昔の少年・少女も今は...
「おい、おい」となりて歳を越し
☆ 少年ジェット
Wikipedia
『少年ジェット』(しょうねんジェット)は、雑誌『ぼくら』に連載された武内つなよしの漫画作品、およびそれを原作とするテレビドラマである。
漫画、テレビドラマともども人気を集め、昭和30年代のヒーローとして、現在も根強いファンを持つ。
概要
名探偵・船越宏(ふなこし ひろし)の助手である少年ジェットこと北村健(きたむら たけし)は白いマフラー姿[1]でオートバイにのり、シェパードの愛犬シェーンとともに国際スパイのジャック・ジェームスや怪盗ブラック・デビルなどの悪人たちに立ち向かう。ジェットを見守るのが私立探偵の船越と警視庁の荒川課長である。漫画版では船越は「紅さそり」冒頭で殺害されるが、テレビ版ではアメリカに勉強に行くという設定で姿を消す。ジェットの武器は拳銃に似た「スーパーコルト」、必殺技は「ミラクルボイス」。少年ジェットは正義の味方であるので、悪人といえども決して殺さず、スーパーコルトは引き金を引くと相手をしびれさせ、ミラクルボイスも「ウー、ヤー、ター!」と大声を出して震動を起こし敵を失神させる技である。当時、ミラクルボイスは人気を博し、「ウー、ヤー、ター!」は流行語となった。
1987年にはフジテレビの「スーパーテレビ宣言」キャンペーンで鴻上尚史が少年ジェットに扮してコマーシャルに出演している。
第1話 黒い影
☆ ナショナルキッド
Wikipedia
『ナショナルキッド』(英:National Kid)は、1960年8月4日から1961年4月27日まで日本教育テレビ(NETテレビ:現・テレビ朝日)系で放送された東映製作の特撮番組、および劇中の主人公であるヒーローの名前。モノクロ作品。東映が手掛けた初のSF特撮作品である。
日本でも放送されたアメリカの人気テレビ番組『スーパーマン』に触発された「空飛ぶヒーローもの」。キッドの飛行シーンなどで、当時としては高品質な特撮技術が使われている。
解説
「ナショナル」こと松下電器産業株式会社(現社名:パナソニック株式会社)が、「子供たちに科学に対する興味を持たせたい」との方針で、破格の予算を投じて単独スポンサーをつとめた。オープニング映像では、ナショナルの電飾広告塔をバックに空を飛ぶナショナルキッドの姿が使われるほか、番組提供の「松下電器」の文字とナショナルの広告塔が重ねられ、また劇中でナショナルキッドが使用するエロルヤ光線銃がナショナルの懐中電灯と同じ形であるなど、かなり徹底したタイアップとマーチャンダイジングが行われた。
特撮面では通常のブルーバックではなく[注 2]、赤いホリゾントを使った白黒フィルム用の合成トラベリング・マットの手法が使われ、「ワンカットで宙に浮き、飛んでいくインカ金星人」や、多彩なメカニック、ミニチュア特撮の描写など、当時のテレビ特撮のレベルを超えた本格的な特撮が画面を彩った。円盤の背景で登場する国会議事堂や世界各国の建造物は、写真を引き伸ばして板に張り付ける書割の手法で撮影された。当時、日米安全保障条約を巡って国会が紛糾し、国会議事堂周辺では、連日、デモが行われていたため、国会議事堂の撮影には苦労したという。
こんな番組でした...
OP
解説動画
☆ 矢車剣の助
(事情により割愛します:館長)
☆ 忍者ハットリ君
『忍者ハットリくん』(にんじゃハットリくん)は、藤子不二雄Ⓐによる日本のギャグ漫画作品、およびそれを原作としたテレビドラマ、テレビアニメ、劇場アニメ作品。また、作品内に登場する主人公・ハットリカンゾウ(服部貫蔵)の名称(通称)でもある。
概要
漫画雑誌『少年』(光文社)にて1964年11月号から1968年2月号まで、『月刊コロコロコミック』、『てれびくん』、各小学館の学年別学習雑誌(以上、小学館)にて1981年から1988年までにかけて連載された。
忍者の里、伊賀から忍術修行のため上京したハットリくんが、様々な騒動を巻き起こす物語。居候先の三葉ケン一との友情やギャグも描く一方で、様々な忍術を読者に紹介する教養的要素も盛り込まれている。
旧原作やモノクロ実写版、アニメ版は生活ギャグ中心のストーリーで、新原作(現在の単行本では『新忍者ハットリくん』というタイトルである)では生活ギャグに加えて、様々な忍者のライバルが登場して戦ったり、連続ものの冒険物語もあったりとバラエティに富んだ内容となっている。
忍者ハットリくん ~ 第1話「拙者!忍者でござるの巻」(Daily Motion)
ただし、「ニン・ニキ・ニン」はドリフターズのアニメ番組『ゴー・ウェスト』の主題歌。お間違えなきよう。
☆ 少年ジェットWikipedia
『少年ジェット』(しょうねんジェット)は、雑誌『ぼくら』に連載された武内つなよしの漫画作品、およびそれを原作とするテレビドラマである。
漫画、テレビドラマともども人気を集め、昭和30年代のヒーローとして、現在も根強いファンを持つ。
概要
名探偵・船越宏(ふなこし ひろし)の助手である少年ジェットこと北村健(きたむら たけし)は白いマフラー姿[1]でオートバイにのり、シェパードの愛犬シェーンとともに国際スパイのジャック・ジェームスや怪盗ブラック・デビルなどの悪人たちに立ち向かう。ジェットを見守るのが私立探偵の船越と警視庁の荒川課長である。漫画版では船越は「紅さそり」冒頭で殺害されるが、テレビ版ではアメリカに勉強に行くという設定で姿を消す。ジェットの武器は拳銃に似た「スーパーコルト」、必殺技は「ミラクルボイス」。少年ジェットは正義の味方であるので、悪人といえども決して殺さず、スーパーコルトは引き金を引くと相手をしびれさせ、ミラクルボイスも「ウー、ヤー、ター!」と大声を出して震動を起こし敵を失神させる技である。当時、ミラクルボイスは人気を博し、「ウー、ヤー、ター!」は流行語となった。
1987年にはフジテレビの「スーパーテレビ宣言」キャンペーンで鴻上尚史が少年ジェットに扮してコマーシャルに出演している。
第1話 黒い影
☆ ナショナルキッド

Wikipedia
『ナショナルキッド』(英:National Kid)は、1960年8月4日から1961年4月27日まで日本教育テレビ(NETテレビ:現・テレビ朝日)系で放送された東映製作の特撮番組、および劇中の主人公であるヒーローの名前。モノクロ作品。東映が手掛けた初のSF特撮作品である。
日本でも放送されたアメリカの人気テレビ番組『スーパーマン』に触発された「空飛ぶヒーローもの」。キッドの飛行シーンなどで、当時としては高品質な特撮技術が使われている。
解説
「ナショナル」こと松下電器産業株式会社(現社名:パナソニック株式会社)が、「子供たちに科学に対する興味を持たせたい」との方針で、破格の予算を投じて単独スポンサーをつとめた。オープニング映像では、ナショナルの電飾広告塔をバックに空を飛ぶナショナルキッドの姿が使われるほか、番組提供の「松下電器」の文字とナショナルの広告塔が重ねられ、また劇中でナショナルキッドが使用するエロルヤ光線銃がナショナルの懐中電灯と同じ形であるなど、かなり徹底したタイアップとマーチャンダイジングが行われた。
特撮面では通常のブルーバックではなく[注 2]、赤いホリゾントを使った白黒フィルム用の合成トラベリング・マットの手法が使われ、「ワンカットで宙に浮き、飛んでいくインカ金星人」や、多彩なメカニック、ミニチュア特撮の描写など、当時のテレビ特撮のレベルを超えた本格的な特撮が画面を彩った。円盤の背景で登場する国会議事堂や世界各国の建造物は、写真を引き伸ばして板に張り付ける書割の手法で撮影された。当時、日米安全保障条約を巡って国会が紛糾し、国会議事堂周辺では、連日、デモが行われていたため、国会議事堂の撮影には苦労したという。
こんな番組でした...
OP
解説動画
☆ 矢車剣の助
(事情により割愛します:館長)
☆ 忍者ハットリ君
『忍者ハットリくん』(にんじゃハットリくん)は、藤子不二雄Ⓐによる日本のギャグ漫画作品、およびそれを原作としたテレビドラマ、テレビアニメ、劇場アニメ作品。また、作品内に登場する主人公・ハットリカンゾウ(服部貫蔵)の名称(通称)でもある。
概要
漫画雑誌『少年』(光文社)にて1964年11月号から1968年2月号まで、『月刊コロコロコミック』、『てれびくん』、各小学館の学年別学習雑誌(以上、小学館)にて1981年から1988年までにかけて連載された。
忍者の里、伊賀から忍術修行のため上京したハットリくんが、様々な騒動を巻き起こす物語。居候先の三葉ケン一との友情やギャグも描く一方で、様々な忍術を読者に紹介する教養的要素も盛り込まれている。
旧原作やモノクロ実写版、アニメ版は生活ギャグ中心のストーリーで、新原作(現在の単行本では『新忍者ハットリくん』というタイトルである)では生活ギャグに加えて、様々な忍者のライバルが登場して戦ったり、連続ものの冒険物語もあったりとバラエティに富んだ内容となっている。
忍者ハットリくん ~ 第1話「拙者!忍者でござるの巻」(Daily Motion)
ただし、「ニン・ニキ・ニン」はドリフターズのアニメ番組『ゴー・ウェスト』の主題歌。お間違えなきよう。
TV時代の幕開けと少年・少女の夢(動画編/かつての少女向け)

☆ リボンの騎士
『リボンの騎士』(リボンのきし)は、手塚治虫による少女漫画作品。および、それを原作とする作品群のことを指す。手塚の20代の頃の連載漫画代表作の一つであり、少女向けストーリー漫画の先駆け的な作品。
概要
天使・チンクの悪戯で誕生した、男の心と女の心を持つサファイア王女(王子)をヒロイン兼ヒーローに据えたファンタジー作品。お姫様が「男装の麗人」となって悪人と戦うという、当時の少女漫画としては斬新な内容であった。
手塚自身が幼少のころから親しんだ宝塚歌劇団の影響を強く受けており、サファイアのモデルは元宝塚歌劇団娘役の淡島千景である。当時、淡島の大ファンだった手塚が、娘役である淡島がたまたま男役を演じた舞台を観劇して、それをヒントにサファイアを考え出したという。なお、テレビアニメでサファイアの声を担当した太田淑子も宝塚歌劇団出身の元タカラジェンヌである。本作を元にしたミュージカル公演が数回行われている。ただし、宝塚歌劇団に演目として取りあげられたことはない。
少女漫画としては一般に記憶される初の「戦う少女」であり、今で言うところの変身、コスプレ、ツンデレなどの萌え要素を先駆け的に含んでいた。もっとも、西洋ものの仮面をつけた少女剣士の漫画は松本かつぢの「?(なぞ)のクローバー」が20年ほど前に存在している。
漫画
手塚自身による漫画には、少女クラブ(1953年1月号〜1956年1月号)に連載された「リボンの騎士」(『少女クラブ版』と呼ばれる)、『なかよし』(1958年1月号〜1959年6月号)に連載した少女クラブ版の続編の「リボンの騎士」(これは後に単行本化の際に『双子の騎士』と改題された)、さらに『なかよし』(1963年1月号〜1966年10月号)に連載した少女クラブ版のリメーク作品としての「リボンの騎士」(『なかよし版』と呼ばれる)、最後に少女フレンド(1967年24号〜29号)に連載された「リボンの騎士」(『少女フレンド版』と呼ばれる)の計4回の連載がある。掲載誌はいずれも講談社である。
参考 手塚プロ公式ページ
パイロット版
オリジナルアニメ
TVシリーズ第一話
☆ あんみつ姫
『あんみつ姫』(あんみつひめ)は、倉金章介による日本の漫画作品。また、それをもとにした映画、テレビドラマ、テレビアニメ作品、および同作品に登場する主人公の名前である。
漫画作品としては、1949年から1955年にかけて光文社『少女』に連載された原作と、テレビアニメ化のタイアップとして1986年から1987年に講談社『なかよし』に掲載された竹本泉版がある。
概要
やんちゃでお転婆、おちゃっぴい な「あんみつ姫」が、城の内外で騒動を巻き起こす時代劇コメディ。菓子類に因んだキャラクターの名前や、江戸時代を舞台にしていながら現代のものが混在し、発表当時の出来事や流行が作中に数多く登場するという特徴がある。東宝系の
原作漫画が一旦連載終了した1954年に、東京映画で雪村いづみ主演の映画が2本作られ(注1)、以降何度も映像化されている。1958年にはKRT(ラジオ東京テレビ、現在のTBSテレビ)にて、中原美紗緒主演で連続ドラマ化。1960年のドラマ放送終了後には、松竹で再び映画化され、鰐淵晴子が主演した。
原作者の没後に作られた映像化作品は、全てフジテレビ系列で放送されている。1983年には小泉今日子主演で『月曜ドラマランド』にて再度ドラマ化された。1986年にはスタジオぴえろ製作のテレビアニメ作品として放送。小山茉美があんみつ姫の声を演じたほか、当時の人気アイドルグループであるおニャン子クラブが主題歌を務めた。このアニメ版をもとにしてセガ・マークIII用ソフトとしてテレビゲーム化もされている。また、1986年から1987年まで、関西電力のCMのキャラクターに起用された。
その後も、1995年に第32回『新春かくし芸大会』で内田有紀が演じ、2008年には井上真央主演でドラマ化された。
注1:映画.com:『あんみつ姫』
あんみつ姫は雪村いずみ、カステラ夫人は
アメーバブログ ☆ 美少女戦士セーラームーン
Yourube:【公式】美少女戦士セーラームーンS 第1話(シリーズ第90話)「地球崩壊の予感? 謎の新戦士出現」
☆セーラームーンが歌って戦う!ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」、もう、おじさんは着いて行けない...
後期高齢者ではなく「後期少年」であるブロ友ゆたちゃんから、
あとナショナルキッド、少年ジェットがでてくればユメセカイでしょうか!
というコメントを頂戴したので、忘れてはいませんよ編を付け加えます(以下を追記の予定)。
☆ 少年ジェット
☆ ナショナルキッド
☆ 矢車剣の助
☆ 忍者ハットリ君
雨が空から降れば
冬の雨はようやく去ったようだが...
@user-nb3jm9se9tさん、2 年前
雨が空から 降れば
想い出は 地面にしみこむ
雨が シトシト 降れば
想い出は シトシト にじむ
黒いコーモリ傘をさして
街を歩けば
あの街は 雨の中
この街も 雨の中
電信柱も ポストも
故郷も 雨の中
しょうがない 雨の日は
しょうがない
公園のベンチで 一人
おさかなを つれば
おさかなも 又 雨の中
しょうがない 雨の日は
しょうがない…
作曲、唱:小室等
東京都葛飾区出身。
聖学院中学校・高等学校、多摩美術大学彫刻科卒業。
THE ALFEEを見出し、デビューの切っ掛けを作った人物。THE ALFEEの母体となったフォークグループ「コンフィデンス」が出場したアマチュアのフォークコンテストで彼らの才能に注目、自身が企画した映画(この映画は諸問題により計画が頓挫)のサウンドトラックに参加のオファーを出し、「コンフィデンス」としてのアルバムとシングルのリリースに至った経緯がある。その後も現在に至るまで公私に渡り交流が続いている。
活動歴
PPMフォロワーズ
多摩美術大学在籍中に結成。1967年に唯一のアルバム『オリジナル・フォーク 君はある日』をリリース。
六文銭
初期:主なメンバーは、岩沢幸矢、石川鷹彦、入川捷、小室のり子。バンド名は「四谷3丁目で目に付いた居酒屋の名」を採ったと岩沢幸矢が書いている。その後、別役実の芝居などに楽団「六文銭」として参加。この時期には歌手・役者など様々なメンバーが出入りした。中川五郎とのカップリングのインディーズアルバム『六文銭/中川五郎』でURCからデビュー。
最盛期:主なメンバーは、及川恒平、四角佳子、原茂、橋本良一。『キングサーモンのいる島』をベルウッド・レコードからリリース。『サーカスゲーム』や上條恒彦と六文銭が歌った『出発の歌』(たびだちのうた)がヒットした。その1年後に解散。『六文銭メモリアル』『六文銭シングルス』を残す。
新六文銭
よしだたくろう、柳田ヒロ、後藤次利、チト河内らと六文銭を再編、金沢事件で活動停止。レコーディング音源は残されなかったが、バンドの音としては「伽草子(よしだたくろう)」が近い。小室等の楽曲は『デッドヒート』に含まれる。
キングレコード,ベルウッドレコード時代のソロ
『私は月には行かないだろう』をキングレコード、『東京』、『デッドヒート(ライヴアルバム)』の2枚をベルウッドレコードからリリース。
フォーライフ・レコード
1975年に井上陽水・吉田拓郎・泉谷しげるとともにフォーライフ・レコード設立。初代社長に就任。泉谷によれば多数決により満場一致で選出(小室も自分に投票した)。
詩人谷川俊太郎とのコラボレーションアルバムを次々とリリース(注)。
作詞:別役 実
Wikipedia:小室 等
@fujisanhey2386さん、2 年前
別役さんの歌ですから不思議な感じが確かにします。でも時代なのでしょうか、不条理の中へもべっちゃくさんの人間へのどうしようもない愛を感じます。大好きな歌の一つです。
注:死んだ男の残したものは
詩:谷川俊太郎
わたしは月には行かないだろう
詩:大岡 信
作曲、唱:小室 等
そして転んで膝を痛め、歩行がままならない探偵が雨の日に思いだす歌の数々...
☆ 酒場にて
☆ 傘がない
@user-nb3jm9se9tさん、2 年前
雨が空から 降れば
想い出は 地面にしみこむ
雨が シトシト 降れば
想い出は シトシト にじむ
黒いコーモリ傘をさして
街を歩けば
あの街は 雨の中
この街も 雨の中
電信柱も ポストも
故郷も 雨の中
しょうがない 雨の日は
しょうがない
公園のベンチで 一人
おさかなを つれば
おさかなも 又 雨の中
しょうがない 雨の日は
しょうがない…
作曲、唱:小室等
東京都葛飾区出身。
聖学院中学校・高等学校、多摩美術大学彫刻科卒業。
THE ALFEEを見出し、デビューの切っ掛けを作った人物。THE ALFEEの母体となったフォークグループ「コンフィデンス」が出場したアマチュアのフォークコンテストで彼らの才能に注目、自身が企画した映画(この映画は諸問題により計画が頓挫)のサウンドトラックに参加のオファーを出し、「コンフィデンス」としてのアルバムとシングルのリリースに至った経緯がある。その後も現在に至るまで公私に渡り交流が続いている。
活動歴
PPMフォロワーズ
多摩美術大学在籍中に結成。1967年に唯一のアルバム『オリジナル・フォーク 君はある日』をリリース。
六文銭
初期:主なメンバーは、岩沢幸矢、石川鷹彦、入川捷、小室のり子。バンド名は「四谷3丁目で目に付いた居酒屋の名」を採ったと岩沢幸矢が書いている。その後、別役実の芝居などに楽団「六文銭」として参加。この時期には歌手・役者など様々なメンバーが出入りした。中川五郎とのカップリングのインディーズアルバム『六文銭/中川五郎』でURCからデビュー。
最盛期:主なメンバーは、及川恒平、四角佳子、原茂、橋本良一。『キングサーモンのいる島』をベルウッド・レコードからリリース。『サーカスゲーム』や上條恒彦と六文銭が歌った『出発の歌』(たびだちのうた)がヒットした。その1年後に解散。『六文銭メモリアル』『六文銭シングルス』を残す。
新六文銭
よしだたくろう、柳田ヒロ、後藤次利、チト河内らと六文銭を再編、金沢事件で活動停止。レコーディング音源は残されなかったが、バンドの音としては「伽草子(よしだたくろう)」が近い。小室等の楽曲は『デッドヒート』に含まれる。
キングレコード,ベルウッドレコード時代のソロ
『私は月には行かないだろう』をキングレコード、『東京』、『デッドヒート(ライヴアルバム)』の2枚をベルウッドレコードからリリース。
フォーライフ・レコード
1975年に井上陽水・吉田拓郎・泉谷しげるとともにフォーライフ・レコード設立。初代社長に就任。泉谷によれば多数決により満場一致で選出(小室も自分に投票した)。
詩人谷川俊太郎とのコラボレーションアルバムを次々とリリース(注)。
作詞:別役 実
Wikipedia:小室 等
@fujisanhey2386さん、2 年前
別役さんの歌ですから不思議な感じが確かにします。でも時代なのでしょうか、不条理の中へもべっちゃくさんの人間へのどうしようもない愛を感じます。大好きな歌の一つです。
注:死んだ男の残したものは
詩:谷川俊太郎
わたしは月には行かないだろう
詩:大岡 信
作曲、唱:小室 等
そして転んで膝を痛め、歩行がままならない探偵が雨の日に思いだす歌の数々...
☆ 酒場にて
☆ 傘がない