映画「美しき諍い女」ヌーベル・ヴァーグ編, 概説 | 映画探偵室

映画「美しき諍い女」ヌーベル・ヴァーグ編, 概説

映画「美しき諍い女」はヌーベル・ヴァーグの旗手の1人,ジャック・リヴェットの手になるものである。ヌーベル・ヴァーグといえば,日本の映画ファンにとって「勝手にしやがれ」を最初に観た時の衝撃を必ず思い出すだろう。あの新鮮さは何だったのか?それを言葉で言い切ってしまうことはできないが,探偵は敢えてそれを試みる。それはリアリズムである。「えっ」と思われた方はすぐに唾を眉につけることをお勧めする。もちろん,古いスタニスラフスキー理論によるリアリズムではない。言ってみれば「わざとらしい」演技のことである。つまり,俳優は映画の中で,「寸劇を演じる人間」を演じているのである。良い意味の「ペダンチズム」である。故にこれが成り立つためには,背景に深い教養が必要となる。例えば,「気狂いピエロ」ではジャン・ポール・ベルモンドが風呂に漬かりながら娘に語って聞かせているのは「ヴェラスケス」についての批評である。こんなことは日常でおこるだろうか?これも日本人にはあまり馴染みがない部分だが,筆者は「起こる」と断言する。フランスやアメリカでならば。彼らが日常で,一種のユーモアから,寸劇を平気で演じているのに何度も実際にお目にかかった。後者においてこのような作劇をする監督にウッディ・アレンがいることも付け加えたい。

 この映画の前半分は以上のような方法で描かれている。観てすぐわかるように,登場人物の言葉やしぐさ(つまり演技)が「映画を観ている者」が推定的に追うストーリーの説明になっていない。なのに,だんだんとその後ろに流れる本当のドラマが浮かび上がるのだ。嘘だと思われる方は,この冒頭のシーンの会話だけを拾ってみると良い。まるで,何かの謎を秘めた事件が持ち上がりつつある,と思われるであろう。なのに,いつのまにか本筋がきちんと説明されていくのである。探偵はこのヌーベル・ヴァーグ手法を讃える意味で「詐欺手法」と呼びたいと思う。では乞うご期待...