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日本のプロ精神について

いつも名著を読んで武士道を勉強していたのに、今までも良く分からなかった。もっと考えた後で、武士道は日本人の武士道だ、皆は武士道の精神に基づいて生活をしていると思う。それで、日本の名著を読みながら、日本人の普通の生活から武士道を習おうと思う。富士山は日本のシンボルとして、存在している歴史は日本国よりはるかに長いから、生まれた時から今までの武士道をいつも見ていた。したがって、先週の三連休を取たうちに、富士山を登りに行った。午後五時から翌日の朝二時まで、九時間をかかり、3776メートルの山頂に着いた。確かに疲れたが、日本の一番高さに着き、美しい朝日を見て、本当に嬉しかった。そして、もっと大事なことは、男女老幼の日本人と一緒に山登ったうちに、皆の言行からはっきり素晴らしい精神を感じ受けた。それは武士道はずだ。
 今の季節は一年中に一番熱い時ので、富士山の山頂でも積雪がなかった。言い換えると、富士山を登り時は今が一番いいだ。だから、私たちは山登りの時にたくさん日本人に会った。日本人の男女老幼の皆はプロフェッショナルの山登りの服を着き、5-10人のチームと一緒に、皆はリズムでゆっくり山登っていた。何時休み、どこ食事、何時登頂、すべての事もう企画された、皆は厳しい訓練された感じを持った。
日本人のプロフェッショナルに比べて、私たちはこんな高い山の登り経験がなかったので、完備の準備する事はなかった。普通の服と靴を着いて山登って、若者の体力で山頂に着いたのに、とても疲れた。半袖のTシャツので、蚊の刺しと強い陽光の防ぎ守ることが全然出来なかった、皮膚はけがにほしされた。そして、厚い外套の準備も充足ではなかったので、頂上の寒さを堪えなかった。
いつも日本人のプロ精神を耳で聞いていただけだ、とうとう、今回は目で良く見ていた。新渡户稻造の「武士道」の中に、プロ精神を言及されなかったのに、私はプロ精神が大切な精神だと思う。あるいは、今の中国は日本より、一番必要なものはプロ精神だと思う。プロ精神で優良な日本製品は世界中に褒められた。日本の新幹線は1964年に初めて開通された以来、人為的な原因で人が死んだ事故は全然なかった。“世界中に最早くて最安全な高速鉄道システム”と言われた。
一方、中国の高速鉄道システムは最近開通されたのに、様々な事故が多かった。特に昨日の温州事故はたくさん旅客の命が失ってしまった。原因を探して、業績を求めてばかりで、プロ精神は全然なかった、これは一番重要な原因だと思う。今年の七月一日、中国共産党の90歳の誕生日だから、祝うために、中国の高速鉄道システムは期限を早めて開通されてしまった。そして、高速列車の運転手を訓練するについて、日本やドイツのせめて三か月の訓練課程は中国で十日だけ短くなってしまった。こんな頭に火が着いていた行為で、多い事故は勿論だと思う。もっと残酷な事は、事故後で、問題を探し出して新事故を防止する事が一番重要だが、温州事故の後、雷電は事故の原因と言われた。そして、真実の調査を阻止するために、事故現場もう破壊され、列車の箱もう埋められてしまった。
中国人の皆はウェブサイトで中国高速鉄道の各種問題を討論する時、いつも日本の新幹線を言及していた。中国政府はいつがプロ精神で科学的な政策を制定するか。中国高速鉄道はいつが日本の新幹線と同じ安全性になるか。中国人はいつが食事とか公共交通とか安心になるか。皆は期待している。

サンデル教授の「正義」について

メモリーの中に、哲学本を読む事について、前回の時は大学の時代です。私の専門はメディアですので、自分の視野が広くなるのため、学習の範囲も広いです。哲学とか社会学とか歴史学とか心理学とか、様々な学科を接触して了解しました。哲学の授業は大学の一、二年目です。授業の内容は中国の古典哲学、西方の古典哲学、哲学大師の名著の閲読、等です。今でも印象が深い事は、第一回の哲学課の時に、先生は哲学についての紹介の言葉です。「人間の人生の中に、二つの状態だけです。一つは、頭が土地を向けて歩いています。二つは、頭が天空を向けて思考しています。歩いて続き前進する事は重要ですけど、必要な思考は無いだったら、方向は困りやすいです。哲学は人間と人生の思考です。」
その時から、私は哲学について興味が深くなりました。ですから、常に図書館で哲学大師の名著を読みました。プラトンの「理想国」とか、ロックの「政府論」とか、ミルの「論自由」とか、難しかくて読みにくかったですけど、好きな気持ちを持って少しずつ読みました。哲学の思想の海の中に泳ぐする事ができました、あの時は一番楽しかったと思います。
けれども、大学を卒業した後で、忙しかった仕事のため、私はいつも頭が土地を向けて歩きました。広い視野で人生についての思考は全然忘れしまいました。ですから、仕事の四、五年に、少ない成果が取ったにもかかわらず、人生の長期の事業の方向はまた明確になりませんでした、これは無理だと思いまっています。
今回に、社長は珍しい仕事のチャンスを渡して頂きました、そして、思想のほうについて指導して頂きました、わたしはとても感謝しました。社長は「メタルトレーダーを目指すには一流の思想を持たなければなりません」と言いました、私は良く覚えました。この週末、私はどこでも行きません、自分で自宅の窓の前に「正義」を読みました。デスクの上に、一鉢のグリーンのポトスがあります。大学の図書館にもいっぱいなポトスがあります、その感じは大体同じ、気持ちが良かったと思います。
「正義」は、ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の講義です。「正義」の中心テーマをめぐって広大な論述しました。ギリシャの古典哲学家ソクラテス、アリストテレスから、ジェレミー・ベンサム、ジョン・スチュスート・ミル、ジョン・ロック、イマヌエル・カント、アメリカの当代哲学家ジョン・ロールズまで、この講義の中に、ほとんどの有名な哲学家の重要思想を紹介しました。言い換えれば、これは簡明な哲学史です。サンデル教授は素晴らしい能力を持って、面白くて明快で授業しました。私は中国のウェブサイトでこのクラスのビデオを見ました、ハーバード大学の学生たちはいっぱいな興味を持って、サンデル教授と一緒に討論しました。サンデル教授はたくさん案例を準備して、皆の討論の時に面白い観点は常に話し出して、皆は時々笑いました、クラスの気分は良かったです。
第一課に、サンデル教授は路面電車と緊急救命室の案例で始まりました。選ぶ時に、学生たちはジレンマに入りました。皆の困った事を解決した時に、サンデル教授は功利主義の理論を紹介しました。二つの道徳原理を紹介されました。一つは、帰結主義的な道徳原理です、代表者は有名な功利主義哲学家ジェレミー・ベンサムです。二つは、定言的道徳原理です、代表者は大哲学家イマヌエル・カントです。帰結主義的な道徳原理は結果によって判断する思考角度です、一方は、定言的道徳原理は行為の性質で判断する思考角度です。この二つの道徳原理の論争に基づくって、この講義を進行しました。大勢な哲学家は論争に参加して、様々な観点を発表して、色々な案例を討論されました。平等と不平等、言論の自由と憎悪発言、同性どうしの結婚、征兵制等について、違い道徳的論法を持って、全然違い観点が持っています。
帰結主義的な道徳原理に基づくって、功利主義哲学の中心理論は、「道徳の最高原則は、社会の幸福のために一般的福利を最大化する事であり、全体として、快楽が苦痛を上回るようにすることである」です、簡単な言い換いれば、「最大多数のための最大幸福」です。こんな理論に基づくって、有名なミニョネット号沈没事件の中に、功利主義者はパーカーを殺人されて食べられた事が無罪と言いました。それは間違くて危ないだと思います。「効用の最大化」を向ける功利主義は少数人の利益を無視しやすい、人権を侵害する事は発生しやすいです。
功利主義の修正のために、ジョン・スチュスート・ミルは二つの名著の「功利主義論」と「自由論」を書きました。「個人の権利と正義は特に尊重されるべきものだ」の言葉を言いました。個人の自由の所有権は非常に重要だと考えられました。そのため、自由主義(リバタリアニズム、徳語Libertarismus)は生まれました。リバタリアニズムは「最小限国家」(minimum state)の観点を持ちました。政府について、三つの観点があります。一つ、父親的干渉主義の立法の否定。二つ、道徳的な立法の否定。三つ、富者から貧者への所得の再分配の否定。ジョン・ロックも「自由原理主義者」の重要な代表です。リバタリアニズムは「平等」、「自由」、「人権」についての理論は重要です、現代国家は自由主義原理に基づくって建立しました、アメリカ独立宣言はジョン・ロックから大きな影響されました。
けれども、リバタリアニズムのそんな理論は勿論問題があります。これから、サンデル教授の講義はリバタリアニズムを批判する文脈が形成して進行しました。リバタリアニズムの反論が提出されました。一つ、貧しい者のほうがよりお金を必要としている。二つ、統治される者の同意による課税は強制ではない。三つ、成功した者は社会に借りがある。四つ、富は部分的に運で決まるので当然のものではない。国民「同意による政府」に入りました、権利を取る時、義務を負担する事も必要です。
この後で、権利と義務、自由と自律、理性と感性について、最システムな説明した哲学家イマヌエル・カントを紹介されました。リバタリアニズムの自由理念を比べて、カントの自由理念は「自律的に行動する事」、「自分自身で与える法則に従って行動する事」です。カントは「私達は自律的な存在として自分に法則を与えるが、そこへ導く理性は一つである」と言いました。カントは初めて人間の認知の世界を両分しました、感覚の世界(感性界)と思考の世界(知性界)です。感性界は衝動、欲求に押し流されやすいです、知性界は自分で考え、自分で決めて自分に規範を課すことができます。そして、カントは初めて義務論を提出して説明しました。
カントの思想理論に基づくって、ジョン・ロールズは「正義論」を書きました。サンデル教授の「正義」とジョン・ロールズの「正義」は全部同じではありません、しかし、ジョン・ロールズの「正義」についての理論と現代国家の道徳原則とは非常に似ています。ロールズの正義の原理は二つを提出しました。一つは、人間の平等な基本的自由の権利を正義と考えるものです。二つは、公正な機会均等原理と格差原理です。格差原理(diffrerence principle)の中心内容は「自らの基本的権利と自由をいかなる経済的便益とも交換しない」です。格差原理は完全な平等主義ではなく、インセンティブを持つことはできるし、勤労論理や頑張る意欲もあります。サンデル教授の評価によって、格差原理は社会保障と福祉国家の基本です、格差原理は強力で有力な政治哲学の原理です。
ロールズまで、哲学史の中に重要な政治哲学の理論は紹介され終わりました。後の講義の入学資格とか奴隶とか愛国心とかの議論は前の理論の伸びる事です。様々な哲学理論が紹介されました、どの理論は一番いいですか?この質問の答えはないと思います。以上の哲学家たちは不同な時代の人です、皆は自分の時代に一番スマトな人です、皆の思想は自分の時代に一番先進です。先人は努力な思考して哲学理論を提出して、後人は先輩の理論基本の上に手続き努力な考えてもっとシステムな理論を建築します。サンデル教授も何の選ぶ事をしませんでした、サンデル教授ただ皆を引率して哲学の海に泳ぎました。講義の最後に、サンデル教授はこんな言葉を言いました。
「この講義の目的は、理性の不安在目覚めさせ、それがどこに通じるかを見ることだった。我々が少なくともそれを実行し、その不安がこの先何年も君たちを恼ませ続けるとすれば、我々は共に大きなことを成し遂げたということだ。」

「武士道」

1、「武士道」の初めの印象
私は子供の時から、「武士道」を知っていました。中日戦争のドラマの中に、日本の軍人は敗戦しましたが、投降してはなく、切腹で自殺しまいました。子供の私はそんな怖い画面を見て、本当にびっくりしました。「あれは日本人の武士道だ、日本人は死亡の事を恐れません。」両親はそんな言葉で私に教えてもらいました。ですから、私の子供時代の印象中に、武士道と死亡との意味は大体同じ、印象は全然よく無かった。

2、「菊と刀」と「武士道」
大学時代、アメリカ作家ベネディクトの名著「菊と刀」を読んだ後で、武士道について相対的な全面的な認識を初めて構築していました。武士道は武士階層から生まれましたが、強力なけんかや戦争の意味だけではなく、豊富な人生の道徳内容を含めました。「菊と刀」の意味の言うとおり、武士道の中に、「菊」の優しい事と「刀」の強い事とは伴って存在しています。「菊」と「刀」の反対する感じだと同様に、武士道の精神を持っている日本人は、謙虚で恭しいですが、尊大で横暴な時もあります。日本人は等級や忠誠が大切な事と思いますが、不服従の事も常にあります。日本人は創新の能力が高いですが、因循守旧のところもあります。
日本人の性格は本当にそんな矛盾ですか。武士道は本当にそんな反対の両面が持っていますか。「菊と刀」を読んだ後で、以上の二つ質問が出ました。私の考えに基づいて、ベネディクトに不完全な信じる感じがあります。第二次大戦の後で、アメリカ人のベネディクトはアメリカ政府の依頼を持ち、日本で調査して報告を書きました。戦勝国の誇りの態度を持ち、敗戦の日本についてほしいままに評価したと思います。

3、日本の文化作品の中にある「武士道」
それから、日本に対して興味がどんどん高くなり、各種の方式で日本の文化を了解していました。小説やアニメや映画や、様々な日本の作品を読み、武士道を探していました。夏目漱石の「心」の中に、Kは愛情のために自殺しました。偉い愛情より、命は重要ではありませんでした。心を込めた「男女の愛情」は武士道ですかな。宮崎駿の「トトロ」の中に、お母さんは入院中の時、姉妹の二人はトトロバスで病院へ行き、お母さんに新鮮な玉蜀黍を送りました。暖かい「家族愛」も武士道ですかな。黒沢明の「夢」の中に、八つ夢は八つ人生のテーマでした。人生、生命、死亡、戦争、人性、人と自然の関係等。8番目の夢は黒沢明と画家ファン・ゴッホの会話でした。ファン・ゴッホの言葉に通して、黒沢明の「人類愛、万物愛」の人生観を言われました。美しい「人類愛」も武士道ですかな。

4、新渡戸稲造の「武士道」
その後で、新渡戸稲造の「武士道」を読んだことがあります。武士道の精神的内在性について、義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義等の七点を総括されて述べられました。この名著は1899年に創作され、世界中に日本の武士道を初めて紹介されました。その間、日本は新興国家として、対外戦争は連れに勝ちました。世界の民衆は日本にいっぱいな興趣を持っているため、「武士道」は世界中に売り行きが良かったです。
確かに、「武士道」は全面で深刻的な武士道の精神的内在性を分析しました。新渡戸稲造は武士の家庭で生まれ、子供の時から武士道の教育を受け入れ、武士道について良く理解する事ができたはずです。新渡戸稲造の言葉に言うとおり、外国の作家が弁護士である場合、自分が被告人として理解する事ができます。
新渡戸稲造の「武士道」に通して、子供時代の問題、「勇」と「切腹」の完全な意味が了解しました。
第二次大戦の時代、日本軍隊は死亡を恐れない事が世界中に有名でした。欧米国家の軍隊の「死亡と投降の比例」は1:4ぐらい、その意味は四分の一の人数が死亡しまったら、一般的に残った軍隊は投降の決定を決めました。その反対して、日本軍隊の「死亡と投降の比例」は5:1ぐらい、すなわち六分の五の人数が死亡しまったら、残った軍隊は投降の可能性が多分あります。一番怖い数字はビルマの戦争中、142:17166、すなわち1:120でした。
但し、「死ぬことと見つけたり」の「極端な尚武思想」が武士道ではなく、これは日本の軍部が武士道を利用した事でした。藤原正彦の「名著講義」の中に、「武士道」についての講義はこの事が述べられました。戦争の勝のために、軍部は武士道の「葉隠」が悪用されました。「軍部は特攻や玉砕を美化するためにこれを利用し、また敵の俘虜になるくらいなら潔く死ぬことが素晴らしいと、兵隊に刷り込んだ。」新渡戸稲造の思想に通して、正当な理由がないまま命を絶つことを「匹夫の勇」、「犬死」と呼ばれました。

5、どこでもある「武士道」
新渡戸稲造は武士道についての論述が素晴らしかったですが、世界中に日本の文化を宣伝したために、美化の痕跡もありました。私は武士道についてもっと了解したいですが、新渡戸稲造や他の名著だけではなく、自分の隣の生活から観察して感じたいです。生活中の武士道は一番真実な武士道だと思います。今週の土曜日、会社の先輩と一緒に多摩川へバーベキューに行きました。楽しかった食事後で、設備を洗いに行きました。水道が少なかったですが、皆は秩序を守って互いに譲っていました。これは武士道の礼ですかな。
とにかく、武士道についての了解は今まで浅いですが、日本の文化作品をもっと読むこと、日本の活動をもっと参加すること、日本の生活をもっと観察すること、以上の事が必要だと思います。