ほんの本の参考文献は雑誌... | 映画探偵室

ほんの本の参考文献は雑誌...

このところの探偵室で話題にしているミステリー小説や推理小説を味わい尽くすための秘策は...
   美しい夏さん
5つ星のうち5.0 「既に評価の定まったかに見える定番に加え、戦中戦後の諸作品を紹介した」優れた『新青年』アンソロジー。
ー『新青年』研究会による新しい『新青年』アンソロジーである。
「はじめに」に「既に評価の定まったかに見える定番に加え、戦中戦後の諸作品を紹介した」とあるので、これを検討してみよう。
4章、5章に「戦中戦後の諸作品を紹介」されていることは間違いない。では、「既に評価の定まった定番」は紹介されているか。こちらを検討してみよう。
「既に評価の定まった定番」には様々の要素があるとは思うが、リアルタイムの読者に支持されたことは重要と考える。しかし、手元には、このリアルタイムの人気の関する資料はない。そこで、新青年に頻回に小説が載った小説家を、リアルタイムの新青年読者に支持された小説家とみなすことにしよう。
幸い、手元に光文社文庫の『「新青年」傑作選』(2002年)があり、この最後に、103頁に及ぶ山前譲氏編の「「新青年」作者別作品リスト」(小説のみ)が収録されている。これを使って、定番の国内小説家の「新青年」登場回数を数えてみた。(短編は各1回、連載長編は4月連載すれば4回と数える。リレー長編は原則執筆回)
なお、数え間違いの可能性は多々あると思われる。ご容赦。
結果は登場回数の多い方から、第1位横溝正史(山名耕作)約78回(以下約は略)、第1位大下宇陀児78回、第3位久生十蘭(阿部正雄、安部正雄、覆面作家、六戸部力)68回、第4位海野十三(丘丘十郎)57回、第5位乾信一郎(乾信四郎、上塚貞雄、吉岡龍)56回、第5位渡辺啓助(渡辺圭介)56回、第7位甲賀三郎54回、第8位城昌幸52回、第9位小栗虫太郎43回、第10位木々高太郎40回、第11位池田忠雄35回であった。
本書は池田忠雄の作品は収録していないが、第1位から第10位までの作家については、全員収録されており、リアルタイムの新青年読者に支持された作家の作品が収録されていることは間違いない。
なお、横溝正史はビーストン短編の翻訳だが、ビーストンは海外作家の中では新青年登場回数の一番多かった作家である。
大下宇陀児はおしゃれなクイズを出題しており、久生十蘭がちょっと危ない、素敵な推理を述べている。
第11位なのに集録されなかった池田忠雄は、戦前戦後の多数の名作映画の脚本を書いた池田忠雄と同じ人物のようだが、小説については資料がなく分からない。本アンソロジーに収録されなかったのは残念。
その他の本書収録作家の「新青年」小説登場回数は、水谷準(以下変名略)32回、小酒井不木(小説のみ)27回、摂津茂和26回、谷譲次23回、夢野久作23回、三橋一夫21回、蘭郁二郎20回、山本周五郎18回、久山秀子16回、渡辺温15回、平林初之輔14回、中村美与子7回、浜尾四郎6回、立川賢6回、鈴木徹男6回等である。
私的感想
〇優れた新青年アンソロジーと思う。どの作品も面白かった。
〇各作品の後にある作者解説、各章の歴史解説は簡潔的確で読みやすい。各章の冒頭にある誌面コピーと、最後にある編集後記、コラムの復刻も楽しい。
〇作品の配列も興味深い。
第1章は田所成恭の戦記に始まり、海外短編、甲賀三郎のトリックミステリー、久山秀子のパロディと趣向を変え、城昌幸の凝縮短編を経て、小酒井不木の毒殺エッセイで終わる。
第2章は谷譲次のモダン小説に始まり、水谷準の自殺志願者小説、渡辺温のクリスマス劇、浜尾四郎の司法ミステリー、夢野久作の残酷味ミステリーを経て、平林初之輔の未来予言小説で終わる。
第3章は渡辺啓助の名作で始まり、木々高太郎の精神医学ミステリー、海野十三のパロディSF、蘭郁二郎の難病エロスを経て、乾信一郎のユーモア小説で終わる。
〇4章、5章に入っている「戦中戦後の諸作品」の中では、中村美与子、鈴木徹男という二人の忘れられた作家の作品(秘境冒険ロマンスと乞食小説)が読めるのがうれしい。しかし、一番気に入ったのは、大下宇陀児出題、久生十蘭ほか回答のクイズであった。
〇私のベスト5は第一位甲賀三郎『ニッケルの文鎮』、第二位蘭郁二郎『エメラルドの女主人』、第三位大下宇陀児、久生十蘭ほか『奇妙な佳人』、第四位中村美与子『聖汗山の悲歌』、第五位鈴木徹男『放浪の歌』となった。
蛇足
〇「新青年」小説登場回数の12位以下は、水谷準32回、大阪圭吉32回,江戸川乱歩30回,小酒井不木27回、南達彦26回、摂津茂和26回、木村荘十25,奥村五十嵐25回、角田喜久雄25、大林清25回、山手樹一郎24回、谷譲次23回、夢野久作23回、土岐雄三21回、三橋一夫21回、蘭郁二郎20回、妹尾アキ夫20回、橘外男20回、北町一郎19回、赤沼三郎19回である。
 内容(「BOOK」データベースより)
雑誌『新青年』は、大正9年(1920)に創刊され、昭和25年(1950)の終刊まで、31年間に亘って発行された。大正デモクラシーの時代に、農村の青年向けに発行されたこの雑誌が、推理も怪奇も幻想もユーモアもひっくるめた「日本独自の探偵小説」を開発し、また昭和モダニズムをリードしたことは疑いない。そして、その国際感覚に富んだリベラルな精神は、戦争期をどのように迎えたか…。『新青年』の頁を繰るたびに、われわれは時代の先端の匂いをかぎ、新しい発見に驚きの声をあげた。

Wikipedia: 宝石(雑誌) 
ー創刊
岩谷松平の弟の孫で京城商事社長などを務めた岩谷二郎の子の岩谷満が、戦後ソウルから引き揚げ、本好きから探偵小説の雑誌を始める。城昌幸が本名の稲並昌幸名義で編集主幹となって、1946年4月創刊。誌名は城の考案で、「美の秘密と物語性」を持つ宝石は「探偵小説の雰囲気と同じ性質」があるということによる。創刊号は64ページ、2円80銭、題字は「寶石」。当初は「探偵小説と詩」の雑誌を標榜していたが、その後は推理小説専門に移行する。創刊号では江戸川乱歩の旧作「人間椅子」の今村恒美による絵物語や、海野十三の変名丘丘十郎名義の「密林荘事件」などが掲載され、横溝正史『本陣殺人事件』を連載、その後も金田一耕助シリーズを連載した。この前後に探偵小説誌として『ロック』『トップ』『ぷろふいる』『探偵よみもの』『新探偵小説』『妖奇』などが相次いで創刊されるが、その中で『宝石』が生き残り、探偵小説の中心的存在となっていく。また、『別冊宝石』『宝石選書』も刊行し、発行部数は創刊時5万部、最盛期で10万部前後だった。編集長は、武田武彦、津川溶々を経て、1952年8月号から永瀬三吾。
 岩谷書店は捕物雑誌『天狗』や『詩学』『雑誌研究』なども出したがうまくいかず、1950年頃から経営は苦しくなり、1956年7月号からは城が社長となる宝石社として独立。
 左はSFに特化した宝石

上記「新青年」の解説でも触れられているように、戦後最大のミステリーは何と言っても「帝銀事件」であろうと思われる。洋画探偵の記憶(発端は松本清張の『日本の黒い霧』)では結局、使われた毒物は正確に突き止められていなかったし、犯人とされた平沢貞道が「どのように係ったのか」も突き止められていなかった。そこで次回は「帝銀事件」を取り上げることにする。

参考: