映画「美しき諍い女」制作過程編(6)
しかし,彼女は2日目もやってきた。2人の間には共同で何かを掴もうとする意志が芽生えている...
ここで,画家のつけるポーズ(注文)から,画家が何を見ようとしているのか,モデルは何を表現しようと(自分はどうなろうと)しているのかを探ってみよう。
「初心者の気分だ。
向うを向いて,手を腰に。しゃんとして。」


「髪はまとめて,背筋を伸ばして,
上から吊られてると思え。」
「痛いわ。」 「それでいい。」
まず第一に,背骨を浮き立たせようとしていることが分かる。肉体の中にある骨格を重視しているのだ。
吊られている,ということは確かに,ある意味不自然である。それは,骨格を露にするという意味のほかに,もう一つの意図がある。
現代人は,実はコンクリートやアスファルトの上に靴というものを履いて(つまり,吊られて)立つという不自然な生活をしている。足が地に(土に)着いていないのだ。その奇形性がこれで露になると画家は考えている(のだろう。注1)。
それに抗おうとする女の原肉体をこそ,画家は見たいのである。戦いを見たいのである。
上記の戦いは,明らかに体重を支える腰に現れる。そして,それは女の腰でなければ意味が無い。女の腰は子宮という宇宙を内包するものだからだ(注2)。
同様の試みが別の角度から繰り返される。
「我慢するんだ。昔は手足を縛って姿勢を固定したもんだ。」
「今,何を考えてる?ニコラのことか?」
「違うわ,私のことよ。」
一応ここまで。
腹が減ってパンを食らう女。
どの画家や彫刻家,映画監督も,モデルや女優の食べ方に注目するものである。特に顎の造りと動き。
しっかりした食べ方ができない女には興味がわかないものだ。
無理やりポーズその3
注1:このことを私に気づかせてくれたのは,かつての同僚であるカメラマンだった。彼の言葉「現代人は敷石やアスファルトの上に立つオイディプスだ。皆,足萎えにすぎない。」
注2:子宮は天宮にも通じている。位相幾何学的な冗談でこういうのがある。「人間を裏返しにしたら,内側に来るのは何か?」













