moromoro。 -2ページ目
 えー、こっそりとFacebookに上げたインフォグラフィックスもどきのチラシを、光栄にも切込隊長こと山本一郎さんのブログでとりあげていただきました。

「NO NUKES」の反対語は「イエス 通常兵器」なんだろうか
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2012/07/no-nukes-140e.html  

 これに関していろいろ誤解を生むのもイヤなので、久々にブログをアップします。


 最初のきっかけは、Facebook上で盛んにシェアされ上記ブログでも紹介されている、NO NUKESさん作成のチラシ でした。それには、

原発0%か
15%以上か
8月末までに
決まるって知っていましたか?

とでかでかと書かれています。
 でも、気になって大元の政府発表を読んでみると、全然内容が違くないか、と。
 NO NUKESさんのチラシでもたしかに嘘は書かれていないのですが、正しい情報はまったく伝わりません。

 彼の主張が正しいのか間違っているかはさておき、多くの人が情報の正しさを確認することなくシェアを繰り返していることにちょっとばっかりイラッとし、仕事を放り出して現実逃避したかったことも手伝って、自分でもつくってしまいました。

 それがこちら。

moromoro。


元は同じニュースでも、だいぶ印象が違うかと思います。


 一応書いておくと、このチラシはNUO NUKESさんのチラシへのアンチテーゼとしてつくったものなので、書かれている内容はけっこう適当であり、正確性にかけていところがあります。
 なので、もしこの画像だけが拡散したりすると、それはそれでもにょっとしてしまいます。


 実際の政府発表はこちらからどうぞ。

エネルギー・環境会議「エネルギー・環境に関する選択肢」
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html  


 ようするに何が言いたかったのかというと、

1)インフォグラフィックス的なチラシって、なかなかパワフルなツールだなー
2)でも書き方ひとつで、簡単に情報操作・印象操作できるなー
3)みんな脊髄反射的シェアはやめようよー

の3本です。
 あらためてまとめてみると、当たり前すぎて恥ずかしくなってきますが。



<追記1>
 少しだけ内容的な捕捉しておくと、選択肢②の「40年かけて原発をなくす」ですが、上記の政府資料には書かれていません。
 国家戦略担当大臣である古川元久さんの、会議や記者会見での発言を根拠としています。
 この辺とか(PDFがダウンロードされます)。
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120704/gijiyoshi.pdf  
 なぜ「エネルギー・環境に関する選択肢」の資料にかくも重大な情報が書かれていないのかは、それはそれで気になりますが、なにか理由とか思惑があるのでしょうか?

 選択肢③の「原発を使い続ける」も、もう少し正確に書くと「現状より依存度を減らしつつ原発を使い続ける」ですね。

 細かいことですが、それだけでもけっこう印象は違ってくると思います。


<追記2>
 Facebookで大元のチラシのところに、「この書き方はちょっとずるいっすよ」的なことを書き込んだところ、NO NUKESさんから「表現のいたらない部分を補足していただき、ありがとうございます!」とのコメントがあったのち、『「3つの選択肢」とは?』というもう少し正確なチラシが上げられました。
 やっぱり大人な対応って大切ですよね。


<追記3>
 本エントリーの主旨からは外れますが、一応原発に対する個人的なスタンスを書かせていただくと、事故のリスクと経済的損失のバランスを見ながら段階的に減らしていくのがベストだと考えます。
 その意味では選択肢②が一番違いのですが、全廃に40年は長いので20~30年くらいでなんとかしてほしいですね。

 格安航空会社のスカイマークエアラインが、5月18日から機内で配り始めた「スカイマーク・サービスコンセプト」なる紙が話題になっています。

 これは、スカイマークが「自分たちのサービスはこういう方針で行く!」というのを8か条にまとめたもので、内容は次のようなものです。

スカイマーク・サービスコンセプト

スカイマークでは従来の航空会社とは異なるスタイルで機内のサービスをしております。「より安全に、より安く」旅客運送をするための新しい航空会社の形態です。つきましては皆さまに以下の点をご理解いただきますようお願い申し上げます。

1.お客様のお荷物はお客様の責任において収納をお願いいたします。客室乗務員は収納の援助をいたしません。

2.お客様に対しては従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意することもあります。

3.客室乗務員のメイクやヘアスタイル、ネイルアート等に関しては「自由」にしております。

4.客室乗務員の服装については会社支給のポロシャツまたはウィンドブレーカーの着用だけを義務付けており、それ以外は「自由」にしております。

5.客室乗務員の私語等について苦情を頂くことがありますが、客室乗務員は保安要員として搭乗勤務に就いており接客は補助的なものと位置付けております。お客様に直接関わり合いのない苦情についてはお受けいたしかねます。

6.幼児の泣き声等に関する苦情は一切受付けません。航空機とは密封された空間でさまざまなお客様が乗っている乗り物であることをご理解の上で搭乗いただきますようお願いします。

7.地上係員の説明と異なる内容のことをお願いすることがありますが、そのような場合には客室乗務員の指示に従っていただきます。

8.機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定期運行順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様は「スカイマークお客様相談センター」あるいは「消費者生活センター」等に連絡されますようお願いいたします。



 「荷物の収納は手伝いません」「丁寧な口調を義務づけていません」など、かなり思い切った内容で、そりゃ物議を醸すだろうというものに仕上がっています。

 ネットでもこの「サービスコンセプト」に対する記事が数多くエントリーされており、ざっと拾い読みしたところ賛否両論といった感じです。いくつか挙げておくとこの辺ですかね。

「スカイマークは、なぜ機内での苦情を一切受け付けないのか?」/内藤忍氏

「スカイマーク航空の「サービスコンセプト」は素晴らしいジョブ・ディスクリプションである」/中村和彦氏

「スカイマーク・・・・頭は大丈夫か?」/ぐっちー氏

 いろんな人の意見を読んでいくと、私としては「航空会社やサービス業がどうあるべきか」という問題の前に、「この文章をどう解釈するか」という単純な部分で大きな齟齬が起こっているように感じます。


●別にそこまで特別なことは書いていない

 私自身はというと、基本的にこの「サービスコンセプト」に対しては肯定的です。
 いくつかの項目をピックアップして私の解釈を書いていくと、こんな感じです。

1.お客様のお荷物はお客様の責任において収納をお願いいたします。客室乗務員は収納の援助をいたしません。

 客室乗務員(以下CA)はポーターではないのだから、基本的に自分の荷物は自分で棚に上げるのはあたりまえかと。

 ただ、いくら「サービスコンセプト」に書いてあるからとはいえまったくサポートしてくれないと言うことではなく、女性や老人が重たい荷物を上げるのに苦労していたら、自分の業務に重大な支障が出ない範囲であればさすがに手伝ってくれるのではないかと思います。
 というか、手伝ってくれなければクソです。

2.お客様に対しては従来の航空会社の客室乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意することもあります。

 「タメ口でオッケーってことか」といった解釈をいくつも見ましたが、さすがにそれは悪意を持って見すぎだと思います。

 私は、単に「『丁寧な言葉使い』を義務づけてない」ということではなく、「『従来のCAのような丁寧な言葉遣い(=一片の隙もない一流ホテルの従業員のような完璧な話し方)』は義務づけてない」という意味だと取りました。

 つまり、「多少カジュアルな敬語で接するかもしれませんが、勘弁してね♪」ということであり、電車やバス、タクシーなど他の交通機関の乗務員と比較して考えれば,十分に許容範囲かでしょう。

8.機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定期運行順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様は「スカイマークお客様相談センター」あるいは「消費者生活センター」等に連絡されますようお願いいたします。

 「機内での苦情は受け付けません」というのは、さすがにダメでしょう。
 あらゆる業界が「現場を通して顧客の声を聞かないといけない」と見える化を必死に進めている中、それに逆行する内容と言えます。

 また、航空会社サイドとしては、その場では対応できないクレームを想定しているのだと思いますが、苦情というのは要望と表裏一体であり、その場で解決できる内容も少なくありません。それまで封殺してしまうのはどうでしょうか。

 たとえば座席の調子がおかしかった場合、流石に文句を言えばできる範囲でなんとか対応してくれるはずですが、「機内での苦情は受け付けません」と提示することで気の弱い人は何も言えなくなってしまいます。

 「退出していただきます」の部分について、「苦情を言ったら退出かよ」と憤っている人もいるようですが、CAが自分の責任において客を退出させる権限を持つのは当たり前ですね。
 もちろん、その権限をどういった状況で行使するのかは別問題です。

 「消費者センターに」うんぬんも、ダメすぎます。やはりクレームは自社で責任持ってひきうけないと。

 「うちではこれ以上対応できませんので、納得いかないなら消費者センターに行くなりしてください」と言いたくなるケースも多いのでしょうが、こうした紙に書くことではありません。
 消費者センターもこの点に関し、スカイマークへ抗議文を送ったようです。


●「サービスコンセプト」とCAの接客マニュアルは別

 書かれている文章を好意的にとらえすぎていると言われれば反論しにくいところですし、実際、基本的に私は脳天気です。

 ただ逆に、この文章だと悪意を持って解釈しようとすればいくらでも悪い方向に読み取ることができると思います。

 それは、この文章が「われわれはこういうサービスを提供します」という本来の意味での「コンセプト」ではなく、「ここまでしかやりませんよ」というエクスキューズでしかないからです。

 「うちは『お客様は神様です』という対応はしません」と言っているのであって、ではその上でどういったサービスを提供するのかはまったく別の問題となります。
 それに対して一方的に「この会社は客をないがしろにするのか!」と解釈するのは短絡的かと思います。

 そういう意味では、スカイマークのCAの接客に関するマニュアルや教科書を見てみたいですね。
 流石に「慇懃無礼な必要はないが、基本的敬語で」「荷物をあげられない客様がいたら、できる限りお手伝いをしよう」くらいは書いてあるはずです…………きっと。

 私自身はスカイマークに乗ったことがないので、そのサービスのレベルは知りません。せいぜいがネットで「スカイマークのサービスは酷い」という記事を読んだことがあるくらいです。

 実際にスカイマークのCAが、荷物の上げ下ろしに苦労している老人を無視したり、タメ口で乗客に接していたとすれば、それはこの紙がどうのとかコスト削減がどうのとかいう話ではなく、単純にこの会社がクソだというだけのことです。

 そんなこんな言いながら、基本的に私がこの「サービス・コンセプト」に対して肯定的というか好意的なのは、自分の長年の疑問に対するひとつの答えになっていたからです。

 その疑問というのは、
「スチュワーデスって結局ホステスじゃない?」
ということです。


●スチュワーデスってそんなにいい仕事?

 多くの航空会社の経営が傾いている現在はちょっとよく知りませんが、少なくとも10年くらい前までスチュワーデス、今で言うCAは多くの女性が目指す憧れの職業でした。
 CAの募集は多くの“デキル女性”が殺到してとんでもない高倍率となっており、採用されるための予備校まで存在していました。

 でもCAの仕事内容って、はっきり言えばホステスじゃないですか。

 もちろん乗客の安全を担う保安要員として不可欠ですし、そのために多くの知識と技術を身につけた一流のプロフェッショナルであることはわかります。

 しかし、普段の業務は接客サービスが大きなウエイトを占めており、ワガママなオバチャンやセクハラオヤジ、生意気な若造に対しても慇懃な態度を崩さず、精一杯のサービスを提供しなければならない仕事です。

 私にとってそうした仕事は、ホテルのサービスマンや、それこそホステスと変わらないように感じます。

 CAの仕事を低く見るつもりは毛頭ありませんし、ホテルでサービスを提供する方やホステスの方を馬鹿にしているわけではありません。それぞれ素晴らしい仕事だと思います。当然これからそうした職業を目指す方1人1人に対して、なんら含むところはありません。

 ただホテルマンやホステスにくらべて、CAだけが強烈なほど花形職業と見なされているということには、どうしても違和感を感じるのです。

 また、
「どうして飛行機だけホステスが乗っていて、電車など他の交通機関にはいないのだろう?」
という点も疑問でした。
 おそらく歴史的になんやかんやがあって今の形になったのでしょうが、そうだとしても、新幹線のように、ホステスのいない航空会社があってもいいんじゃないだろうかと思ってました。

 そんな私にとってスカイマークの「サービス・コンセプト」は、まさに
「うちのCAはホステスじゃなくて保安要員です!」
「うちの飛行機では必要以上の接客サービスはしません!」
と声高に宣言しているように感じられました。
 そして、そういう宣言はスカイマークという会社をやっていく上で非常に重要なことなのではないかと思います。

 もしかすると、10年後20年後には、この「サービス・コンセプト」のような感覚が特別なものではなくなっているかもしれません。
 だって他の交通機関では当たり前のことなのですから。


●言い訳もしておくと

 ここまで書いたことは論理的に分析したというよりは「私はそう感じた」と話に過ぎないので、もしかしたら自分のセンスがとんでもなくアホなことになっていて、やっぱりスカイマークはバッシングを受けまくり、今後も訳のわからないコンセプトを出し続け、最終的には顧客が離れて潰れてしまうのかもしれません。
 そこはまあそれ、自己責任ということで。

 そんなこんなで、スカイマークさんには我が道を突き進んでいってもらいたいと思います。

>>
 なんてことを書いていたら、スカイマークは問題の『サービスコンセプト」をすべて回収し、6月14日(予定)までに新しいのをつくるみたいですね。
 今回の騒ぎに懲りず、大胆なものを出してくることを期待しています。

スカイマーク 抗議受け文書見直し


ほぼ1年前、つまり震災から数日後のタイミングで某所に上げた日記を
ふと思い出し読み返してみました。

そこには津波被害や原発事故など怒濤のように襲い来る状況に対し
いっぱいいっぱいだった当時の自分がよく出ていて、
読んでいると非常にケツの穴のこそばゆい気分になってきます。

それと同時に
「あの時感じたことを少しずつ忘れつつあるなあ」
と今さらながらに感じました。

ということで、自戒の意味もこめて再度上げておきます。


愚痴。 (2011年03月16日04:27)

テレビで被災地の様子を見ていると、
「俺もあの人のために何かをしなければ!」という思いがはち切れそうになる。
でも東京にいると、やれることはほとんどない。


バイクで現地に駆けつけて、救援活動の手助けをしたい。
なんなら避難所のトイレ掃除だっていい。
でも、今現地に行っても邪魔にしかならない。


毛布でもオムツでも薬でも、買い込んで困っている人に届けたい。
でも、個人でそんなことをしてもやっぱり迷惑なだけ。


ネットで誰かの役に立つようなサイトをつくる技術もない。
原発の情報を解説できるだけの知識があるわけでもない。


結局できるのは、募金をすることだけ。
それだって大した額を遅れるわけではない。


自分の無力さに泣きたくなってくる。


ぐだぐだとやるせない思いを抱えながら、
結局は自分の手の届く範囲でできることをやるしかない。
でも今は、それも大事なこと何じゃないかと思えるようになってきた。


例えば、無駄な電気がついていたらスイッチを切る。


例えば、会社に勤めているのなら、まずは自分の仕事をきちんとこなす。
もしそれで自分の会社がほんの少しでも早く業務を再開したら、
それは日本の復旧が一歩進んだことになるだろう。


例えば、工場で働いている人がほんの少しだけ頑張ったら、
いつもより1個多くのパンができるかもしれない。
その1個を買った人は、別のパンを1個を買わないことになり、
それが回り回って、被災地に1個多くのパンが届くかもしれない。


例えば、ペットボトルの水を買うとき3本買いたいところを2本に抑えたら、
他の人が1本買うことができる。
その1本の余裕が、最終的に被災者の喉を潤すかもしれない。


例えば、自分の仕事の手が空いたとき別の人の仕事をほんの少し手伝えば、
手伝ってもらった人は嬉しいし、ほんの少し余力が生まれるはず。
嬉しくなった人は気持ちが優しくなり、別の人に優しくできるかもしれない。
そうしてその優しさは、人と人との間を伝わって被災地まで届くかもしれない。
また、仕事を手伝ってもらったことで生まれたほんの少しの余力は、
人と人との間を伝わって被災者の手助けをするかもしれない。


例えば、仕事から帰ってきた夫や父親に、
「仕事おつかれさま。いつもありがとう」と感謝の気持ちを伝えたら、
夫や父親はいつもの1.5倍くらい頑張れるかもしれない。


例えば、コンビニの店員がお客さんにいつもよりほんの少し丁寧に接客すれば、
もしかしたら親族が被災して心を痛めている人のストレスを、
ほんの少しだけ軽くすることができるかもしれない。


例えば、コンビニでレジの店員に「ありがとう」とひと言添えたら、
その店員はほんの少し優しい気持ちになって接客が良くなるかもしれない。


例えば、泥棒を生業にする人がしばらくの間活動を休んだら、
その分警察の仕事が減り、ほんのわずかでも被災地への手助けに
人を回せるようになるかもしれない。
東京で万引きとかケンカ、引ったくり、痴漢、スピード違反に繁華街の泥酔状態、
そんなものがほんの少し減ることで、被災地で持ち物を盗まれる人や
暗闇で襲われる女の子が1人でも減るかもしれない。


例えば、海外の大学に留学している日本人がほんの少し頑張って勉強したら、
それを見た人が「やはり日本人はかっこいい」と感じ、
ほんの少しだけ多く日本の製品を買ってくれたり、
日本に遊びに来てくれるかもしれない。


例えば、歌を歌う人や絵を描く人がいつも以上に頑張れば、
たとえ今すぐ何かの役には立たなくても、
その時歌った歌、描いた絵がいつか誰かを感動させ、
力を与えることが出来るかもしれない。


例えば、被災地を思って祈ることは、
単なるスラックティビズムなのかもしれない。
でも祈ることによって、
自分の行動が無意識のうちに1歩だけ良い方向に踏み出せるかもしれない。
100人が祈ったうち10人の意識が変わり、
その10人のうち1人が1歩を踏み出したら、
それだけでも意味があることなんだと思う。


社会の中では、大半の人間はちっぽけな歯車のようなもので、
そのひとつひとつは大した力を持っていない。
でも例えば、ひとつひとつの歯車が
いつもよりほんの少しだけスムーズに回ったとしたら、
社会全体はいつもより格段に大きな力を発揮し、
その余力はより早い被災地の復興につながるだろう。


自分の手の届く範囲のことをしっかりやる、というのは、
そういう意味なんだと思う。


自分は今、正しい行動がとれているのか。
自分は今、やるべきことをやれているのか。


今回の地震について、5年後、10年後、50年後になって
思い出すことになるだろう。
その時にしっかりと胸を張れる自分でいたい思う。




まあ、自分でもイヤになるくらいのキレイゴトだし、
単なる理想論でしかないのだけどね。

連日テレビから流れてくる映像を見ていると、
理想論のひとつでも吐かなければ、とてもじゃないとやっていけない。


 この夏、あちこちの被災地で花火大会や慰霊際、イベントが開かれました。
 それを見て
「被災地で花火を上げたりイベントをするくらいなら、そのお金を使ってもっとやることがあるだろ!」
という意見を言う人もいます。
 ぶっちゃけ、僕もそういう気持ちを持っていました。
 完全に否定するまではいかないものの、なんでどいつもこいつもそこまで花火を上げたりイベントを開いたりしたがるのか疑問でした。
「あれは主催者側の自己満足で、本当に被災地のためになっていなこともあるんじゃないか?」と。

 そんなことを考えているうちに、縁があって久ノ浜の奉奠祭というイベントをボランティアとして手伝うことになりました。
 8/27に行われた花火大会を含むお祭りです。
 そこでこれはいいチャンスだと考え、奉奠祭を主催している北いわき再生発展プロジェクトチーム の事務局にいる本柳真一さんにその疑問をぶつけてみました。

 なお、話をうかがったのはイベント開催2週間前の8月13日で、本柳さんの発言内容もそれにそったものになっています。

ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
【奉奠祭のポスター】


<以下インタビュー>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


ーーなぜ、花火を打ち上げようという話になったんですか?

 あれはいつだろう……6月に入ってからですね。
 久ノ浜って、基本的にボランティアの人が来なかったんです。
 それで地元の若者が中心となって、北いわき再生発展プロジェクトチームの前身とも言える「結」というグループをつくり、自分たちでガレキ撤去などをしていたのですが、平日に関しては基本的に2人、多いときで4人しかいないんです。
 そんな少人数で、毎日膨大な瓦礫の山を相手にしていると、心が折れてくるんですよね。
「なんでボランティア来ないんだろう?」
「こんなんじゃ、いつまで経っててもらちがあかない……」と。
 そんな時にメンバーの1人が
「花火が見てえ」
と言い出して。
 それがきっかけでしたね。
 といってもその時は、
「有名な小名浜の花火大会みたいな派手なのは無理としても、心に残る一発を打ち上げたい」
「メモリアル花火として、ミカン箱の上でトラメガ(拡声器)持って叫んで、後ろで市販の花火をパンと上げるだけでいいんじゃないか」
という程度の話でした。
 たったそれだけで、
「そんな楽しみがあるならガレキももうちょっと頑張って運ぶか」
と前向きになれたんです。


ーーそれがどうして大規模な花火大会に?

 地域のじいちゃんばあちゃんと話をしている中で花火の話をすると、みなさん「ぜひ見たい」と言うんです。
 70歳80歳の人たちから、
「この久ノ浜は60年くらい花火が上がっていない」
「花火なんて小さい頃に見たっきりなんだよね」
という声がどんどん上がってきて。
 しかも、おじいちゃんたちが考えているのは、花火大会のような打ち上げ花火なんです。
 そこまで期待されているならやるしかないぞ、と(笑)
 当然お金なんかその時点ではゼロですし、役所の申請関係が間に合うのかもまったくわからない。
 できるかできないかわからなかったけどやれるところからやってみよう、というところからのスタートでしたね。


ーー「70歳80歳のお年寄りたちが見たがっている」という以外に、花火を上げる意味はあるのでしょうか?

 僕らはあると思っています。

 花火大会を8月にこだわったのは、夏休みだからです。
 この地域って子供の姿が見えないんですよ。
 理由は単純で、小学校中学校が閉じているから。
 実際のところ、放射線量はいわき市の中心地である平とくらべてもそれほど高いわけではなくなったんですけど、やっぱり子供を抱えた親御さんはナーバスになっていて久ノ浜には戻らってこない。
 久ノ浜に住んでいる子たちも外の学校にスクールバスで通い、家に帰ってきても屋外に出てはいけはいけませんと言われてしまいます。
 かといって、口先で「放射線量は大したことないから戻ってきてください」と言っても、誰も聞いてくれません。
 だったら花火大会を開き、日中もお祭りみたいな感じで賑やかしをしたら、完全に戻ってくるのは難しいとしても、ひょっとしたら数時間だけでも久ノ浜に戻ってきてくれるんじゃないかと思って。

 あと、これはいわき市全体に同じ傾向があるんですけど、みんな高校を卒業したら地元を出て行くんです。
 そういう人たちに一回久ノ浜に戻ってきて現状を見てもらいたい、という気持ちがあります。
 久ノ浜は、今こんなに頑張って復校しようとしているんだぞ、と。

 久ノ浜という地名を外に向かってもっとアピールしたいという気持ちがあります。
 震災前から過疎化が進み、景気もすごく悪かった。
 震災後は支援がなかなか届かなかったし、報道も来なかった。
 それは久ノ浜って町をしている人がいないからなんです。
 誰も知らない場所だからその情報を知りたいとも思わないし、手を差し伸べようともしない。
 だから町を復興させるための第一段階としては、町の名前を広めないといけないなんです。

 また、久ノ浜のこれからを考えると、まずは町に人を戻し、その上でみんなで「この町をどうしていくか」を話し合わないといけない。
 かつ、どこかの地域のものまねではなくて、この町の独自性を出していかないと必ずどこかで埋もれてしまう。
 でもそれは僕たちだけでできることじゃないですよね。
 だからこの祭りをきっかけに、町の人間全員がそういう意思を持ち、じゃあ頑張ろうと一丸になれる機会にしたいと思っています。


ーー言葉で言うのは簡単ですが、実際にそれができると思いますか?

 久ノ浜は小さいですから、その小ささを生かしてなにかやっていければと思っています。
 小さいから政治的エアポケットになって、支援も来なくて一度は心が折れかけたんですけど、その根っこには行政に頼りっきりだったというのがありました。
 でもこれからはそれではダメでしょう。
 行政と頼るのではなく、かといってケンカするのでもなくて、まあお互いこっちは行政が得意だ、こっちが民間でやりましょうと、そういう形でやっていくいいきっかけかなと思います。


ーーステージ上で子供たちや若者たちがスピーチをし、終わったら花火を1発打ち上げるスタイルにしたのはなぜですか?


 あれだけのことがあったんですから、後ろ向きの気持ちは誰だって持っているじゃないですか。
 苦しかった、辛かった、この先どうしよう……
 でもそればかりに引っ張られたら、この先のことを考えたり実行したりしようにも足を踏み出せない。
 そこでこの花火大会を、区切りの場所、決意の場所として位置づけたいと考えました。

 スピーチは、久ノ浜の小中高校生、飯舘村の小中学生、石川町の小学生と高校生、この7組に、あとは久ノ浜の人たち3組にお願いしようと考えています。
 なんでもいいから喋ってくれ、と。
 辛かったことでも「こんなことがしたい!」という希望でも、前向きでも後ろ向きでもいいから心の中にあることを喋ってもらうつもりです。
 前向きなことを喋った人には、みんなの前での決意表明だから自分でも忘れないで、聞いていた人も忘れないで、ということです。
 また後ろ向きなことを喋った人に対しては、ステージ上で声に出して花火がドンと上がったら、そこで1回リセットしよう、後ろばかり見ていては進めないから1回ここで終わりにしようね、という位置づけにしたいなと思っています。
ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
【当日のスピーチと花火打ちあげの様子】


ーー当日は何人くらいのお客さんが来てくれると思っていますか?

 もともと久ノ浜の住民が5800人だったので、6000人集めたいって言ってます。
 でも、実数読みで3000人いったらバンザイかなと。
 正直、3000人超えたら人員整理の部分でパニックが起きますよ(笑)


<インタビューは以上>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

※本柳さんの発言をもとに、その一部分を取りだし読みやすいように再構成してあります。もし本柳さんの発言主旨と違ったいる場合、その責任はすべて文章をまとめた僕にあります。


 奉奠祭の当日は、いざフタを開けてみると主催者発表で8000人の人が集まったというから、多少サバを読んでいたとしても事前の読みの2倍以上の人が来たということですね。
 それで何の事故も起こさなかったのだから、大したものです。

 花火大会を行う意味についてですが、僕個人としては納得できました。

 今回のインタビューをふくめ、北いわき復興発展プロジェクトチームの人と話をしていて感じるのは、「自分の手の届く範囲のことを愚直に精一杯やっているのかな」ということです。
 あれだけの被害があった地域ですから、それほど人数もいない民間人のグループができることは限られています。
 たとえ震災がなかったとしても、過疎化が進み明るい展望が見えにくい町です。
 国の具体的な震災支援策が決まらないとこの先の町づくりの方向性を議論することすら難しいのに、そんなものはいつまで経っても決まりません。
 自治体は自治体で、被災者のことを本当に考えているのかと首をかしげたくなるような対応ばかりしてきます。
 放射能汚染に関しては、それこそ手も足もだせません。
 しかし国や自治体、東電や原発に対して文句を言っていても、なんら事態は改善しないことを北いわき再生発展プロジェクトチームの彼らはよく知っています。
 彼らはさまざまな制限や悪状況の中で、「久ノ浜の未来をつくっていくために、今自分たちは何ができるのか?」を必死に頭を振りしぼって考え、泥まみれになってそれを実行しようとしています。
 その答えのひとつが花火大会だったのでしょう。

 上のインタビューを読んだ上で、それでも被災地で花火を上げることに対して否定的な人はいると思います。
 それは人それぞれの意見なので、否定はしません。
 ただ少なくとも、奉奠祭が「楽しいイベントをやりたい♪」と安易は発想で開催されたのではなく、その裏には本当に多くの思いが、そして長期的な戦略と計算がこめられているのだということを理解してもらえればと思います。

●北いわき再生発展プロジェウトチーム・公式サイト  


 奉奠祭当日の報告や感想はまたあらためてまとめるつもりですが、もうしばらくかかりそうです……
 当日の写真はfacebookに上げているので、よければそちらを見てもらえると嬉しいです。

●奉奠祭の写真


※今回のインタビュー内容に関しては別の形で公開する可能性があり、それによってはこのエントリーを修正、あるいは削除する可能性があります。ご了承ください。
瓦礫撤去のときはケガ防止のために長袖を着たいところです。
春まではカッパを着て作業をしていましたが、さすがに真夏はキツイのでどうしようかと思っていたところ、いいものを見つけました。


ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。 ゆるゆると震災ボランティアに参加してみた。
BT冷感 パワーストレッチ 長袖シャツ  ※アフィリエイトはついてません

最初に着たときは、布が肌に密着し、正直「暑! もしかして売り文句に騙された?」と思いましたが、少し風が吹くと意外と通風性が良くて涼しい感じます。

さらに本領を発揮するのが、汗などで濡れた後です。
直接肌が濡れているときよりも蒸発しやすいのか、ほんの少しの風が当たるだけで涼しいを通り越して冷たいくらい。
肌にキンカンやアルコールを塗ると気化熱で冷たく感じますが、そこもではいかないものの、それに近い不思議な冷たさを感じます。
直射日光が肌に当たってじりじり焼けることもないので、はっきり言って半袖でいるよりも快適。
UVカット効果もあるので、日焼けダメージも防げます。

薄手とはいえそれなりに強度はあるので、小さなケガを防止する効果も。
半袖で角材などの瓦礫やガラスなどを扱っていると、知らないうちに細かい傷ができてしまうことも多いのですが、これを着ていればその辺もある程度は防げるかと思います。

ちなみに「適度なコンプレッションが身体の動きをサポート!」ともありますが、そっちの効果は実感できませんでした。

欠点としては、布が薄い&身体に密着しているため、乳首のあたりが少しセクシーな感じになってしまうこと。
なので実際の作業では、この上にTシャツを着ていました。


まあ、実際半袖で作業している人はいくらでもいますので、長袖が必須とはまで言いません。
しかし、ただでさえクソ暑い中、汗まみれで作業して疲れているときに、腕にスリ傷なんかができるとけっこうテンションは下がります。
なるべく楽して作業したいと考えている人には、こんな長袖シャツをオススメします。


なお、上ではアマゾンのリンクを張っていますが、僕自身は楽天のほうが送料込みの値段が安かったのでそちらで買いました。