映画「1984」についての探偵の言い訳Z | 映画探偵室

映画「1984」についての探偵の言い訳Z

実は前回の記事に対するコメントでtororo-mekabuさんから次のような言葉をいただいたとき,探偵は見透かされた,隠していたことをズバリ言われてしまった,と焦りました。


「私、これ見たんです!昔、何処だったんだろう。。。誰と見たんだろう。 あの、少年の心がかなしかったような。違いますか?」


よく読めば,どうもこれは「午後の曳航」についてらしいと分かったのですが,最初は「1984」に対するコメントだと錯覚したのです。ワタシはこの記事を書き始めた時からデジャビュに陥っています。物語自体も時間が錯綜した,どこが現時点なのか分からないようになっていますが,ワタシの古い記憶では主人公がどうしてもリチャード・バートンなのです。相手となるジュリアももっと細身の人でした。あり得ないことですが学生の頃に同名の映画を見たような気がしてならないのです。


ワタシは優れた近未来物語はかならずデジャヴュ的であると思っています。あるいは逆に,デジャヴュ的な感覚に陥るような物語が本当の近未来物語だ,といえるかも知れません。そのような物語の代表的なものを3つ挙げろ,といわれたら,ワタシは迷わずこの「1984」,カレル・チャペックの「オッサムのロボット」,そしてハクスリーの「素晴らしき新世界」を挙げると思います。もう1編だけ追加するなら,それはウェルズの「宇宙戦争」でしょう。どれも皆ペシミスティックであり,どれも人間の崩壊につながっています。


これでワタシはデジャビュから逃れられる,といいのですが。