西部劇を作って来たのは誰か | 映画探偵室

西部劇を作って来たのは誰か

同時間進行という画期的な手法を取り入れた映画としても有名な「真昼の決闘」。この映画の意味は大学でのリースマンについての講義(「孤独な群衆」)で知った。正義に殉じて立ち上がった彼に味方したのは異教徒の妻(グレス・ケリーはモルモン教徒という設定になっており,もちろん殺人は禁じられている)だけだったからである。なりたてホヤホヤの妻はしかし,敵を背後から撃ち殺す。どこにも正義はないと悟った主人公はバッジを捨てて町を出て行くのであった。アメリカの正義を体現しているとまで言われたゲイリー・クーパーに当時は賛辞どころか罵声さえ浴びせかけられた。あの有名な主題歌「ハイヌーン」の出だしは「愛する者よ,もう俺を当てにしないでくれ」である。

(室長注:これを唄ったフランキー・レインは今年2月の6日に93歳で永眠した。フランキー・レインは「ローハイド」でも有名である)

ゲイリー・クーパーは生粋のアメリカ人ではあるが,もとはイングランド系の移民であった。

ダーティ・ハリー1の最後でハリーがバッジを投げ捨てる場面があるが,これはクリント・イーストウッドによるクーパーへのオマージュではないかと思う(本当は踏みにじる場面までイーストウッドは考えていたそうだ)。
今のアメリカ人はあのバッジを拾い直したとでも言うのだろうか。