SNSを見渡せば、「自分の強みを見つけて、唯一無二のポジションを築きましょう」という発信ばかりです。
あなたも、自己分析ツールを回したり、過去の棚卸しを何十時間もやった結果、結局「誰にでも言えるようなこと」しか出てこなくて、何もない自分に絶望した経験があるのではないでしょうか。
直視したくない気持ち、わかります。
焦る気持ちも、わかります。
そうなるのも当然です。
この界隈では、自分を特別に見せることが「差別化の正解」だと念仏のように唱えられているからです。
周りがすごい実績やストーリーを掲げている中で、焦って自分の内側をほじくり返したくなる気持ち、痛いほどわかります。
ただ、結論から言います。
そのやり方を続けても、一生「唯一無二」にはなれません。
それどころか、発信すればするほど量産型のプラスチックに成り下がり、あなた自身の心がすり減っていくという残念な結果を招きます。
なぜ、強みを探してはいけないのか。
僕自身が過去に「強み発掘」のバグにハマり、誰にも刺さらない薄っぺらいプロフィールを作っては書き直し、完全に虚無感に襲われた経験があるからです。
正直に言います。「凡人の強み」なんて、SNSという広大な海では何の価値も持ちません。
自分の内側をいくら掘り下げたところで、出てくるのは「ちょっとした実績」や「よくある苦労話」です。少し検索すれば、上には上が無限にいます。
問題は、それを「唯一無二の強み」だと錯覚させ、無理やり武装させようとする、この界隈の構造自体です。
強みという名のメッキで自分をコーティングし、ライバルと無理やり差別化を図る。
気がつけば、アカウントは自分を特別に見せるためのプログラムとしてしか機能しなくなり、中の人間の体温は完全に消え失せます。
相手の隠された痛みに触れず、自分の強みというメッキばかりを磨き続ける。
そんな息の詰まる椅子取りゲームに参戦しているから、発信が苦しくなるんです。
じゃあ、強みもない凡人はどうやって生き残ればいいのか。
そう絶望するかもしれません。
答えはシンプルです。自分を特別に見せるラットレースから降りればいいんです。
等身大の自分のままで、誰とも奪い合わずに成立している安全圏は存在しています。