イメージ 1

皆様、ご無沙汰してます。

ブログ更新がなかなか出来ず・・各昇魂式にも顔を出さず・・知ってる方からは「どっか身体悪いんか?」なんてお言葉を頂く始末ですが、何とか元気にしております・・・(汗)
さて、そんな心配してくださる方々を横目に、忙しい合間を縫って、またまたお江戸へ潜入して参りました♪
今回は、「関東へ行ったら、波は彫るな」と彫物師の間で言わしめた「波の伊八」を訪ねて房総半島を抱える千葉県へ行って参りました。
3年ほど前は、まだまだ開さんを中心に関西の木彫を追いかける私は「波を彫るな!とは、どんな波やねん!関西でも開さんはじめ有名彫物師がひしめく中で引けをとる訳が無い!!」と思っておりましたが、初めて訪れたお江戸は、寅さんが産湯を浸かった柴又帝釈天で、初めて江戸彫に触れ目からウロコの上に、お堂腰下の四代目伊八の波を見て、「何ちゅう波や~(汗)」と度肝を抜かれました。
それ以来、インターネットで江戸彫や伊八さんの事が載っていると見入る始末・・・開さんとはまた違った意味での魅力に度々関東に訪れては江戸彫を見学させてもらってましたが、今回ついに初代をはじめとした伊八一門の作品を中心に見る機会を得ました。
江戸彫の事でネットでお世話になっている「江戸彫工系譜」さんの情報を頼りに各地を回ってきましたので、ダイジェストでご覧下さい♪
イメージ 2

▲出発は、11月3日の午前6時55分関空より出発。行きの飛行機の中からは、霊峰富士がくっきりと見え、これからの旅がええものになる予感がしました。そして、羽田に着き、朝食もパンをかじりながら、レンタカーで一路上総之国へ向いました♪
イメージ 3

▲そして、伊八初コンタクトは、初代稲地の故郷でもあるこの金乗院から伊八さんの旅は始まりです!という事で、ここよりは解説なし(まだまだ、詳しくないもんで・・・汗)でご覧頂きます♪
イメージ 4


イメージ 5

▲しかし、伊八一門の事は少しお話しとかないといけませんね。。初代伊八師は、本名「武志伊八郎信由」といい上総之国で宝暦元年に生まれたそうです。宝暦元年はもちろん江戸幕府が栄華を誇っていた頃で、将軍は「暴れん坊将軍」でお馴染みの徳川吉宗の嫡男である徳川家重であった。伊八は、幕府御用勤であった嶋村系の彫物師であり、10歳の時から彫刻を始め、躍動感と立体感溢れる横波を初めて彫り以来作風を確立し、同世代に活躍したかの葛飾北斎の「富嶽三六景」の代表作の1つ、「神奈川沖浪裏」などの画風に強く影響を与えたといわれ、文政7年に没するまで意欲的に作品を造り続けたという事です。
イメージ 6

▲伊八一門の作品群が目白押しです!左下の龍は初代伊八さんの作品だそうです。
イメージ 7


イメージ 8


イメージ 9

▲こちらは、伊八さんの師匠である嶋村系の彫物師さんだそうだ。
イメージ 10

▲そして、今回の旅でどうしても来たかった飯縄寺さん。ここには、初代伊八さん作の欄間(実物は欄間とは言いがたい作品でした)で、牛若丸が鞍馬山での大天狗との出会いの場が彫られています。写真とかでは、見た事あったんですが、どうしても本物が見たくて訪問させて頂きました。ご住職に事前に連絡を取らせて頂き、当日の訪問となりました。当日は、天井の絵(これもすばらしい龍図、北斎の師匠とされる秋月等琳が描いたとされています)の改修のため足場が掛けられていましたが、本物を目のあたりにして、息を呑む思いでした。欄間というよりもだんじりの土呂幕と言ってもよいほどの作品であり、ご住職さん曰く「現在の本堂は天明4年(1784年)~寛政9年(1794年)にかけて再建され、彫刻は全て伊八作で、伊八40代のうち約10年をかけた」とのお話でした。
残念ながら、堂内は撮影禁止なので、写真はありません。ご住職さまのご好意に感謝です。
イメージ 11

▲本堂周りは撮影OKやったので、写真載せますね。蟇又の波に龍もすばらしく、波の先が崩れているのを見て、「さすが、伊八さんやな~」と感じました。
イメージ 12

▲続いて、やって来たのは、行元寺さんです。
イメージ 13

▲ここは、伊八さんが有名となるきっかけとなった「波と宝珠」の欄間があるお寺さんであります。冒頭でもお話したように写真の北斎の「富嶽三六景」は、この波は伊八作品が強い影響を与えたと言われます。北斎が「時間を止めた絵師」というフレーズのCMが、ずいぶん前にあったそうですが、この伊八さんの作品は、「時間を止めた木彫」そのものでありました。この時間を止めるという言葉に木彫の真髄があるのだと感じました。
イメージ 14

▲当然ながら、堂内は撮影禁止なので、お寺さんより頂いたパンフレットを掲載します。下の「波に宝珠」の宝珠と富士山を入れ替えれば・・・そっくりですね。。
イメージ 15

▲一日目の予定行程も全て終了し、日の入りにやって来たのは、飯縄寺のご住職さんに教えて頂いた飯縄寺さんにほど近い「大東崎」。。太平洋が眼下に迫り、太平洋の荒波がすぐそこにあります。伊八や北斎もこの海の波を見ていたかもしれませんね・・・
イメージ 16

▲その横の灯台。。この日は夕焼けがきれいでした。
イメージ 17

▲そして、この日お世話になったのは、ニュー阿波屋さんという御宿町の料理旅館さんでした。さすが、伊勢海老水揚げ日本一の街だけあって伊勢海老一匹丸ごとと海の幸がたくさん夕食に出ました。
イメージ 18

▲明くる朝、旅館前の海岸に散歩。。きれいな砂浜です。
イメージ 19
▲そばの海に流れ込む川には、たくさんの鯉が人が通るとこのように口を開けてました・・・(汗)
イメージ 20

▲そして、この海岸は、かの童謡の「月の沙漠」発祥の地でもあるそうで、海岸には沙漠を行くラクダ二頭の銅像がありました。その横を通りながら、今日の江戸彫探訪に出掛けました。
イメージ 21

▲二日目のはじめの訪問も伊八作です。
イメージ 22

▲う~ん・・・この波やね~
イメージ 23

▲そして、その後もたくさんの伊八作品を拝みましたが、撮影禁止場所が多く、掲載は控えます。。ところ変わって、帰りの道筋近くに以前訪れた成田山新勝寺があったので、再び名作に逢いに行きました。相変わらずの名作に予定していた時間もかなりオーバー・・・(汗)
イメージ 24

▲そして、千葉と東京の境あたりで、4時半近くになってこの二日間の旅もタイムアップでした。
イメージ 25

▲今回の旅では、「波の伊八」作品の一部を拝見しましたが、本当に時間を止めたという言葉にピッタリなものであったと思います。
イメージ 26

▲それはまるで写真の如く・・動きのあるもののその一瞬を切り取ったものであり、木彫とはそうあるべきものだと強く思いました。我々が日頃、拝見している祭礼彫刻も同じだとも感じました。今まで紹介した尊敬する開作品にも今にも動き出しそうなという言葉を使った事がありますが、同じ事が言えるのだと思います。
イメージ 27


イメージ 28

▲この九十九里の力強い波が、あの伊八さんや北斎の「神奈川沖浪裏」に繋がったように思えました。今回の江戸彫探訪でも色々な事を勉強させて頂きましたが、やっぱり木彫というものは奥が深いものだと改めて思い知らされました。次回のお江戸行きの予定はありませんが、また機会があれば行きたいですね~
最後に、今回お世話になった関係者の皆様には、この場を持ちまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。