大きく構えた本郷さんを目の前にした俺は、


今まで教えられた型の構えでただ立つしかなかった。


それもそのはずだ。



拳の打ち方は練習してきたが、


拳を動く人間相手に全力で叩き込む練習はしたことがなった。


いや、


それ依然に人を本気で殴ったことさえなかった。


恐怖という感覚はいつの間にか無くなり、


次第に何をしたらいいのか解らないが、


何かをしなくてはという焦りの気持ちが大きくなっていった。


本郷「何でもいいから打ち込んでみ、ほれ。」


そう言って本郷さんは自分の胴をガラ空き状態にした。


俺は訳も解らずにとりあえず一発打ち込んだ。


ポコッ。


あのかわいい衝撃音?は今でも忘れることのできないものだ。


焦りながら俺は続けて二発三発と打ち込んだ。


ポコッ。ポコッ。


本郷さんは微動だにしなかった。


俺はまた打ち続けた。


本郷さんは俺が打ち込むたびにただ首をかしげるだけだった。


本郷さん自身が俺のパンチを上手くかわせないから自分自身の動きに納得できないのか、


俺のパンチがダメすぎるからどうアドバイスすればいいのか困っているのか、


どちらだったかはその時の俺には解らなかった。


俺は自分の拳を打つことに必死だったから。


そんなときだった。


ゴツンッ!!!


大きな金属音とともに視界が一瞬暗くなった。


停電かと思ったと同時に足元がふらつき、


意識が遠のきそうになった。


何とか踏ん張って持ちなおそうとしたときに、


大きな痛みが俺の頭部を襲った。


めちゃくちゃ痛かった。


痛みだけは解るが何が起こったのか全く理解出来ていない俺に対して、


本郷さんは言った。


本郷「これが面突きや。」


そう、


俺は殴られたのだ。


右のストレートパンチというものを顔面に叩き込まれたのだ。


「やめてっ!!!」


号令がかかった。


「蹲踞!!!」


「礼!!!」


「ありがとうございました!!!」


「一歩右へ!!!」


日本拳法は一試合の時間が二分間であり、


その間に、面(顔面)、胴(腹部)、倒れた相手に対する打撃(下段突きや踏みつけ)、関節技(上半身のみ)、股間(軽く当てるのみ)など指定された部位に対して、


技を強くかつ素早くかつ的確に決めたときに一本となり、


二分間で先に二本とった方が勝ちとなる競技である。


故に練習でも実戦と同じで二分間を一区切りとして、


二分間×10~15セットを目安に防具練習は行われる。


そして全体が一歩右に寄れば対角線上の相手が入れ替わるために自動的に次の相手が決まるというシステムである。


蹲踞(そんきょ)とは武道の礼の前の構えである。


今回俺が本郷さんに打ち込んだパンチは実戦ならば全て不十分とされ一本も取れないことになり俺のポイントは0である。


本郷さんは一発しか打っていないがパーフェクトヒットしたため実戦ならば一本となる。


つまり実戦であったなら俺は0-1で負けたことになる。


しかし痛みと衝撃でそんなことすら考える余裕がなかった。


そして右にずれたとき、


俺の次の相手が前に現れた。


主将の堤下先輩だった。


そして号令が鳴り、


俺は無意識に前に出た。


本郷さんにパンチの痛みを教えられた俺は、


痛い思いを本能的にしたくなかったのだろう。


防衛本能が働いたのだ。


その結果パンチが打てない近距離に持ち込もうとしたのだ。


そして近距離に詰めた瞬間に、


顔面の横側にさっきと同じ衝撃と痛みが走った。


鈍い金属音とともに。


堤下さんは手加減してくれてただろうが、


強烈なフックだった。


堤下「ほい。ほい。ほい。」


ひょうきんな掛け声とともに強烈な左右のフックが飛んでくる。


俺は二分間ボコられ続けた。


そして一発も拳を打てないまま二分が経った。


何もできなかった。


いや、


させてもらえなかった。


その後も、


部で一番力のある二年の船本さんの剛腕パンチのラッシュを受けたり、


次の主将候補の大塚さんに投げられまくったりと、


先輩たちの洗礼を受け続けた。


満身創痍だった。


本当にやばかった。


周りなんて見てる余裕はなかった。


堤下「次ラストやから!!!」


一同「おっす!!!」


本日最後の10本目だった。


ボコボコにされ過ぎて意識がまともに保てない俺の前に現れたのは、


同じ一年の田山だった。


「蹲踞!!!」


考える間もなく号令が鳴った。


俺は構えるしかなかった。


つづく