると、個人的には上下雨具がいいのではないかと思います。

とはいえ、真夏だとさすがに厳しいので、そこは少し考えた方がいいかもしれませんね。

山をやる人などすでに雨具を持っている人もいるとは思いますが、ひどいニオイがついたり穴が開いたりすることもあるので、あらたに作業用として安物を買った方がいいです。
1万以上する雨具に魚の腐ったニオイが付くと悲しくなります……

ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
◎ライトレインスーツ オレンジ Mサイズ 透湿防水素材を使用した軽量透湿レインスーツ #7500
¥2,980 + ¥525(関東への配送料)
もう少し安いものもありましたが、透湿性があった方が蒸れないのでこれをピックアップしました。
ちなみにホームセンターでは、透湿素材の雨具が1,980円から売っていました。



あとはタオルなどがありますが、普段買わないような個人装備としてはこのへんでしょうか。


ひと通り購入したとすると、合計で
5887円 + 1575円(関東への配送料)
から。
大体、1回の飲み代といったところでしょうか。
ホームセンターやワークマン、楽天などでもっと安いものを探せば、もっと安く上がるはずです。

個人的には、それほど高くないのでは?と思いますが、どうでしょうか。


最後に、しつこいようですが今回紹介したのはあくまでも個人的なセレクトなので、最終的には自分自身の判断で購入してください。


◎参考リンク
・災害ボランティアの持ち物準備ガイド(厚生労働科学 災害ボランティア研究班)
※ファイルがダウンロードされます
・ボランティアの方の服装について(宮城災害ボランティアセンター)
・がれきの処理における留意事項(厚生労働省)

 
6月15日、石巻へ2回目のボランティアで行ってきた。


前回はap bankとピースボートが合同で行っている週末のツアー だったが、今回参加したのは、とちぎボランティアネットワーク というNPO団体が行っている日帰りのツアー。

このツアーは日帰りでボランティアができ、費用もバス代込みで3,000円ぽっちという手軽さが嬉しい。
とちぎの団体が主催しているため、出発&解散が宇都宮でしかも朝3:30集合というのがネックだったが、それでも現地への移動やボランティアセンターへの登録などすべて面倒を見てくれるので、自前で行くよりはよっぽど簡単と言っていいだろう。

もっとも、集合場所が宇都宮駅から5kmほど離れているってことに、申し込んでから気がついた自分はアホだったが……



前日。
23:38上野発という鈍行の最終電車に乗り込み、01:25に宇都宮へ到着。
深夜なので当然バスもないが、タクシーを使うのもなんか悔しいので歩いて集合場所に向かう。
途中コンビニで立ち読みしたり、朝ごはんと昼ごはんを買ったりしながらのんびり歩いてたら、3:00頃集合場所にたどり着いた。
すでに団体の人が受付をしていて、駅から歩いてきたと言ったら笑われた。

ちなみに、歩いている途中で「GRAB HAPPINESS DINER 」というハンバーガーの旨そうなダイナーが朝までやっているのを発見。
ハンバーガー好きとしては、もし今度参加することがあったらもっと早めに来てここで時間潰そうと心に決めた。



バスは4:00に宇都宮を出発。
参加者は観光バス1台分なので、50人程度。
平日だし学生が多いかと思っていたが1人もおらず、40~60代が中心だった。

バスの中で現地での活動に関するひと通りの説明が終わったあとは、マイクを回して1人ずつ自己紹介タイムに。
やっぱり地元宇都宮の人がほとんどだった。
「どっかで見たことあると思ってたら、同じ町内ですね」
「多分、子どもが同級生じゃないですか? 28歳くらいのお子さんいません?」
なんて会話も聞こえてきた。
宇都宮ってけっこう狭い?
東京からわざわざ来ているのは、自分ともうひとり女性がいたくらいだった。

帰りも駅まで1時間かけて歩いて帰るのは面倒だし終電にも間に合わなくなってしまうから、とりあえずマイクが回ってきたときに、
「東京からはるばるやってきました。集合場所まで宇都宮駅から歩いてきたので、帰りはどなたか送っていただけると非常に助かりますw」
とウケ狙いも含めて挨拶。
あくまでもこの挨拶は前振りで、後で仲良くなった人に個別にお願いしようと思っていたが、すぐに斜め前の席に座っていた人が,
「決まっていないと落ち着かないだろうから、よければ送りますよ」
と、言ってくれた。
感謝。



バスは途中何度かサービスエリアで休憩をし、朝になって石巻に入った。
気がつくと、いつの間にか道の両側には津波に破壊された建物や瓦礫の山が並んでいた。
そんな町並みを見ていると、なぜか、
「戻ってきた」
という気持ちになっていた。
それまで石巻なんて行ったこともなく、前回のボランティアでも実質丸2日しかいなかったのにこんな感覚になるなんて、自分でも不思議だった。

そのうち、バスは海沿いの全壊地区に入っていった。
辺りは建物が津波に根こそぎ流され、茶色い地面が広がっている。
いくつか残っている建物はあるものの、それらもよく見ると1階部分は壊滅的に破壊されただ骨組みで立っているだけ、という有様だった。

前回、石巻市中心部の半壊地区を歩いたときは、「TVで見たのと同じ風景だな」くらいにしか感じなかったが、この全壊地区の風景は違った。
心の深いところにグサッと刺さってくる。
あまりにも圧倒的だった。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。



作業現場に着いたのは、予定より少し遅れた10:00頃。
石巻市の中心地から車で15分くらい、小積浜という場所にある小さな漁港だった。
なんでも、嵐のときに漁船を非難させるのに使われていた場所だとか。

船着場や浜は、いたるところに瓦礫が積み上げられ、ゴミが散乱し、ニチャニチャしたドロが堆積していた。
山側を見ると、自分の背をはるかに超えた木のけっこう高い枝にまでゴミが引っかかっていた。
その高さまで水が押し寄せてきた、ということなのだろう。
TVで見た津波の映像を思い出しながらそのときの様子を想像してみようと思ったが、まったくイメージが追いつかなかった。
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今回の作業は、そうした瓦礫やゴミを片づけて、港をきれいにすることだった。
基本的に浜のゴミ拾いだが、海に流れ着いたゴミをボートで回収する作業を6人ほどでして欲しいとのこと。
全身ずぶ濡れになるかもしれないし、体力的のもきついとのことだったが、せっかくなので手を上げた。
そんなときは手を挙げるしかないでしょうw



船での作業と言うから、ボートかなんかで行くのかなあ、と思っていたら、
「じゃあこれに乗ってゴミを回収して」
と出されたのが、イカダ。
おそらく漂着していたブイや材木、ロープを使って組んだであろうそれは、イカダとしか言いようがないほど見事なまでにイカダだった。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

バランスが悪くグラグラ揺れるので、数人で乗ったらスネまで沈んでしまう。
長靴を履いていても中にも水が入りまくるため、まったく意味なし。
むしろ水が抜けない分、長靴のほうがたちが悪い。

最初はオールで漕いで進もうとしたものの、遅々として進まず、ゴミのあるところにたどり着くにも一苦労。
それでもなんとか浜と海上の杭の間にロープを張ると、それを伝ってなんとかスムーズに進めるようになり、その間を往復しながらゴミを回収し続けた。
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そのゴミの回収も一筋縄ではいかなかった。
ブイや網、ロープ、材木など多くのものが浮かんでいたが、引っ張って回収しようにも海の中で絡まりまくっているためにまったく動かない。
どうやら、海底に固定されているアンカーとロープに絡まっていたようだ。
かといって、「まだ使えるものはできるだけ再利用したいので、ロープなどはできるだけ長い状態で回収して欲しい」と言われてしまうと、切るわけにもいかない。
自分たち外から来た人間からはゴミに見えるロープも、漁師さんにとっては自分たちの生活を立て直すための大切な漁具なのだ。
浮かんでいる小さなゴミを拾いつつ、少しずつロープや網をほどきながら作業を進めた。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。

その現場でものすごく役に立ったのが、ボーイスカウトで習った「もやい結び」だった。
頑丈な上に濡れてもほどきやすいので、ロープを柱に結びつけるときやロープ同士をつなぐときは、すべてもやい結びに。
現場での自分の存在価値の3割はもやい結びができることにあったんじゃないか、と今でも思う。



ケガ防止のために上下カッパを着て、手には分厚いゴム手袋をして作業していると、天気が良かったこともあってすぐに汗だくになってしまう。
5月のときも暑かったけど、今回はさらに暑い。
熱中症にならないよう飲み水は多めに持っていったが、だからといって暑さがやわらぐわけでもない。

6月でこれなんだから、真夏になったらシャレにならないだろうな。
7月8月とまたボランティアに行くなら、その辺を考えないといけない。



ただ、それでもイカダを使った作業は嫌いではなかった。
うん、地道に陸でゴミ拾いしていた人たちには申し訳ないが、正直楽しかったw

前回石巻市内の神社を片付けたときは、瓦礫の中から本や洋服、卒業証書など、持ち主を連想し切なくなってしまうモノがたくさん混ざっていた。
今回は海だったこともあり、そうしたものがほとんどなかったために、気が楽だったのもあったと思う。



14:30頃には、ロープを張った先のゴミで手を出せるものはあらかた回収し終えた。
また、大潮で船の行き来が大変になったので、イカダを引き上げ陸上部隊に合流。
ドロでニチャニチャする浜を歩きまわって、ゴミ拾いを続けた。

15:30頃、作業終了。
ずいぶん早くの終わるんだな、と思ったが、日帰りで帰らないといけないのでしかたなかった。

50人が半日がかりで作業した結果、朝にくらべると浜も海もかなりキレイになった。
ただそれでも目に見えるほんの数百mの範囲に過ぎないし、堆積したドロはそのままだ。

一緒に作業をした日本財団のオッちゃんによると、
「石巻市内の瓦礫やドロの撤去はかなり進みかなりキレイになっており、あとは個人宅の中や側溝に詰まったドロを掻き出すくらい。だけど市街地をちょっと抜けると、まだ全然手付かずの場所がいくらでも残っている」
とのことだ。
まだまだ先は長い。



あとは帰るだけだが、気になるのは宇都宮の到着時間。
東京への最終電車が、鈍行だと22:42、新幹線だと22:51なので、それまでに着かないと、その日のうちに帰れなくなってしまう。
申し込みのときに聞いた話だと
「週末は道が混んでいるから到着が23:00くらいになることもあるが、平日は21:00くらいには着く」
ということだった。
一応漫画喫茶の場所はチェックしてきたし、近くに泊まれるスーパー銭湯もあるらしいから最悪寝る場所はなんとでもなるが、できればその事態は避けたかった。

帰りのバスの中で、またしてもマイクを回し一人ずつ感想を述べること。
自分の番が来てひとしきり喋った後、
「あとは終電までに宇都宮に帰りつけることを祈るばかりです」
と、遠まわしに『間に合うように帰ってね』と言ったら、サービスエリアで休憩するたびに
「このペースだと間に合うから」
「着いたらすぐに送るから、荷物まとめておいてね」
と何人もの人たちが気を使ってくれ、ちょっと申し訳なくなった。

結局、バスは21:30頃に宇都宮に到着。
すぐにバスを降り、駅まで来るまで送ってもらった。

送ってもらったのは、自分ともう一人の東京から来たお姉さんの2人。
聞くと、仕事を休んでわざわざ八王子から来たとのこと。
しかも前日ホテルに泊まり、早朝タクシーで集合場所へ。帰ってきた後ももう一泊ホテルに泊まって、翌日東京に帰るという。
そこまで時間とお金をかけるくらいならもっと上手いやり方があったんじゃないか、とも思ったが、宇都宮まで来たってことは東京発の手頃なツアーがなかったんだろう。
もっといろんな形のツアーがあれば多くの人が参加しやすいのに、と改めて感じてしまった。



今回のボランティアを振り返ってみた感想は、「やっぱり日帰りは楽!」ということ。
荷物も少なくていいし、体力をさほどセーブしないで作業することができる。
翌日も作業があると思うと、どうしてもペース配分を考えてしまうから。

その反面、1日だけだと作業したりない感じがして、どうしても不完全燃焼気味だった。
特に今回は、浮いているロープをほどきながらのゴミ回収などこまごまとした作業が多かったため、体力的に余裕があり、まだまだ働けるという気持ちが強かった。

「1日でも全力で作業して体力を最後の一滴まで絞り尽くせばいい!」と言われてしまえばそれまでなんだけど、実際なかなかそこまでできなくて。
「手軽さ」と「満足できる作業量」。
その辺の兼ね合いが、自分にとっての今後の課題だ。



なお、今回参加した、とちぎボランティアネットワークの日帰りツアーは、7月以降予定が組まれていない。
それでも今後要望が多ければ復活する可能性は大いにあるとのことだったので、気になる人は直接問い合わせをしてみるといいだろう。

とちぎボランティアネットワーク
http://www.geocities.jp/tvnet1995/bora.html


ものすごい今更になるが、AERAの記事についての続きを書いてみることに。
'11.5.23号の震災ボランティアに関する記事。
ほんと、今更だ……


前回書いたように、記事の前半では石巻のボランティアセンターがいかにすごいか、ということが紹介されていた。
それに対して後半には、ボランティアの不足について言及されている。


震災で津波に押し流される被災地の様子をTVなどで見て、

「自分も現地に行って何かしたい」

と考えたものの、

「でも、自分のような素人が現地に行っても、足手まといになってかえって迷惑をかけてしまう。
 今時分のできることは、寄付をすることくらいだ」

と考え、現地行きを諦めた人も少なくないだろう。

阪神大震災の時はボランティアが押しかけて被災地に少なからぬ負担をかけてしまったケースもあり、ネットやTVで「被災地での活動はプロに任せて、みんなで寄付をしよう」みたいなことが繰り返し流されていたのも、それを後押ししていたように思う。

それはそれで、ひとつの考え方として間違っていないと思う。
だけどこの記事では、そうした自主規制のマイナス面について触れられていた。

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「阪神大震災の何倍もひどい状況で、何倍も人手が必要なのに、ボランティアが被災地に入るペースが阪神よりずっと遅い」
(中略)
 阪神大震災では最初の1カ月間で述べ約60万人(兵庫県の推計)のボランティアが活動したとされるのに対し、今回は5月8日までに社協を当した人で述べ26万人に満たない。
 ボランティア元年とも言われる阪神大震災では、受け入れ組織も事前情報もほとんどない状況で、多くの人々がバラバラに被災地に入った。その分、混乱もあったが、「被災者の支えになりたい」という思いをストレートに行動に表しやすかった。
 ところが今回は、ボラセンという窓口が存在。そこにNGOなどが発信するボランティア関連情報に触れ、扱った思いを急速に冷え込ませたり、手足を縮こめてしまう人も多い。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー


また、ボランティア活動の参加を呼びかけるNGOも、厳しい考え方を持つところは多い。

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 東京のある団体が連休前に開いたボランティア説明会では、約150人の希望者たちで高揚していた会場が、ある瞬間に静まり返った。主催者側が土嚢袋を見せながら「重さ15キロの荷物を8時間運べますか」と真剣な表情で問いかけたのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー

実際に自分が参加したボランティアの説明会でも、「現地の状況は非常に厳しい。無理だと思う方は、帰っていただいて結構です」と繰り返し言われ、実際に2~3割くらいの人が参加を諦めてかえって行った。

でも、実際自分が参加してみての感想は、「そこまで厳しいものではなかった」だった。
たしかにヘドロの粉塵が飛んでいる中、マスクをゴーグルをして肉体労働をするのは大変だっしケガをする可能性が全くないとは言えない。
でも、少なくとも15キロの荷物を8時間の運ぶようなことはまったくなかった。
ヘドロを詰めた土嚢が重くて女の子では運べなかったら、土嚢に詰める量を減らしたし、疲れたら適宜休憩もとっていた。
体力がないからといって、少なくとも他の人の迷惑になっているような人はいなかった。
だったら、連れて行っちゃっえばいいのに、と思う。

生半可な覚悟しか持っていない人を連れていったあとで、現地で「疲れた~、もう働けな~い」とか言われたらたまらないって部分があるのだろうけど。
でもやっぱり、というかむしろ、だまくらかしてでも連れて行って現地に放り出しちゃえばいいのに。


記事の最後のほうで、被災地復興に詳しい大学教授は言う。

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「これまでの災害では半分玄人のボランティアたちで間に合っていたので、『素人は迷惑』という考え方が社協にも見られるが、広範囲に深刻な被害が及んでいる今回は、それは当てはまりません。(中略)阪神大震災では、ミニスカートにサンダルの若い女性がお年寄りの話し相手になるだけで、とても喜ばれた。今回も、押しかけるぐらいの気持ちで、ボランティアたちはどんどん被災地に行くべきです」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー

もちろん、この意見に対して反論もあるだろう。
ただ少なくとも、ボランティアの数が阪神大震災の時の半分以下っていうのは、被災地の状況やアクセスの悪さなんかを考えても、情けないことだなあ、と感じてしまう。

自分自身の反省もこめて。