Be daring, Be first, Be different -13ページ目

Be daring, Be first, Be different

目標に向かって一意専心

あまりにも硬すぎる内容をツラツラと3回に渡って書き留めたけど、
これまでの3年間を一旦振り返っといて良かった。

なんかスッキリしたし。



どーせ4月以降環境変わるんだけど、
ホント見習いたい人間、川崎のことも書いておこう。


「川崎には壁がない」 マリナーズを変えた明るさ
スポーツライター 丹羽政善

http://www.nikkei.com/sports/column/article/g=96958A88889DE1EBEAE4E4E4E5E2E0E7E2E1E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2;p=9694E0E3E3E0E0E2E2EBE0E5E6EA?n_cid=DSTPCS005

なぜかテキストリンクにならない。。




日本にいるときはホークスで、
ムネリンなんてニックネームがついてた川崎宗則。
イケメン選手って言われてもんね。


Be daring, Be first, Be different



ホークスでは選手会長も務めてたんだけど、
野球の成績はというとタイトルを取るほど飛びぬけている選手ではなかった。

けど、リーダーシップとか
ムードメーカーとかってよく言われてる選手で。


そんな川崎が昨年、海外FAで移籍を選択。
それもイチローのいるマリナーズ一本で。

年俸3億近くもらってたのにメジャー契約じゃなくてもいいって言って、
マイナー契約の約5千万でマリナーズへ移籍。


周りからはイチローオタクとか言われているけど、
そうじゃない。



Be daring, Be first, Be different


この五厘刈りを見たとき、
川崎にはつまらないプライドとかないんだなって感じた。


日本での実績とか、契約条件とか、年俸とか。

そーじゃなくて、
純粋に自分がどうやったら自分のやりたい野球ができるかを追及しているんだと思う。


だから日本でのやり方を変える必要もないし、
これまで通りの自分で今も貫いていて、
それでいて周りを納得させる結果や雰囲気を作っている。



別に日本にいるときはファンでもなんでもなかったけど、
移籍を決めてからの川崎は男としてかっこよすぎる。



新しい環境になっても、自分のスタイルは変えずにどんどんいいものは吸収していこう。
長々と書きたいことをダラダラと書いたけど、
来週の今頃は新しい体制で4年目が始まっている。


GREEの田中社長の記事をfacebookで取り上げられていたのを読んだ。


http://diamond.jp/articles/-/16592

「皆『会計士になりたい』とか職能にフォーカスして会社を選びがちですが、それ以上に『どんな人たちと仕事をするか』のほうがすごく大事だよ。会社って1社1社全然違うんだと。どこが良い悪いではなく、どれが自分に合うか合わないかで会社を選ぶといいよ」


http://diamond.jp/articles/-/16593

「つまらない仕事」ほど若いうちにしておいたほうがいい。



読んでてあまり、そうか?って思うことがなかった。

自意識過剰ではなく、3年間振り返ってみて、意外とリンクしてる部分あるなって思った。
逆にこの後の対談してた社長達の話は全く共感できなかった。笑


なんかベンチャーとそもそも大手企業って
働いている人の価値感が違いすぎるから、働き方も全然違うんだろうね。


結果、就活のときにどんな仕事がしたい!って軸じゃなくて、
どういう働き方をしていきたいっていう価値観だけで就活してたのは間違いじゃなったと思う。


お陰で価値観のあう社風の会社で、
同じような目的意識を持ったチームメンバーと仕事が出来ている。


仕事は嫌になるぐらいハードだけど、
やめたいと思ったことがない。


今後、自分のキャリアパスを考えていく上でも、
迷ったら変化の大きそうな方を選ぶことと、
どんな仕事であっても自分の成長に繋がると実感できれば
どんどんチャレンジしていこうと思った。


いよいよ試練の4年目がもうすぐスタートする。
先週、久しぶりに大学の同期と飲んできた。

お互い仕事の話なんかしてて、
それぞれの会社でみんないい感じにキャリアパスをしているんだなって感じた。

正直、同年代に比べて給料面はいい方だと思う。
けどボーナスだったり福利厚生、含めるとベンチャーと大手や外資だったら
年収でだいぶ差が出るんだと実感。


その日はやっぱりもっと給料もらいたいなんて思ったりもした。
それによってどれだけ豊かな生活ができるか変わるし。



けど、よくよく考えたら実力が伴えば、給料なんて後から必ずついてくる。


もうすぐ3年目が終わる。
1年目の時に超ざっくりだけど5年目までのキャリアプランの目標を立ててた。


【1年目】
・がむしゃらに新規営業をやりまくる
→社会人生活で新規ばかりをやれるのは1年目が一番できると思ったから。

・ルーキー賞を取る
→ルーキーイヤーは1年目だけだし。

【2年目】
・新規でナショクラを取る
→社内インパクトと自分への自信のため

・全社MVPを取る
→営業として全国で1番を取りたかったから。

【3年目】
・リーダーになる
→早い人で3年目にリーダーになってたから。その為には結果を残す。

・Seven star賞を取る

【4年目】
・チームを持ち、プレイヤーの時と同じようにリーダーでも活躍する
→メンバーを活躍させられるように。

・たぶん苦しむと思うけど、いいことがあると思って頑張る
→なんとなくチームを持つとプレイヤーと違って最初は苦しむと思っている。笑


【5年目】
・マネージャーになる
→早い人で5年目でマネージャーになっているから



3年目までを振り返ると、上から順番に
○→×→○→○→○→?という結果に。


1年目はとにかく新規ばっかりやったなー。
アポ電とか1日で8件とかアポとってたし新規受注もとにかくバンバン上げたな。

凄くいい経験だったと思う。
新規営業ってお客さんと初めましてだから、緊張するけど場数を踏みまくったお陰で自分の営業のベースが出来たと思う。

ルーキー賞は取れなかったけど、ノミネートできたのも新規の強さがあってだったと思うし。




2年目からは引継ぎもあったけど、色々試行錯誤しながらの1年だった。

数字もどんどん伸びていったし、
ある程度任せてもらえてたから楽しみながら成長させてもらってた。

クレームをもらったり、色々あったけど、
それを乗り越えた経験があったからまた成長できたと思う。


目標にしていた新規のナショクラ獲得は、
毎年コンペには呼ばれていたけど、取れなかった自動車クライアント。


取りたかった理由はシンプルに一つだけだった。


先輩達が取れなかったクライアントを取ることで自分の社内インパクト、
評価を高められると思ったから。

中途半端なクライアントじゃなくて、
誰しもがおぉーって言ってくれるようなクライアントを落としたいと思っていた。


結果、振り返るとこのクライアントのコンペがターニングポイントだったと思う。
この受注をキッカケに社内的にも色んなスタッフの方と仕事する機会が増えた。

続けて1月には全社MVPを取れた。



これがあったから2年目でプレイヤー賞にノミネートできたし、
結果としても大体他の営業マンの成績の2倍近くを維持していたから、
目標としてた3年目でのリーダー昇進につながったと思う。


もうすぐで3年目終わるけど、自分が思い描いてた通りに来れてる。

明確にイメージ出来てたかというと頑張ってきた結果、見えてきたに近い。

けど、最近分かったことがある。


たぶん、イメージ出来るように上司に導かれていたことを。いつもハッパをかけ続けられたし、成果が出た時はいつも全力で褒めてくれた。


いわば、上司のお陰でここまで来れた。



これから5年目までの期間はまたリセットして、
リーダーになった3年目を1年目として、
4年目を試行錯誤の2年目、
そしてマネージャートライアルを目標としている
5年目を集大成の3年目として考えていきたい。


4月からのこれからは、恐らくバラバラになる。

入社してからずっと上司とは初めて離れる。

守ってくれた人はもういない。


だからこそ、自分の力で切り拓いていかないと。

マネージャーになるには自分で手繰り寄せないと。


自分の中で何となく4年目は苦しむ1年になりそうだってずっと思ってた。

だいたいいつも良かった年の翌年はスランプに陥るから。笑



また一つ大きく成長するための試練だと思って頑張ろう。