映画「美しき諍い女」制作過程編(7)
少し後戻りするが,
この姿勢から察するに,画家が目指しているものは「重力」に逆らった,あるいは重力から自由な形態である,ともいえる。さらに言い換えれば,最終的に目指すもののための基礎を得ることであろう。左側に見えている着色された絵がこれと同じ構図でないことが,それを証明している様だ。
一方,このような注文を受けたモデルは自分の中では何をしようとしているのだろうか?
この姿勢が相当つらいものであることは,マリアンヌが胸を大きく膨らませ,鼻で息をしている(腹式呼吸している)ことからも分かる。
画家がありきたりの「美しい肉体」や「セクシーさ」を求めているのでないことはもう知っている。もちろん,言葉で表せることを表現しようとはしないだろう。今までに生きてきた歴史を見せることもできない。
結局,今生きている自分の肉体をどこまで正直に曝すか,ということになろう。自分自身の闘争を見せることである。
これを引き受けることは,それこそ内臓だけでなく,骨まで画家の目に曝すことを意味する。偽りは通じない。ある意味で,神の前に立つことである。
その覚悟がなければ,モデルはつとまるまい。それがどんなに勇気のいることか。
いっぷく後,画家は次のポーズを指示する: 休憩は終わりだ,この椅子に凭れて。
そして,それを誘導するために画家がモデルにかける言葉(つまり,演出,つまり,闘争)はなんだろうか?
「背骨が出るように首を下へ,
手は伸ばすんだ。」
「その手は....ここに置いて,そうだ。」
「つりそうよ。」
「手足が?」
「きっとそうだ。そのとき言え。」
「首筋がひきつる。」
「忘れるんだ。」

さあ,脱いだわよ。今度はどうするつもり?
足はこう,
手はこう,
背筋をぎゅっと!
次は背中を。
ベージュのチョークで縁取り。
次に筆でぼかす。
昔,イレーヌというモデルがいた。妙な女だった。
君に少し似ていた。
このポーズで彼女を描いた...
臨時参考資料:ゴヤ「裸体のマハ」




























