「離愁」(14) | 映画探偵室

「離愁」(14)

停車した列車からは茫然自失した人々が降りてきて線路脇にへたり込んでいる。ここは陽光の射す美しい田園地帯を貫く土手上の線路なのだ。草原の向こうから赤十字の救護隊がやってきて負傷者を運び出して行く。抱き合ったまま死んだ町医者と酒場女も運び出されて行く。貨車の仲間で生き残った者が運び出しを手伝った。
「この二人,抱き合ったまま死んじまった」
「せめてもさ」
若い母親が運び出されるとき,赤十字の尼僧が赤ん坊を抱いていたアンナに尋ねた。
「おかあさん?」
「いいえ,母親は死んだわ」
「この子の名前は」
「分からない」
たまりかねたアンナは貨車の中に入って嗚咽をこらえようとするが,押さえ切れない。それに気づいたマルセルが背中をさすりながら慰める。
「ひどすぎるわ」「ああ」
嗚咽は長く続いた。
「落ち着いて」
泣き顔を上げたアンナは聞く。
「汽車は」
「心配しないで」
夜になる前に終わらせようと始めた機関車の修理は月の出るころになっても終わらなかった。夜の暗がりの中で溶接の火花だけが飛び散っている。
土手下の草むらではマルセルとアンナが何もかも忘れてしまおうとするかのように愛し合っていた。

朝が来て列車が走り出しても,貨車の扉は閉められたままだ。
マルセルが尋ねる。
「ご主人は?」
「新聞社主だったの。自由を愛し,よく旅行したわ」
外の景色に絵葉書によく登場するような石造りの館らしき建物が見え出してくる。
「ある日連行されて..」
「まるで故人のように話すね」
列車の外には美しい古城の風景がゆっくりと流れている。
「もう2年以上,音信不通ですもの。それから母も捕まった。ユダヤ人だから。そして父も。ユダヤ人の夫だから。次は私よ。」
アンナはマルセルの方に向き直ってたずねる。
「ねえ,終点まで行ったら私はどうなるの」
マルセルは肩をすくめるだけだった。
朝の光の下,列車は田園地帯の中を進んでいく。昨日の悪夢が嘘のようだ。並行して走る自動車隊の黄色いコンバーチブルから,乗っているお嬢さんたちが貨車の男たちに手を振っている。その車が列車を追い抜いて行き,向こうの踏み切りの手前で止まっているのが見える。運転手が降りようとすると,車脇に立っていた紳士が「見るな」と言う。運転手が「はい閣下」と答えるので,なにかと思って草原の方に目をやると,先ほどのお嬢さんたちが草原の向こうで尻を出してしゃがみこんでいる。
突然,昨夜のように戦闘機が急接近して来た。そして走る貨車の中の男たちが見守っている中,お嬢さんたちの上に轟音と共に爆弾が落とされる。戦闘機が飛び去ったあと,そのままの姿勢で横倒しになったお嬢さん達の前を列車は通りかかった。
「見ないほうがいい」と言って貨車の扉は男たちの手で閉められた。
「むごい」
列車は遠くに海の見える地帯へと入りつつあった。絵葉書に出てくるような建物の数がだんだん増えて来る。終着駅のラ・ロシェルが間近になって来たようだ(続く)。