我が身さへこそゆるがるれ - 山田太一作品集から 「沿線地図」あとがき | 映画探偵室

我が身さへこそゆるがるれ - 山田太一作品集から 「沿線地図」あとがき

フランソワーズ・アルディ - 男の子女の子
 ( Tous Les Garçons Et Les Filles )

道子と志郎という若い二人の電撃的な恋で始まる物語について作者山田太一はこのように述べている。

あとがき
人生には沢山のレースがあり、雨の日のタクシーの奪い合いであれ、テストの成績を争うものであれ、売り上げ競争、バーゲン会場のそれ、女を取り合うというような思い出したくないレースであれ、大抵の場合、自分を抑えたり、偽ったり、ひどい時には破壊してしまったりすることと無縁ではない。
 体面を保ちながら出来るレースは少ないし、おおむね勝者の内面も(意識するにせよしないにせよ)傷だらけだったりするものである。
 だから、レースをやりきれなく思うものが出て来ても不思議はない。そういう人間が現れなかったら、この世は一本調子で深度のないものになってしまうだろう。(事実そうなっているともいえるけれど)
 たとえばテレビのニュースショーの記者で、俳優の情事の細かな経緯を取材するのが嬉しくてたまらないという人は、そんなに多くはないだろう。しかし、どのチャンネルもその情事をとりあげ、厚かましさを競っている。何故なら、「なんだかんだいったって」そのスキャンダルをとりあげなければ、その局だけ視聴率が落ちるのだし、そんな危険を冒すわけにはいかないからだ。で、やる以上は、他局より更に根堀り葉掘りということになってしまう。
 そこから逃れる方法は、そう多くない。
一番いいのは、それほどやりきれない思いをしなくてもすむ別の新企画で大当たりをとることだが、それは容易なことではない。
 仮に成功したとしても、それは結果の話で、企画の段階では「当り」はまったく保証されていない。だから局は、別の企画で「当り」を獲得するためには、一旦いまスキャンダルで稼いでいる視聴率を断念しなければならない。一度、レースをおりる決心をしなければならない。
 それは高視聴率の場合には相当に実行困難で、記者個人が「職を捨てる」という形でレースをはずれる方が実現しやすいかもしれない。
 ともあれ、この作品を書くとき、私の中に、レースを「断念」するという形でしか自分をとり戻す方法がない、という事柄がいよいよ世界に触手を拡げている、という思いがあった。
 レースに加わっている限り、レースの構造にがんじがらめになり、不合理でもモラルに反しても身体に悪くても嫌でたまらなくても受け入れなければならない条件が無数にあり、それらが私たちに容赦なく屈服を要求する。
 無論レースは、私たちの切実ななにかについての欲求に応えるからこそ君臨しているのであり、だからこそ「断念」が難しいのだが、ではその難しい「断念」をした人間は敬意を表されるかというと、二、三十年前までは僅かに残っていたそうした価値観も今では色褪せて、「敗北」「弱さ」といった印象で受けとられることの方が多くなっている。
「沿線地図」はそうした時代の「断念」の物語であり、出来るなら輝かしい「断念」の物語にしたいと考えたのであった。
 しかし、ファンタジーにするならともかく、あくまであり得るであろう水位で登場人物が行動する限り、今の日本で「断念」はそれほど輝かしい軌跡を描けない。
 此処にご覧に入れるような、苦くて片隅の物語となった。
 この作品は、はじめ一冊の小説として書かれたものである。
 まず小説として書き、それを脚本にするという方法はテレビドラマの質を上げる一つのやり方だというように考えたのである。一度小説として終わりまで考え通した作品を、改めて批評的に全体を展望しつつドラマにして行くというやり方は、快感や安定感もあり、自分の不備を修正して行く上でも悪くなかったと思う。
 制作上でのこのドラマのサスペンスは、何より岸惠子さんが電器屋の女将さんをどこまで演じて下さるか、ということであった。加わうるに、真行寺君枝、広岡瞬という重要な若い二人のデビュー作でもあった。作者はハラハラしたが、それははじめの一、二回で、すぐそのどれもが、予想以上の出来栄えであることを確認することになった。
 能至政美さんをメインディレクターとした演出家、キャメラ,照明、美術の水準の高さも忘れ難い。
 それから音楽である。「岸辺のアルバム」でジャニス・イアンを実に上手に使って下さった小川よしあきさんに、フランソワーズ・アルディをお願いした。アルディのレコートを多量に持ち込んで私に聞かせたのは、演出家の一人である片島謙二さんで、一つの作品というのは、実に多くの才能に支えられて漸く出来上がるという事実を、ここでも改めて、感慨とともに心に刻む思いである。
(1985.10.20) 山田太一