バーで立派な紳士 鈴木さんと知り合い。出世する秘訣を教えてもらうことになった。その出会いが私の人生を大きく変えることになるとはその時には知る由はなかった。
「人生は自分のためにある、それを軸としてブレないことが大事だと教えていただきましたが、それが仕事の出世とどう関係するのでしょうか?」
鈴木さんはその質問に対してこう答えた。
「一言で説明するのは難しいかな。順を追って話をしていきますね。まずは、自分の人生は自分のためにある。これは理解できたかな?」
「はい。そこは理解できました。」
「では、Aさんの今の人生の中で他人ために費やしているものを考えてみてほしい。」
「他人のために費やしているものですか...すぐには思いつきません。」
「例えば、そうだな。Aさんが持っているバッグの中身を出してもらえませんか?1つづつ見ていきましょうか。」
私は言われるままにバッグの中身をバーのカウンターに並べた。持ち物に関してはこだわりが強く、どれもイタリア製のブランドで統一していた。それを見て鈴木さんは驚いたようにこう言った。
「ほお、どれもイタリア製のブランド物ですか。すごいですね。」
そう言われて私は気持ち良くなった。
「はい、持ち物にはこだわりがありまして。いい物を買って長く使いたいと思っています。」
「これらを“いい物“と決めたのは誰でしょうか?Aさんがこれを本当に“いい物“と思って使っているのなら何の問題もありません。例えばこの財布はいくらでしょうか?10万円くらいですかね?」
「おっしゃる通りです、10万円くらいでした。少しくたびれていますが、もう3年使っています。やっぱりいい物は長く使えるんですよね。5年使ったとすれば、10万円の財布も1年換算で2万円ですから結果的に安い買い物になると思っています。これは本で得た知識なんですが。」
「そうでしょうか。私の財布を見てください。これは国産の財布です。Aさんの財布と同じ牛革です。使っている部位や素材なんかは違うでしょうが。」
そう言って鈴木さんは黒い革財布をバッグから取り出して見せてくれた。そしてこう続けた。
「Aさんの財布と比べると、縫い目が少し荒く見えますかね。革の肌触りも確かにAさんの財布の方が柔らかい。これを使いだしてから5年くらいになると思います。Aさんの財布と同じように角が少し擦れてきていますね。糸のほつれもありますね。」
「5年も使っていらっしゃるのですね。」
私は鈴木さんの言いたい真意がわからず、無難な返事をした。
鈴木さんは、こう言った。
「角の擦れ、糸のほつれ、縫製の甘さ、革の肌触り。Aさんの財布と比べると確かに“モノ“として劣るのかもしれない。だけどね、そんなの誰が気にするんでしょうか?私がイタリア製の高級財布を使っていようと、国産の財布を使っていようと誰も私の人間性を上に見ることも、下に見ることはありません。結局、持ち物ひとつとっても他人から凄いと思われたいというだけなんですよ。私はこの財布を10年は使うと思います。この財布は5千円くらいでした。私が10年で1つの財布に5千円使うところに、Aさんは1度買い替えて20万円使うことになる。10年で19万円5千円私よりもお金を使うことになる。それを小さいことだと思うでしょう?だけど、バッグの中身を見てください。財布、キーケース、スマホカバー、高級ボールペン、手帳全てが高級品だ。その積み重ねは信じられないほどの大きな差になります。」
そう言われて雷が走るような衝撃が走った。ぐうの音も出なかった。確かに私が言っている“いいモノ“とはブランド名や他人からどう見られるかを基準にしていた。しかし、あらゆる自己啓発本に書いていた。一流になりたければ一流のものを持つべきで、一流のモノを知らなければ自分は一流にはなれないと。
「すごく納得できました。だけど、あらゆる本には一流のモノを持つべきで、一流の人たちは必ず一流のモノを持っていると書かれていました。鈴木さんのような考え方をされる成功者は一部なのではないのでしょうか?」
「その一流の人っていうのは誰のことかな?雑誌やテレビやSNSや自己啓発本ではないかな?」
「おっしゃる通りです。成功者といえば大きな家に住んで、高級車に乗って、持ち物は高級品で高いお酒を楽しむ。そんなイメージです。」
「それがAさんにとっての成功なんですか?それが自分の人生?違うよね。それは他人からどう見られるか、凄いと思われるか、羨ましがられるか。それが軸になってしまっている。それを軸に人生を生きると、不幸になるだけだ。例えば高級車に乗ったとしても5年もすれば新型が出る。街並みを颯爽と走る新型の高級車を見ていいなぁと思うだけだ。車だけじゃない、家を建ててもすぐにあらゆるところが古く感じてくる。家を借りるときに築20年の物件を見ると古く感じることがあるよね?それと同じ。」
「そう言われると、思い当たるところがたくさんあります。自分の成功の軸は自分の人生を生きる事ではなく、他人からどう思われたいか。そこを重視していたような気がします。」
「それに気づけただけでも、大きな変化だね。あとはそれを理解した上でAさんが変われるか、行動を起こせるかがもっと大事なんだけどね。そしてその考え方は仕事での出世にも大きく関わってくる。ここからがAさんが聞きたがっている本題だ。」
「是非教えてください。」
「答えにはならないかもしれないけれど、実は出世なんかしなくていいと私は思うんだ。目の前の仕事をしていたら結果的に出世していました。というような感覚かな。出世なんかしなくていいという考え方について少し深く考えてみよう。失礼だけど今のAさんの年収はいくらくらいかな?」
「正確にはわかりませんが、恐らく500万円くらいだと思います。」
「私の年収が1000万円だとする。実際にはもう少し少ないんだが、分かりやすいようにね。その金額を聞いてAさんは自分より倍の稼ぎがある。そうなるともっと広い家に住めるなぁとか、欲しかった時計が買えるなぁとか思うんじゃないかな?」
「そうですね。1000万円は一つの目標です。」
「だけどね、この国には税金というものがある。1000万円だと手取りは710万円くらいかな。500万円だと恐らく400万円くらいかな。その違いはたったの310万円だ。それでも十分すぎるくらい多いと思うだろうね。今の生活から年に300万円も自由に使えるお金が増えるのだからかなり裕福になったという感覚があるんじゃないかな?」
私は年間300万円も多く使える生活を想像してみた。毎月20万円以上も豊かに使える生活。それで満足しないはずはなかった。
「おっしゃる通りです。今の生活に毎月20万円以上も自由に使えれば、満足だと思います。」
「しかしだ。そうはうまくいかないのが現実だよ。」
「どうしてでしょうか?」